おまけ・アラビカの匂い

 誰もいないスタッフルーム。

 お昼の休憩をとりにリベリカが入り口の扉から入ってくる。

 かかとを上げて伸びをする。


 ――チラリ。鉄の扉を見やる。

 手を上げたまま横歩きをして鉄の扉に近づく。

 目の前までやってくる。

 ノブにかかった革製の手袋をじっと眺める。


 振り返って入口に人の気配がないことを確認すると、リベリカは手袋を手に取って中をのぞき込むようにしたあと、それを鼻にあてる。

 鼻から手袋の中の空気を吸う。首を傾げる。


「ちゃんとお洗濯しているのかしら」


 入り口の扉の向こうではアラビカが働いている。

 微かに聞こえるカフェの賑わい。


「まったく、しかたないわね」


 再び手袋の中の匂いを嗅ぐ。

 切りたてふわふわな前髪のことを考えながら。

 あの日のことを思い出す。

 頼もしい横顔。

 つい微笑んでしまう。


「――リベリカまだ豆ある?」


 笑顔のアラビカが飛び込んでくる。

 手袋に鼻を挿したリベリカと目が合う。


 リベリカは手袋をそっとノブに戻した。

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珈琲豆を捕まえろ! 向日葵椎 @hima_see

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