間違いなく君だったよ

達見ゆう

まさかのまさか

「間違いなく君だったよ」


 私はその一言に凍りついた。


 先日、バカをやって現行犯逮捕されたものの、夢遊病だったということになり不起訴処分になった。会社からはめちゃくちゃ怒られたけど、上記の理由と親戚のコネ入社でもあったため、厳重注意で済んだ。


 そんな理由で上司達は冷ややかな目で私を見るが、同僚達にはバレてはいない。転職活動した方がいいのか、でもアホな理由での前科を履歴書に書くのは……。


 と、逡巡していると蓮見先輩から声をかけられた。蓮見先輩は二歳上、特に仲良くも悪くもない。たまに社員食堂で離れたテーブルで食事をしているのを見かけるくらいだ。地味な人だし、可もなく不可もなし、といったところの人である。


「俺、見てしまったのですよ」


 いきなり、何を言うのだろう。訝しげにしていると彼はニヤリとしながら話を続けた。


「先月の半ばだったかなあ。真夜中に全裸の女性がスキップしているのを見ましてね。あの日は暑苦しくて窓を開けて涼んでいたら、見覚えのある顔で」


 腹の中にヒヤリとした感覚は走り、脇汗がダラダラと流れてくる。あの通報した新聞配達のお兄ちゃんと現行犯逮捕した警官しか裸は見られていないはずだ。


「そ、そうなんですか。そ、それは変わった物をみ、見ましたね」


 いけない、動揺してはいけないと思いつつも声が上ずり、目が泳ぐのが自分でもわかる。


「ええ、本当に。まあ、知ってる人に似ているなとは思ったけど、まさかなと思ってました。でもね、確信しました。あの夜に見た女性の左腕に大きな黒子が縦に三つ並んでました。で、クールビズになって今日から一斉に半袖シャツ。君の左腕にも黒子、あるね」


 しまった。通勤時は日焼け止め手袋をしているからいつもは気にしていない黒子。三個縦に並んだちょっと変わった黒子。


「間違いなく君だったよ」


 耳元でささやかれ、私は凍り付いた。


「な、何が言いたいのですか?」


「どうしようかねえ。皆にはバラされたくないよね」


 これはあれだ。恐喝のフラグだ。金をゆすられるか、はたまた身体を求められるか。

 警察なり上司なりに相談するのが定石なんだろうが、やらかしたことがやらかしたことだけにどちらにも行きたくない。


「な、何がお望みなんですか」


 蓮見先輩は神妙な顔に戻り、一言告げた。


「とりあえず、今夜。僕の部屋に来てもらおうかな」


 終わった、レディコミやエロい媒体のお約束パターンだ。私は観念したように頷いた。



「さ、入って」


 帰り道、蓮見先輩と連れだって帰り、部屋に入る。意外とご近所であったとは知らなかった。男性の一人暮らしにしては片付いているし、すっきりした香りもする。彼女でもいるのかな。ああ、セカンドだかセフレコースなのか。


「じゃ、まずはここに座って」


 え? と一瞬思ったが、いきなりシャワーやらムニャムニャは性急だと言うことなのだろう。言われるままにリビングのテーブルに座った。


「じゃ、ちょっとこれを見て」


 先輩はパソコンを立ち上げ、画面を私に見せてきた。


「これは……周辺の地図ですね。何かいろいろな線が引かれています」


「そう、この周辺の住宅地図だ。赤い線はM新聞配達のルート、青い線はA新聞配達のルートだ。黄色はY新聞。紫はS新聞。新聞を取る人は減ったとはいえ、まだまだ油断はできない。時間帯は午前三時から午前五時までが多い」


「は? え?」


 予想外の話に素っ頓狂な返事しかできないでいると、先輩はさらに画面を切り替えた。


「で、これが午後十一時の地図。夜間ランナーのランニングルート。ここはランニングの道が整備されているため、ほとんどがこの緑道を中心に走る。ピークは十一時だが、夏のせいか午前一時まで意外とランナーが多い」


「は、はあ……」


「で、ここから導き出されるのは人気の無い時間帯は午前二時。先ほどのルートに被らないのがこの黒線のルートだ。もちろんコンビニなんて、どんな時間も人がいるから論外だ」


「え、えっと、何の話ですか?」


「次からは君が捕まらないように、裏道を教えてあげてるんだよ」


 捕まらない? 裏道? 何を言っているのかわからない。 


「は、蓮見さんはなぜこんなに詳しいのですか?」


「せっかく見つけただ。君は初心者だから見つかってしまったから、こうして情報を提供してあげてるんだ」


 同好の士……ってことは。


「先輩も……??」


「ああ、あれってスリルあるよな。夏なんか風がヒンヤリして涼しいし。いやあ、世の中狭いな、こんな身近に仲間がいるとは。あ、俺、裸だけではなく時々ゴスロリの格好して練り歩くこともあるんだ。凝るとさあ、アロマや香水なんて揃えちゃってさ。誰も嗅がないのはわかってるけど、女性が見えないおしゃれに気を遣うってわかるよ」


 目を輝かせて話す蓮見先輩に私は絶句した。そうか、部屋がほのかにいい香りがするのはそのご趣味の一環か。


「まあ、まずは缶ビールだけど乾杯しようじゃないか。つまみは乾き物しかないけど、なんならピザでも取り寄せるよ?」


 先輩は冷蔵庫から缶ビールを二本だし、一本は私の前に置く。

 困った。盛大な勘違いでやらかしたことなのに、新たな勘違いを生み出している。

 しかし、真相を話すとさらにややこしくなりそうだ。ここは話を合わせておこう。


「あ、とりあえずビールとポテチでもあれば充分です」


「遠慮深いなあ。ま、いいさ。まずは出会いに乾杯だ!」


 プシュッとおいしそうな音とともに、私はこれからどうしたらいいのかわからなかった。







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間違いなく君だったよ 達見ゆう @tatsumi-12

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