第53話 後輩とお祭り。姉妹ってメンドクセー
「あ、凛々花」
凛々花の足の手当てを終えて、家まで送り届けていた時だ。
マンションの前で寿々花さんと会った。
祭りからちょうど帰ってきたところ……?
いや、それにしてはタイミングが良すぎるような……それに、なんか心配そうにしてるし。
「……お姉ちゃん」
凛々花はソワソワしてるし、寿々花さんは寿々花さんでぎこちないし……なんだ、この空間。
まあ、いいか。俺に姉妹感の空気なんて分かんねーんだし。
俺は凛々花の背中をそっと押す。
凛々花の足の怪我は大したことがなくて、帰りはおんぶすることもなく元気よく歩いていた。
だから、今も突然のことに驚いて睨んでくるけど痛みはないはずだ。
……そんなに睨むなよ。意地悪しようってんじゃないんだから。
「え、えーっと……早いお帰りだね」
「う、うん……足、痛めちゃったから」
「だ、大丈夫なの?」
寿々花さんはしゃがみながら凛々花の足を確認するけど、意味がないことに気付いていないのだろうか。
凛々花が履いてるのってスニーカーだから中が見えないんだよな……。
「な、なんともないよ……せんぱいがおんぶしてくれたから」
「そっか……よかったぁ~……」
大袈裟に安心する寿々花さんを見ていればやっぱり凛々花のことが好きなんだな、と思わされる。
まあ、俺だって大袈裟に心配するし安心もするから負けてないけど。
謎の対抗意識を燃やしていれば、寿々花さんがその場で大きく頭を下げた。
言葉は発さず、ふんふん、と何度も頷いて何かを伝えようとしてくる。
けど、俺は頭を悩ませるばかり。
凛々花の言いたいことなら、ある程度分かったりするけど今日会ったばかりの寿々花さんは論外だ。
もちろん、凛々花が突然同じことを始めた場合は可愛いなと撫でながら話を聞くんだけど。
とりあえず、ふんふんと頷き返しておけばいいのだろうか?
「……何してるの、お姉ちゃん」
ありがとう、凛々花。凛々花が言ってくれなかったら二人でずっとふんふん頷いてるままだった。
「三葉くんにお礼言ってるの」
「口で言ってよ。せんぱいに失礼でしょ」
「……だって、凛々花が三葉くんには近付いたらダメだって言ってたし、話さなくてもいいとも言ってたから……でも、お世話になったんだしって」
これには、何も言い返せないだろう。
案の定、凛々花は俯いてチラチラと俺を見てくる。
不安そうな目は何を伝えたいのだろうか。
謝った方がいいですか?
せんぱいを信じてもいいですよね?
まあ、そんなところだろう。
別に、この件で凛々花が悪いとか寿々花さんが悪いとかはないと思う。
けど、一歩踏み出すのは凛々花の役割だ。ここで頑張れるのが凛々花という女の子だと俺は信じている。
そして、そんな俺を信じてくれていい。
俺は凛々花に向かって頷いてみせると凛々花は寿々花さんを見上げた。
手が小さく震えるのを誤魔化すように、きゅっと服を掴んでいる。
そんな凛々花に心でエールを送る。
頑張れ、頑張れ、頑張れ。凛々花はやれる子だ。頑張れ。
「あ、あのね、お姉ちゃん」
「うん、どうしたの?」
「さっきはごめんなさい!」
頭を下げた凛々花に寿々花さんはきょとんと不思議そうにしている。
「えっと……顔を上げて、凛々花」
「……怒ってないの?」
「怒るも何も、凛々花が悪いことした訳じゃないし私がずかずかと三葉くんに近付いたりしたのが原因でしょ?」
凛々花は悪くないよ、と寿々花さんが凛々花の頭を撫でる。
「これからも、私は三葉くんに近付かないから安心してね」
「あ、そ、それはもういいの」
こんな時になんだけど……今、物凄く複雑な気分。
状況だけ見れば、姉妹で一人の男を取り合ってるみたいだし……そんなことないってのは分かってるんだけど。
「私、お姉ちゃんに負けないから」
凛々花のせいで余計にそう思うんだよな。
