16.襲撃

 特になにがおこるでもなく、五秒で決着。

 さすがの身のこなしでしたよ。

 戦闘のプロに戦いを挑んだ彼には、ご愁傷さまと自業自得のどちらの言葉をかければいいでしょうか。……いや、放っておきましょう。

 言葉でトドメを刺すのはさすがに悪い気がしますからね。自然に煽る癖が出ては大変です。

 結局、二時間目までかからずに終わったじゃないですか。

 もう一時間はどうするのでしょう?


 

     ◇

 


 はぁ……数十分前の自分を殴ってやりたいですよ。やっぱり殴るのは痛いので、叱ることにします。



「さて、二時間目の授業ですが、私の婚活の時間にしたいと思います」



 こんなこと言い出すんですから。



 「クラスの男子から選べばいい」なんて言うんじゃなかったですよ……

 アイリスを取られなかっただけ、よしとしておきましょうか。



「さて、男子のみんなは目を閉じて、顔を伏せて……。はい、私と付き合ってもいいよーって人は挙手!」



 そんな物好きいるのかと見渡してみると、そこには――

 まあ、いるわけないですよね。七つも上の人をもらおうとは、大多数が思いませんよ。

 そこそこ年上なことに加え、男子生徒を五秒でねじ伏せたのですから。結婚してから怒らせようものなら、毎日が命の危機ですよ。

 それに、私は知っていますよ? このクラスの男子ほとんどが、アイリスを狙っていることを。

 なんですか、顔ですか? 顔なんですか!? 美少女ならここにもいるでしょう!?

 それなら先生をもらってあげてくださいよ!

 ……もしかして胸ですか?

 若い子がいいんでしょう? いいですよね、若い子って。私も大好きです。特にアイリス。



「誰もいないんですか? チャンスですよ? フリーなんですから。いっそのこと、くじ引きで決めますか?」



 おっと、遂に最終兵器を。

 しかし、それだけは避けたい男子たちは、口々に、

 「先生が本当に好きな人と結婚をすべき」「俺たちには先生を幸せにできないから!」

 などと、ハッキリ嫌とは言わず、遠回しに拒否する始末。

 これは収集つきませんよ。私はもう知りません。



「それなら、女の子をもら――」



 先生がなにかを言いかけたのと同時に、窓の外からこちらにターザンのように向かってくる人影が。



「さあ、アリシア・ラングエイジ! お命ちょ――いでっ!」



 カッコよく登場するつもりが、学院で使用されている特製の超強化ガラスに衝突し、教室のベランダに落下。鼻を強打したようで、真っ赤になった鼻をさすっている。



「くぅ~、なにこれ、強化ガラス? うわ、硬いわね……全然割れないわ」



 立ち上がった女性は、夜を思わせる紫がかった黒髪と、忌まわしいほどに大きな胸を揺らしている。キレてもいいですか?

 男子の目はそちらに釘づけ。これだから男子は。本当に釘を打ってあげましょうか。

 結局は世の中胸で決まるんですよ! あぁー……、先生も小さいからかー……。だから皆さんは興味がないと。

 それにしても、どなたでしょう。アリシアと呼んでいたからには、彼女を狙っているのは間違いないとは思いますが。



「ルクスリア……! どうしてここに……」



 先生の知っている方でしたか。

 それにしても、ルクスリアですか……どこかで聞き覚えが……



「あっ、先生が前に愚痴っていた、《色欲》のビ○チの人ですね?」

「言葉があれなので伏せておきますよ。そうです、私を着せ替え人形にしたビッ○ですよ! 辞めるときも散々イジられました」



 うわぁ……私以上に性格が悪いとは相当ですね。

 性格の悪さは彼女が最強なんですね! 逆によかったです。



「アイリス・フェシリアの命を狙いに来たのでしょう。ここは私が処理しますので、あなたは彼女を連れて逃げなさい」

「いえ、先生のほうが逃走には向いていますよ。《疾風迅雷》、お使いください」

「そう、ですか……。それでは、ここは任せましたよ。あと、彼女の《言霊》は《一顧傾城》です。これで対策はできますか?」

「任せてください」



 《一顧傾城》、美しいが故に、国を滅ぼすほどの美しさを指した言葉。

 この能力は女性のみが授かるらしく、その女性に、少しでも魅力を感じている人物を従属させるというもの。

 主に男性がかかる能力ですね。

 先生たちはすでに皆さんと一緒に逃げているので、存分に戦えます。



「やっと入れた……。この学院、壁も窓も硬すぎるのよ」



 この人、聞き方によっては際どいワード放ちすぎでは?

