ポリコレなんてクソくらえ

@HasumiChouji

ポリコレなんてクソくらえ

「すいません、先生の過去作で『ポリコレ準拠』の作品が発見されましたので、この作品についてSNS上で絶版宣言をしてもらわないと、今後、先生の作品を当社から出版する訳にはいきません」

 WEB会議アプリでの担当編集者と打ち合わせで、向こうは、いきなりとんでもない事を言ってきた。

「えっ? ちょっと待って、どう云う事?」

 いつの間にか、ポリコレ準拠の過去作が有る、と云うレッテルを貼られたが最後、SNS上で「表現の自由の敵」と見做された挙句、本の売上は1桁落ちた上に、出版社は焼き討ちに遭いかねない、と云う時代になっていた。

 しかし、俺は昔から「ポリコレ」ってヤツには批判的だったので覚えが全くない。

「先生が二〇一五年に書かれた『××××』と云う作品ですよ」

「えっ? それに何か……?」

「だって、この中に出て来るアメリカの大統領が黒人ですよね。ポリコレじゃなくて何ですか?」

「いや、それは、当時のアメリカ大統領がモデルだから……」

「バラク・・オバマですか?」

 そうだ……。あの日から、アメリカの第四十四代大統領に言及する時は、ミドルネーム込みで、かつ、ミドルネームを強調して呼ぶのが「ポリコレ準拠でない」つまり「表現の自由を護る為」の呼び方とされるようになった。

 既に、サダム・フセインの事など、大概の日本人にとっては記憶の彼方になったにも関わらず、だ。

「そうだよ」

「あのぉ……アメリカ政府の見解では、バラク・・オバマは『生まれた時からのアメリカ国籍保持者』ではなく、アメリカ大統領への立候補資格は無かった筈ですが……?」

「いや、ちょっと待ってよ。当時は、みんな、オバマさんをアメリカ大統領だと思ってた訳……」

「思ってませんでしたよ。心有るアメリカ人はバラク・・オバマにアメリカ大統領の資格が無い事を指摘していました。バラク・・オバマがアメリカ大統領である、と云うデマを信じたのは先生の自己責任です。あ、もちろん、先生が自分の責任と判断により重大な誤認をした以上、『今の規準で過去を裁くな』と云う言い訳は通じませんよ」

「そ……そんな……」

「どうせ一〇年以上前の作品でしょ? 先生の未来の為に、絶版にしましょう。あ、国会図書館に収蔵されてる分の破棄願いは、何なら我が社の方でやっておきますが……」

「嫌だと言っても俺に絶版宣言をさせる気でしょ?」

「私や、ウチの会社の上層部が問題無いと思っても、ネット世論は認めてくれませんよ」

「判りました。好きにして」

「念の為、確認しますが、『判りました』と云うのは、先生は、今、的確な判断が出来る冷静な状態にあり、その上で、先生の責任において『納得出来た』と云う意味ですよね?」

「はい、その通りです」

「では、早速ですが、新作の第一稿の件です。ラストは書き直して下さい」

「何で?」

「恋人同士が『虹』を眺めるシーンでハッピーエンドって、ポリコレ準拠の表現でなくて何ですか?」

 ……アメリカ史上初の「弾劾で辞めさせられた大統領」、あの「ポリコレなんて、もう、みんなうんざりしてるだろ」が口癖の人物が日本に亡命し、そして日本政府が日本に有る「亡命政府」の方を「正統なアメリカ連邦政府」と認定してから、約1年後の事だった。

 そのたった1年で、日本社会は……特に日本における「表現の自由」と云う言葉が意味するモノは、大きく変ってしまったが……。

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