14.過去

 スペルビアの撃退……というよりは和解ですかね。に成功したはいいものの、その次の日にあることが判明。



「結局、レイア先生は担任ではなかったようですね」

「でも、次の担任の先生が見つかるまでは、レイア先生が臨時担任みたいですよ」



 なんだか変わり映えしないといいますか……

 本物のレイア先生という点では、すごく変わっているんですけどね。



「はぁ~い、みなさん、席に着いてくださ~い」



 のんびりとした口調で入室してきたのは、桃髪ショートボブの女性。



「レイア先生って、あんな感じなんですか。スペルビアは本当に変装が苦手だったのですね……」

「スペ? どうかしましたか?」

「ああ、いえ。なんでもありません。前とは雰囲気が違うと思いまして」

「確かにそうですね。昨日はキリッとしていたのに」



 昨日のような、切り裂かんばかりの鋭い眼差しとは打って変わり、常にほわほわと笑顔を浮かべている。人が違うので、当然ではありますが。

 のんびり屋さんなのでしょうね。



「授業を始めますよ~」



 レイア先生は社会科担当のようですね。

 まあ、のんびり屋さんで戦闘のプロって、なんだか違和感すごいですからね。



「今日は、《言霊》についてのお勉強をしていきましょ~」



 《言霊》についてですか……

 今日までに、いろいろと使ってはいますが、そもそも《言霊》とはなにかを知りませんからね。興味深いところではあります。



「では最初に、人々が《言霊》を手に入れた経緯はご存じですか~?」

「はい」



 先生からの問いに手を挙げたのは、背まである黒髪に眼鏡といった、いわゆる委員長タイプの方。

 名前は確か……そうそう、ステラ・メルライトです。

 物事に白黒をつけるという意味である、《白黒分明はっこくぶんめい》を持つ少女。

 《白黒分明》とは意味のとおり、白黒をつける、物事の真偽を見極める能力。簡単に言えば、嘘発見器ですね。

 この《言霊》を持つ人は、裁判官になることが多いそうです。



「《言霊》とは、かつて《ラングエイジ》を支配していた魔王である《セルシア・リーフェル》が、人間同士で争いを起こすように仕向けるためです」

「そうですね。これは、歴史書でも書かれている有名なお話ですね」



 また魔王ですか……。一度疑惑も出たので、あまりいい気はしませんね。

 《セルシア・リーフェル》という名前は、女性のような響きですが、そこのところはどうなのでしょう。

 ステラの話は終わったかと思いきや、「そして」と私のほうへと視線を動かす。



「セリア・リーフさん、あなたの名前は魔王と酷似しています。それに《全知全能》……なにか関係が?」



 《言霊》はともかく、名前が酷似していることに気がつくとは……勘のいいガキは嫌いだよ。

 それはともかく、私はなにも関係ありませんからね。



「言っておきますが、私は魔王とはなにも関係ありません。名前も《言霊》も、すべてが偶然ですから」

「なるほど……。確かに嘘は吐いていないようですね。ですが、世界に一人の《言霊》を所持していて、過去になにもないはずはありません」



 そうきましたか……

 《言霊》とは、いわば遺伝子。親の持つ《言霊》から、どちらかが選ばれ、子に引き継がれるそう。

 アイリスが、お母様の《百発百中》を引き継いでいるのもそのためです。

 その理屈でいくと、私は《全知全能》の親を持つことになります。つまり、魔王ですね。

 ですが、私は別世界の存在。なにかあるわけがないです。

 言葉というものは、決して消えることのない財産。

 言葉を司る《言霊》も同じで、魔王が滅びたあとも、《全知全能》の存在はあった。それを神様が私に引き継がせたのでしょう。

 もしかしたら、神様は私に《ラングエイジ》を支配させようとしていたのかもしれません。

 このままでは、変に疑われたままですし、かといって、言い訳を思いつくわけでもありません。

 仕方ないですね……



「でしたら、私は別世界から生まれ変わってこちらにやって来た、と言ったら信じますか?」



 その瞬間。

 教室内でドッと起こる笑い。「あり得ない」「そんなわけない」と、否定意見の嵐。

 そして、アイリスに伝えた過去とは違う話に、彼女は目を見開いている。

 どうせ、こんな話は信じてもらえないんですよ。

 その証拠にステラも、



「バカなことを言っていないで、真実を話しなさい」



 あなたの《言霊》はなんのためにあるんですか。

 きっと、調べるまでもないと思われているのでしょう。

 やはり、学校など楽しくないですね。異世界の学校と浮かれていた私がバカでした。



「……もういいです。真実を話しても信じてもらえないならば、私からはなにもありません」

「――セリアさん! 待って……!」



 席を立ち、私を止めるアイリスの声を無視して、教室から出る。

 私の少しあとに、教室からアイリスが飛び出してくる。



「セリアさん! 待ってください!」

「……なんですか。どうせアイリスも、あんな話、嘘だと思っているのでしょう? もういいんですよ。無理に関わらなくても。放っておいてください」

「わたしは! ……わたしは、セリアさんを信じます。一番長く一緒にいるのはわたしですよ?」



 アイリスは、語調を強めて言う。

 無理に繕っているのでしょうか。きっと、以前に昔話をしたときに、嘘の話をしたことを怒っている。

 アイリスは私とは一緒にいないほうが……いない、ほうが……

 アイリスが私から離れる……?

 ――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。



「それに、わたしはセリアさんに護ってもらわないといけないんですから! セリアさんが嫌がっても、わたしは関わりますよ。だって――お友だちですから!」

「アイ、リス……。私、私は……!」



 涙が溢れて止まらない。

 私がアイリスを護るはずなのに。私が助けるはずなのに。

 私がアイリスに護られている。助けられている。

 情けない護衛ですね。対象に助けられるだなんて。



「セリアさんがわたしを助けてくれるように、あなたが困っていれば、手を差し伸べます。道に迷っていれば、手を引きます。わたしは、護られるだけじゃないんですよ?」



 彼女の言葉で吹っ切れました。

 周りから信じてもらわなくてもいい。私を信じてくれる人が一人でもいれば。

 その一人が、あなたです――アイリス。



     ◇



「それにしても、セリアさんが別の世界から来たなんて、驚きでした」

「私も、信じてもらえるとは思いませんでしたよ」

「それはわかりますよー。だって、セリアさんってば、嘘を吐くときは人差し指を立てて、早口になりますから。さっきはそれがなかったですからね」



 まさかの真実を聞かされました。

 嘘を吐いたときの癖が、オタク特有の語り口調に近いとは……

 今後は気をつけねばなりませんね。



「アイリスが嘘を吐いたところを見たことないですね」

「わたし、今まで一回も嘘吐いたことありませんよ?」

「えっ」



 くりっとした双眸がこちらを見つめる。

 瞳が綺麗すぎて、本当なのか嘘なのかがわかりません!

 純水よりも純粋な彼女のことですから、良心の呵責がものすごそうですね。



「明日からは、また学院に行くことにします」

「そうですか。わたしも、セリアさんがいないと面白くないですから」



 本当にこの子は、うれしいことを言ってくれますね。

 はぁ……好き。

 お父さん、お母さん。私は異世界でとてもいい友だちを作ることができました。

 今日から私は、『友だち』と書いて『宝』と読むことにします。

 宝は大切に、ですからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る