本条家の借り

玄関の壁を陣取っている、古びた写真。

「紅葉坂大社」と書かれた立派なその建物を、私は見たことがない。


私の生まれた本条家は、この神社ができた遥か昔から宮司を務めてきた。

何事もなければ、私も紅葉坂大社の巫女長になるはずだったらしい。

でも、紅葉坂大社の長い長い歴史は、政府の鶴の一声であっけなく幕を閉じた。


「千年も二千年も続いてきた神社が、私の代で終わるなんてこと...絶対に嫌だった。でも声を上げれば直ぐにお縄だと知っていたから......怖くて体が動かなかった。なんともやるせなくて、もういっそこの神社と共に果てようと思った。梁に縄をかけて、一度は首を吊ったよ。だけれどね、梁が壊れて死ねなかった。きっと̪イタケルノミコト様の逆鱗に触れたんだろうね。結局今日も生きてるよ。おかげでこうやって千歳ちゃんに会えたんだもの。………イタケルノミコト様は私を守って下さったのに、私は.......。ほんと、最後の巫女長のくせして情けないわ」


祖母は事あるごとにこの話をした。そして話の締めに必ずこう言うのだった。


「必ず借りを返す時が来る。もしそれが千歳ちゃんの役目なら、その時は本条の誇りを忘れずに。」


「その時」がいつ私の身に降りかかってもいいように、祖母は本条流の舞をみっちり仕込んでくれた。祝詞も覚えた。祖母が最後まで愛用していた巫女装束も譲り受けた。紅葉をあしらった簪も、神楽鈴も、幣も貰った。

今思えば、全て母が受け継ぐのが妥当だろう。

けれど、「千歳ちゃんが持つべきものだから」と言って聞かなかった。

どうやら祖母は、母に譲る物と私に譲る物を分けているみたいだった。







「その時」は前触れもなく訪れた。

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