ある朝。

自分の名前を呼ぶ声が頭を叩いて目が覚めた。



鉛のようにずっしりとした身体を辛うじて持ち上げる。

窓の外に目をやると、厚い厚い塊が、手の届きそうなほど近くに、ずっしりと浮かんでいた。

空は見えない。


机の上に、見たことのない何かが置いてある。

簪か何かだろうか。鳶色の棒に、若緑の装飾が施されている。どこかで手にしたのだろうか、手触りが無性に懐かしかった。

根元に紙が括り付けてある。なんの悪戯だろう。手の震えを抑えつつ、飛び込んできた文字を目で追った。


「貴方の力が必要だ。紅葉坂大社の跡地に来い」


意図が汲めない。疑念と恐怖が心の中で渦を巻く。


行かなければ、という使命感。

必ず戻ってこれる、という自信。

私は行くことにした。



なにか目印があったほうがいいだろう。私はその簪を手に取り、髪を纏めた。

ごつごつしていて随分使い辛かった。


意を決して、部屋から出ると祖母と目が合った。

「あら千歳、どこか行く………の………………」


祖母の手から文庫本が抜け落ちた。

祖母は私の簪を大きく目を見開き、息を呑んだ。

固まったように簪に釘付けになった後、祖母はたおやかに微笑んでこう言った。


「お出かけするなら、着替えたほうがいいんじゃないの」

 


        「巫女装束に」




これから何が起こるのか。糸口は掴めているものの、答えになりそうなものは浮かばない。私にせっせと装束を着せる祖母に訊いてみても、祖母は嬉しいような、寂しいような面持ちで静かに首を振るだけだった。



仕上げにと、祖母は神楽鈴を私に渡した。しゃらん、と可憐な音を奏で手中に収まる。

祖母は強いまなざしを注いだ。


「いってらっしゃい、千歳」




家から少しだけ歩く。本条家だけが知っている秘密の道を抜けると、一目につかないようにひっそりと、けれど荘厳に、猫も狐も入れないような小さなお社が佇んでいる。



私は感情の波に溺れそうになりながら、お社の前に膝をつき首を垂れる。









顔を覆ってしまうほどの眩い光に包まれた。


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