第54話 後輩とプール。自由にしていいのはせんぱいだけですから
今日は凛々花と前々から約束していたプールに遊びに来ている。
電車に揺られること三十分。
凛々花と楽しく話している最中も俺はどこか心ここにあらずで大型室内プール施設に着いてからも続いていて、着替え終わった今も継続している。
原因は分かってる。
凛々花の水着姿を期待しているからだ。
前に一度見たのはスク水姿だったから、今日は違うのがいいなぁ、と期待しながら待っている。
「せーんぱい」
喧騒の中で、しっかりと耳に届いた明るくて可愛い声に少し緊張しながら振り返ると後ろで手を組んだ凛々花がいた。
「待ちました?」
「いや、大丈夫。全然、待ってない。これっぽっちも待ってない」
ちょっと、直視するのが難しくて凛々花から目を逸らしながら答える。
くそ……凛々花の水着姿を見ただけで顔が熱くなってるのが分かる。純情ボーイかよ、俺は。
いや、でも、改めて思ったら歳の近い女の子とプールで遊ぶなんてずっと前に親戚含めて旅行に行った時以来だし、仕方ないか。
この前の凛々花とは遊ぶっていうより、泳げるように練習するのが目的だったしな。
そんなことを考えていると凛々花がつんつんと腕をつついてきた。
「……せんぱい、どう、ですか?」
チラチラ、と不安そうに見てくる。
もじもじ、と恥ずかしそうに体を動かせながら。
この状況でピンとこないほど、俺は鈍感じゃない。
普段から可愛い凛々花のことを気味悪がられない程度に見る。
上下にフリルがあしらわれた明るい色合いの水着に身を包む凛々花。
白くてペタンコなお腹や細い太ももが露になっていて、正直直視するには肌色が多い気がするけど、見ていたい欲求に駆られるほど可愛らしい。
て、こんなことをじっくりと言うのは流石に引かれるよな。
ここは、ストレートに短く伝えよう。
「うん、可愛い。似合ってる」
嘘偽りのない気持ちで言えば、不安そうにしていた凛々花の顔が一瞬で明るいものに変わる。
嬉しそうににんまりと笑って、両手をグッと握っている。
「せんぱい、私、可愛いですか?」
「可愛いよ。さっきも言ったろ?」
「せんぱいに可愛いって思われるのが嬉しくて」
それは反則だろ、と俺は変な声が出かかるのをどうにか飲み込んだ。
常々、凛々花のことを可愛い、って思ってるのにこれ以上俺の頭をいっぱいいっぱいにしないでくれ。
「この水着、お姉ちゃんに買ってもらったんですよ」
「流石、お姉ちゃんだな。凛々花に似合うやつをよく分かってらっしゃる」
ありがとうございます、寿々花さん。
心の中で何度も寿々花さんにお礼を言う。
「お姉ちゃんと二人で買い物なんて初めてだったんですけど……色々と買ってもらって嬉しかったです」
どうやら、あの祭りの日以降、凛々花さんとの仲は良好なようだ。
と言っても、ケンカしてた訳でもなく、お互いが距離を置いていただけだから、本来の形になったってだけの話だけど。
それでも、凛々花の嬉しそうな顔を見れば今の状態が心の中では望んでいたものなんだろう。
今まで甘えてこなかった分、これからはいっぱい寿々花さんに甘えればいい。
世界征服が済めば、両親にもいっぱいいっぱい甘えるようになってほしいな。
「そっか。良かったな」
「はい。まあ、着せ替え人形のようにあれやこれやと沢山試着させられたのはちょっと面倒でしたけど」
凛々花は苦笑するけど、嫌な気分は伝わってこない。何だかんだと言いながら、凛々花も楽しんでいたんだろう。
「凛々花は可愛くて何でも似合うから寿々花さんもいっぱい着てほしかったんだろうな」
寿々花さんが羨ましい。
俺と母さんも紗江のことを考えて、喜んでくれそうなことで可愛がっていればこんなことには……いや、あの時のことを悪いとは思うけど、紗江が言ってくれたから気を付けようと思えたんだ。
ああならないために気を付けて凛々花を可愛いがろう。
それに、今は凛々花と二人で遊んでるんだしあんまり他のことは考えないようにしないと。拗ねさせないためにも。
「俺もその買い物、一緒が良かったな……」
可愛い服を着た凛々花を沢山見られるとか想像しただけでも楽しい。いつか、ウィンドウショッピングとかしたいなぁ……着るだけならタダだし。
ただの願望だった(凛々花なら喜んで付き合ってくれそう)からの独り言が凛々花にも聞こえたらしく、凛々花はさっと両腕で控え目な胸を隠した。
それから、頬を赤くして睨んでくる。
「せんぱいのえっち。もっと布面積少ないのが見たいだなんてせんぱいのむっつり!」
ああ、着たのって服じゃなくて水着だったのか……知らなかった。
「他意はないとしてだけど……やっぱり、俺も行きたかったな」
「せ、せんぱいってそこまで欲求不満なんですか……?」
「違うから遠ざかるな。ちゃんと側にいろ」
凛々花の腕を掴んで引き寄せる。
相変わらず、小さくて軽い体躯は出来れば他の男の目に入れたくない。凛々花は可愛いからちょっかい出してくる奴がいたら困る。
手が届く範囲の凛々花で改めてじっくりと見る。
いわゆる、ビキニタイプの水着だから露出している肌が多いのだ。
好きな女の子の肌を見られるってのはプールの特権だと思う。けど、好きだからこそ、あんまり他の男には見せたくない、って思ってしまうんだ。
それなら、プールなんて来るなって話だけど。
「あんまり、凛々花には肌がいっぱい出るような水着は着てほしくないから……一緒にいたかったなってこと」
「もう、そんな心配しなくていいのに」
「キモいって思われるかもだけどさ……好きだから、モヤモヤするんだよ」
「……も、もう。ほんと、せんぱいは私のことが大好きなんですから。困っちゃいます。まったく、もう。ほんとにほんとに……私の肌を自由にしていいのはせんぱいだけですから……安心してくださいね」
腕を絡ませて、控え目な胸を押し当てるようにくっついてきた凛々花に俺の腕が硬直するのが分かった。
あの祭り以降、凛々花のスキンシップはより多くなったと思う。距離が近いというか、べったりというか……それが、嬉しいんだけどこうも近すぎると色々と耐えないといけない、ということを理解してほしい。
「もちろん、その時がくれば、ですけど」
おまけに、こうやって安易には手を出すなと釘を刺されるからより辛い。
凛々花を傷付けたくないし、そんなつもりはないから構わないんだけど。
この小悪魔め。子犬から余計な進化は遂げなくていいんだ。
「じゃあ、せんぱい。泳ぎにいきましょう」
「分かった。分かったから、あとちょっと離れてくれ」
「嫌でーす。喜んでるくせに強がんなくていいですよ」
「……ドS」
楽しむ前から既に疲れを感じている俺は笑顔でグイグイと引っ張る凛々花にそっとため息をついた。
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