 際どいワードでキーワードなんちゃって。……という冗談はさておき。



「あら? アリシアちゃんはどこかしら?」

「それなら、先生と皆さんがついて逃げましたよ」

「先生……、ああ、あの上から胸なし娘ね。本当にここで働いているとは思わなかったけど」



 悪いところを的確に突いて、ディスりまくった最悪な呼び名ですね。胸なしは悪いことではないですけど。一部では需用ありますし。……ありますし。

 私の使命は、ルクスリアをここから出さないこと。

 そして、可能ならば制圧することです。



「それにしても……男がいないなら、ワタシ戦えないじゃない! 素で戦うのはお肌に傷がつくから嫌なのよね……」



 《色欲》なだけあって、スキンケアは欠かさないみたいですね。



「あなた、降伏をお勧めしますが、どうしますか?」

「そんなことしないわよ~。ワタシは《七色の大罪モルトリア》・持席色欲:ルクスリアよ? この美貌でなんでも手に入れてきたの」

「美貌ではなく、《言霊》の力だと思いますけどね」

「美貌がないと成り立たないのよ。魅力で落とさないと効果がないから」



 あきらめる気配はありませんね……

 あのスペルビアを丸め込んだだけはあります。チョロいだけかもしれませんが。

 ルクスリアが、私をジロジロと舐めるように見回してくる。なんか……字面がえっちですね。



「あら、誰かと思えば、学院最強のセリアちゃんじゃないの~。嫌な相手と当たっちゃったわね……。チェンジで」

「チェンジなんかできませんよ。私が今日の相手です。よろしくね、社長?」

「へぇ~、セリアちゃん、夜のお店で働いてるのね?」

「働いてませんが? 学生にそんなこと訊かないでくださいよ」



 ネタとはいえそれっぽい発言をした私も悪いですが、身も心も綺麗な乙女なんですから。清純派ですよ。



「だって、社長なんて言うんだもの」

「それくらい、あなたもゴマを擦るときにも使うでしょう?」

「あ~、確かにそうね」



 ゴマ擦ってるんですか。社会の闇を見た瞬間ですね。



「それで? ここには学院最強が立ちはだかっているわけですが。それに、あなたの《言霊》は効きませんのであしからず」

「《言霊》が使えないなら、素で戦うしかないわね」



 スカートの裾を少し持ち上げ、太股に装着されたホルスターから銃を引き抜く。

 こちらに銃口を向けると、躊躇なく引き金を引く。



「いったぁ~。弾が当たった衝撃は感じるんですね……。着弾による傷と、当たった衝撃は別なわけですか……。次からは避けないと」

「えっ、え? 今、胸に当たったはず……。防御が薄いはずなのに、どうして無傷で……」



 こんなに自然に喧嘩を売ってくることあります?

 私、もうキレちゃいそうだよ。泣いちゃいそうではないです。



「《空前絶後》の力で、銃弾の衝撃による痛み以外は無効化できます」

「はぁ!? なによそれ、ズルくない!?」



 この反応も何度目でしょう……。四度目辺りですかね?



「これ、毎回のように説明するの面倒ですね……。今度からはマニュアルでも作りましょうか」



 彼女にも再度説明をしたことで、マニュアル作りに踏み出す決心がつきました。感謝せねばなりませんね。

 さっさと倒して、マニュアル作りでも進めましょうかね。

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語彙力最強少女の英雄譚 春夏冬 秋 @Akinashi_Aki

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