第6話 黒線の世話役
98番が窪みにもたれかかるように座ったのを、視界の端に確認する。何度見ても良い気分ではない。第一、98番は年齢が不足しているのだ。幼いほど、その想いには不純物が混ざりやすい。気持ちの移ろいが激しいからだろう。いくら導師様の指示とはいえ、普段、高純度の精製品を管理する立場の自分が、わざわざ面倒をみることもないと思う。
アーチをくぐり廊下に戻ると、そこにグレーのスーツの男が立っていた。内心、舌打ちを漏らしながら、すっと膝をついた。
「どうかなされましたか?」
権力者には下手に出るのが良い。私はすでに反抗しても無駄であることを知っていた。
「3番だったか。」
「はっ。」
私の顔を覚えていたのだろう。得意げな声を聞いただけで、ニヤニヤと笑う顔が目に浮かぶようだ。これだから外の人間は嫌なのだが。
「昨夜、閣下とともに導師に面会したのだが、その時に若いのに目をつけたと聞いたのでな。何、ちょっとした下見だ。」
深い礼の姿勢で、御高説をじっと拝聴しているような姿勢なのだから、中年男から私の顔は見えないだろう。見えていたら、どうなるか分からない。何の下見か分かっている私はそっと眉を顰めた。
「恐れ入りますが、98番はすでに仕事に入っております故、ご紹介はご勘弁のほど。」
「入室前に、と思ったが、一足遅かったか。今日のうちに中央に戻るから、しばらく我慢だな。」
舌なめずりしながら中年の男は笑った。私は動かない。
「3番様を導師様がお呼びです。」
横に立つ灰色の服を着た世話役がそっと声を掛けてくる。正直助かった。
「お前の親愛なる導師様がお呼びだそうだ。さっさと向かうが良い。」
グレーのスーツの男が踵を返すのが、音で分かった。顔を上げた時にその姿はすでにない。また、世話役の姿も消えていた。私はそっとアーチを見ながら、導師室に向けて足を踏み出した。
導師室のドアをノックし、側仕えに取り次ぎを頼む。
「失礼いたします。」
入室許可が出ると、前室から執務室に続く扉の前で礼の姿勢をとる。
「3番、こちらへ。」
導師様の指示に従い、御前に跪く。部屋は相変わらず薄暗く、蝋燭の灯りが揺れている。
「顔をお上げなさい。先ほどは大丈夫だったかしら?」
心配そうに瞳を揺らし、私を見下ろす導師様はヴェールをつけておらず、艶やかな髪が一房、流れるように私の顔にかかった。甘い匂いがする。
「おかげさまで助かりました。ありがとうございます。本日はどのようなご用でしょうか。98番の報告ですか?」
微笑みながら返答する。導師様の魅了に掛けられていることは分かっているが、唇の端が上がるのを止められない。気持ちの高まりを抑えるため、そっと目を泳がせながら答える。
「いえ、3番、あなたに用があるの。急ぎなの。分かるでしょう?今度は貴方のお仕事よ。」
導師様が私にそっと手招きをし、部屋の奥に歩いていく。やはりか、と私は一度深呼吸をすると導師様に続いた。
紫煙の街 花紅みどり @HanaKurenai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。紫煙の街の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。