15.新任

 入学から三日目。ひとまずクラスと半信半疑ながらも和解したのはさておいて。

 早速、新任の先生が見つかったようで、その先生が来るのを待っているのですが……

 レイア先生でもよかったんじゃないですか?

 まあ、私が口を出せることではありませんから、仕方ありませんけどね。

 たった三日で『光速スピーカー』の異名を獲得した少女、スピカ・サウンディオの情報によると、女性らしいですからね。楽しみです。



     ◇



 朝礼の時間となり、ガラガラと扉が開かれる。

 そこから入ってきたのは――



「おはようございます。不可能の存在しない最強教師、スペルビア・モルトリアです。以後お見知りおきを」



 うぅむ……。見たことのある顔ですね。いえ、気のせいだと信じたいですが……

 金髪をサイドテールにした女性。キリッとした目は先日よりも柔らかくなっており、親しみやすい印象を受ける。

 傲慢さは相変わらずのようですが。不可能は存在したでしょうに。



「おや、セリア・リーフではないですか」

「スペルビア、まさか本当に教師職に就くとは思いませんでしたよ」

「いえ、あの仕事をしなくていいと思うと、アリシア・ラングエイジがだんだん可愛く見えてきましてね。近くで見ていられるならと」



 アイリスが可愛く見えてきた……?



「よくわかっていますね! そうです、アイリスはとても可愛いのです!」

「くりっとした瞳が愛らしくてですね。瞳に映る光が、さらに彼女を輝かせているのですよね」

「そうなんですよ! あの純粋な目! 小動物のように愛らしくて――」



 スペルビア……先生と、アイリスについて話していると、隣の席に座るアイリスが、頬を真っ赤に染めて割り込んでくる。



「セリアさん、先生! あの……、すごい恥ずかしいんですけど……!」

「アイリス……あなたの魅力はこんなものではありませんよ? 一日は語れます」

「ええ、セリア・リーフの言うとおりです。もっと自信を持ちなさい」



 とはいえ、今は朝礼の時間。これ以上は時間を取れませんね。



「先生、そろそろ朝礼を始めたほうがいいですね」

「私としたことがうっかりしてました。それでは改めて。あなたたちの戦闘実習を担当します。好きなことは、私の《異口同音》で、相手より《言霊》を上手く使いこなし、自信をなくさせることです」



 ここで皆さんが揃えて叫ぶ。



「「「性格悪っ!!」」」



 おお、これこそまさに『異口同音』。

 先生ってば、上手く話を繋げてきましたね。



「性格が悪いのではなく、私のほうが上だと見せつけるだけです」

「それを性格が悪いって言うんだよ!」

「なんですか。やりますか? 決着をつけましょう、表に出なさい」



 もはや不良みたいになってますけど。

 秒で生徒からの喧嘩を買う教師が存在していいのでしょうか。桃の木と山椒の木よりも驚きですよ。



「上等だよ!」



 真に受けるほうも真に受けるほうですけど。

 男子生徒が扉から出たのに続き、先生も扉へと向かう。

 うわぁ、本当にやり合うんですか……、と思っていたら。



「さようなら。廊下に立っていなさい」



 扉のカギをかけました。

 性格の悪さの権化みたいな方ですね……。悪い人ではないんですけどね。



「お、おい! 開けろよ!」

「…………。さて、諸連絡ですが――」



 自然に無視しましたよ。

 扉をバンバンと叩く音がする。小窓から見える顔は、怒りというよりも、閉め出されたことに対する驚愕といったところでしょうか。

 そろそろ開けてあげてもいいでしょうに……



「はぁ……。うるさいですよ、早く教室に入りなさい」

「あんたから閉め出しといてそれかよ!」

「あんたじゃなくて、先生でしょう? 私が温厚でなければ、今ここで死んでましたよ? 首をサクッといって」



 ナイフを手にしながら放たれた言葉に、サァーと顔を青くし、そそくさと席へと戻っていく。

 イライラしているところに話しかけようものなら、クラス全員あの世行きの片道切符を渡されますよ。私以外。

 ある程度の恐怖を植えつけるためか、手の上でナイフをくるくると弄んでいる。

 なにあれカッコいい。あとで教えてもらうことにしましょう。



     ◇



「さて、今からなにをしたいですか? 私、授業内容を考えてくるの忘れたので」



 少し抜けているとは思いましたが……

 なにやってるんですか。

 教師になったのは本当にアイリスを見るためだというのが、ひしひしと伝わってきますね。

 先生からの問いかけに答える生徒が一人。



「それなら、さっきの決着つけさせてもらうぞ!」



 先ほど三〇分もの間、教室から閉め出されていた男子。

 よほど悔しかったのでしょうか。



「うーん……そうですね。そうしましょうか。では、一時間目は闘技場に来なさい。二時間目までは私の授業ですから、その間でなら受けましょう」



 それだけ言うと、教室から出ていく。

 彼では先生に勝つことはできませんね。なにせ、彼女は元暗殺者。この私ですら、やっと同じ力量で戦えるほどの相手。

 《七色の大罪モルトリア》……でしたか。その中の《傲慢》に席を置いていただけはあります。

 あの傲慢な発言は、虚言などではなく、事実と言っても過言ではないでしょう。

 私がこの世界に来ていなければ、本当に最強だったかもしれません。

 彼……多分ですけど、死にましたね。手加減してくれるとは思いますが……



     ◇



「あの……なにをしているんですか?」



 闘技場にやって来ると、入り口付近で横たわっているスペルビア先生の姿が。

 体調が悪い……ようには見えませんね。



「ただ皆さんが来るまで暇だったので、ゴロゴロしていただけです。気にしないでください」



 この人、自由すぎませんか? 授業前とはいえ、施設前で寝転がる心の強さにはお見それします。



「先生……心臓に毛でも生えてるんですか?」

「心臓にですか? いえ、毛なら頭にしか生えてませんが。脇と下腹部は処理してあります」

「もののたとえであって、実際に生えるわけないでしょう。あと、先生はもっと恥じらいを持ってください。一応乙女でしょう」



 先生は、なにを言っているのかと、首をこてんとかしげる。……私がズレているんですか?

 その、下腹部……とか、口には出しづらいじゃないですか。



「人間についているものですから、恥ずかしいことないでしょう。全員にあるのですよ?」

「いや、そうですけど……。またご両親から結婚をせっつかれますよ?」

「ちょっ、それはあなたにしか言っていないのに! いいですよ、アイリス・フェシリアをもらいますから!」



 この人、今なんて言いました? アイリスをもらうと言いましたか?



「なにを言っているのです。アイリスは私が嫁にもらうのです。あなたには渡せませんよ」

「なんですか。収入は私のほうが上ですけど」

「学生にそこでマウントを取るとは、とても情けないですね」



 人の上に上にと行きすぎるから、男性から距離を置かれるんですよ。その傲慢さはすぐに捨てるべきです。



「それなら、クラスの男子から選べばいいでしょう?」

「セリア・リーフ……天才ですか? では、今から私の恋人を募集します」



 うわ、本当に始めましたよ。もしかして、ショタコンってやつでしょうか。

 タイミングおかしいでしょう。そんなものは、あとでやってくださいよ。

 ほら、誰も挙げないですし。どうするんですか、この空気。



「0ですか? そうですか、もういいです。早く授業を始めましょう」



 なんか不貞腐れましたよ。面倒くさい大人ですね……

 この人が担任とは、一年間大変ですね。ちゃんとやっていけるでしょうか……

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