寿々花さんは俺のことを好きだって一言も口にしてないのに……とばっちりにもほどがある。
「凛々花が何を言ってるのか分からないけど……凛々花は私より可愛いよ?」
言う通りだと思う。
寿々花さんは可愛いっていうより綺麗な感じの人だ。だから、可愛さで言えば小動物感満載の凛々花の方だろう。
うんうん、と頷きながら同意していると寿々花さんが正面までやって来る。
「今日は凛々花のことをありがとう」
頭を下げられたので慌てて両手を振る。
「特別なことなんてしてませんから」
あれだけのことで恩着せがましくするつもりもないし、本当に大したことをした訳でもない。
寿々花さんに顔を上げてもらうと凛々花がどういう訳か頬を膨らませていた。
口いっぱいにヒマワリの種を詰めたハムスターみたいで首を傾げると凛々花は鋭い目付きになって近寄ってくる。
「せんぱいのばーか」
「は?」
「ばーかばーかばーか」
ぽかぽか胸を叩かれても馬鹿呼ばわりされる原因が思い付かない。
そんな俺達を見ながら寿々花さんは楽しそうに笑う。
「凛々花って、そんな顔もするんだね」
「案外、こんな意味の分からないことをやってばかりですよ」
「へ~そうなんだ」
猪突猛進、と頭突きでもしてきそうな勢いの凛々花を手で制止ながら寿々花さんに暫く凛々花のことを話す。
家では、引き込もっているからこんな姿は知らないんだろう。当然、世界征服して両親や寿々花さんを見返そうと企んでいることも誰も知らない。
秘密にしたいだろうし、見返そうとすることが凛々花の原動力に繋がっているからそれを俺から漏らしたりはしない。
「というか、てっきり、今日は凛々花帰ってこないんだと思ってたよ」
突然、寿々花さんがそんなことを言い出してそれまで暴れていて凛々花の動きがピタリと止まる。
頬が徐々に赤く色付いていき、今度は寿々花さんをぽかぽかと叩き始めた。
「な、何を言い出すのっ!」
「お母さんには上手く説明しとくよ?」
「そ、そんなことしなくていいから!」
凛々花の攻撃なんてほとんど効いてないんだろうな。大人の余裕と言うか、姉の余裕と言うか……あしらい方がスマートだ。
そんな姉妹のほのぼのとしたやり取りを眺めながら考える。
そりゃ、一晩中凛々花と一緒ってのは物凄く楽しいだろう。ゲームして遊んだりして、たぶん凛々花の方が先に寝落ちするから布団に運んだりして。
好きな子の寝顔を見る機会なんてそうそうないんだし、想像しただけでも素晴らしい。夏休みなんだし、お泊まり会をするなんてありかもしれない。
でも、それは今日じゃなくても今年じゃなくてもいい。凛々花がちゃんと自分の口で親に彼氏の家に泊まりに行く、って言えるようになってからで。
ま、その場合はあらぬ疑いや心配をされそうだから内緒の方が色々と都合がいいんだけどな。
添い寝して、抱き枕にしたら絶対幸せだと思うし。
「へ、変なこと言ってないでもう帰ろ」
「ほんとにいいの? 私、嘘つくよ?」
「い、いいから。そ、それじゃ、せんぱい。今日は色々とありがとうございました」
「ん、また今度な」
一刻も早く去りたいのだろう。
若干、目に涙を浮かべていた凛々花は小さな体で寿々花さんを引っ張っていく。
「三葉くん。またね~」
ずるずる引きずられながら寿々花さんが手を振ってきたので頭を下げた。
「ねーねー、凛々花。三葉くんとはどうやって会ったの?」
「教えない」
「教えてよ~」
「ぜーったい、教えない」
まあ、世界征服してやるんだー、って叫んでた所を見られた挙げ句、クマさんパンツを見られたのが出会いだとは言えないよな。
不可抗力とはいえ、軽蔑されるかもだし。
楽しそうな寿々花さんに頬を赤くして怒り気味の凛々花。
二人の後ろ姿は姉妹そのもので眺めながら口角が上がるのが分かった。
「……姉妹ってメンドクセー」
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