4-04 栄光【最終話】

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 新球団名は、『日向ひゅうがアウローラ』に決定された。

 日本女子プロ野球の球団名は、京都フローラ、愛知ディオーネ、埼玉アストライアそして育成球団のレイアと、いずれもギリシャ神話ないしローマ神話の女神の名前を冠している。

 アウローラとはローマ神話の曙の女神の名である。日向とは宮崎県の旧国名である。文字通り九州でも日が向かう(日の出の方向=東)に位置しており、加えて温暖な気候から太陽との関連の深いところだ。『太陽のタマゴ』という高級なマンゴーのブランドもある。


 ユニフォームの色は、そんな温暖で太陽との関係性から赤を基調としているが、広島カープのユニフォームの赤よりも淡く、若干ピンクも交じっている。

 愛琉は、「これはブーゲンビリア色なの!」と主張して譲らなかったが。

 しかしよく見ると、ユニフォームの肩の部分に、ほんのりと花のデザインがあしらわれている。これはまさにブーゲンビリアらしい。

 宮崎は、宮崎空港の愛称を『宮崎ブーゲンビリア空港』というくらいブーゲンビリアと縁がある。何でも、ブーゲンビリアは宮崎県観光の父と言われた岩切いわきりしょうろう氏が普及に努めた花でらしい。そして、愛琉が最も好きだと豪語する花でもあり、ポニーテールを束ねるゴムにも、赤いブーゲンビリアの飾りがあしらわれていた。


 そんなピカピカなユニフォームに、試しに愛琉がそでを通してみると、それは似合っていた。控えめに言って最高である。この女子がいちばん輝く服装は、やはり野球のユニフォームなのかなと思った。早くマウンドで投げる姿を見てみたい。

「達矢は、悪いっちゃけどさ、見慣れてないかい、何かちょっと、ぶっちゃけ似合っちょらんと」

 愛琉はキャッキャと笑っている。繁村自身もそう思っていたが、いざ口に出されるとなんか悔しい。

「こら、思っててもそんなこと言うなよ。俺だって気にしてんだから。傷つくやろ」

 交際してからは名前で呼び合う仲だが、練習中や試合中は監督として接し、敬語を使わせている。交際していることも明かさないし、お互い公私混同は絶対しないように気を付けるようにしている。

 

 なお、愛琉の登録名は当初ファンが覚えやすいように『メグル』を打診されたようだが、愛琉は本名の『嶋廻愛琉』という登録名を希望した。この姓に愛着があるようで、ベースというを、駆け存在でいたい、との理由だった。なお、愛琉にその苗字のギミックを伝えたのは、紛れもなく繁村らしいのだが。

 そして、背番号は1番を用意しますと言ってきていたが、愛琉は21番を希望した。21番は、清鵬館宮崎高校時代からつけていた番号。甲子園はおろか、県大会でも20人までしかベンチ入りできないので、21番の選手がベンチ入りすることはないのだが、愛琉はその21番を背負って、繁村のもとで戦い抜いたのである。大好きな番号だし、この番号を球団の永久欠番にする、と早くも気合が入っていた。

 おかげで背中は『SHIMAMEGURI 21』という文字と数字が刻まれている。ちょっとローマ字の字数、多すぎじゃないかと言ったら、「しょーがないと? 白柳さんだって本当にプロに行ってたら『SHIRAYANAGI』で11文字やっちゃから、アタシと一緒になるじゃん」と反論され、繁村は閉口した。


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 女子プロ野球チーム、新チーム発足が決定され、他チームからの移籍組と新たに入団テストを合格した選手たちが集結した。

 その中心に繁村がいて、何だか面映おもはゆいが、そのうち慣れると腹をくくってやるしかない。入団会見では、繁村が苦手とするインタビューが待っていたが、これからこんなことしょっちゅうだろうから、慣れていくしかない。


 愛琉の女房役となるキャッチャーは、崎村の指導する北郷学園高校出身で四番キャッチャーとして活躍し、愛琉より早く女子プロ野球界入りをしていたさか絵理えりだ。キャッチャーとしてプロの世界でめきめき力を伸ばし、さらにはバッティングでも存在感を放っている存在。愛琉の球速は酒井でも未知の世界かもしれないが、ぜひ頑張って欲しい。


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 そして、春が到来し、開幕戦の日がやって来た。『日向アウローラ』として歴史を刻むこけら落とし的な一戦の先発登板は、やはり球団創設のきっかけとなった背番号21番、嶋廻愛琉だ。

 球場は、わかさスタジアム京都。歴史的一戦となる本戦はマスコミも押し寄せ大入り満員。本来デイゲームで行われるようだが、ここ数年女子プロ野球が活性化しており、異例のナイター中継となった。そのおかげかファンも多く詰めかけていた。


 天気は晴れ。夜だが、ほんのり温かい風が心地よい。

 マウンドには、あのピカピカでブーゲンビリアの花がデザインされたユニフォームを身に纏った愛琉が立っている。


『さて、新チーム「日向アウローラ」の初めての試合。本日先発登板は、背番号21、嶋廻ぃー愛琉っ!』

 ウグイス嬢ならぬ球場DJが試合を盛り上げる。


「プレイボール!」球審の声が大きくこだまする。

 栄光のピッチャーマウンドには、カクテル光線に照らされた愛琉が凛として立っている。

 18.44 m先のミット目がけ、長い右脚を高く蹴り上げて、いよいよ投球モーションに入った。

「ストライーク!!!」

 しなやかな左腕から投じられた白いレーザーのような軌道のボール。初球から140 km/hの直球を披露した愛琉に、スタジアム全体から大歓声が送られている。不死鳥フェニックスの如く美しく蘇った、『ブーゲンビリアのサウスポー』、しまめぐりめぐ選手の歴史的瞬間であった。


(了)

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ブーゲンビリアのサウスポー 銀鏡 怜尚 @Deep-scarlet

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