第52話 後輩とお祭り。や、優しくしてくださいね

 凛々花が落ち着くのと内側でうるさい心臓が静かになるまで数分要した。

 しかし、そのおかげで二人とも冷静になれた……ちょっと、まだ凛々花と顔を会わせるのは難しいけど。

 うん、けどまあ大丈夫だ、と半ば無理やり思い込むことにする。


「えーっと、これからどうしよっか?」


 祭りに戻って引き続き屋台を楽しむか今日はもう帰るか。

 結局、凛々花から奪ったりんご飴しか食べられてないのは惜しいけど、嫌な思いとかはさせたくないし帰るならそれでいい。

 そのつもりで聞いたのだが、どうしてか凛々花は頬を赤く染めて、口を鯉のようにぱくぱくさせる。


「お、お祭りを楽しむに決まってるじゃないですか! せんぱいのえっち!」


 はあ? と、声にも出来ずに意味の分からない顔になった。


 どうして、覚えもないのに怒られないといけないのか。心底分からない。考えても、何も可笑しなことは言っていない。


 しかし、理由を聞こうにも凛々花は控え目な胸を腕で隠しながら警戒するように見てくる。


 まあ、興味がない、ことはないけどそういうのは今すぐどうこうしたい訳じゃないのでどうとも思わないんだけど。


「いいのか?」


 もし、寿々花さんと遭遇したりして気まずい空気になったりしないか。

 姉妹なんだし仲良くしてほしいから戻ることには賛成だけど、また二人が傷付いたりしないで済むのか。

 それが不安なのだ。


「い、いいに決まってます」

「そっか」


 それなら、俺が反対する理由なんてない。

 むしろ、バッタリ会ったりしても気まずくならないよう動けばいいだけだ。


 そんな高等テクニック、交遊関係が狭い限られた人としか関わってこなかった俺に出来るのか、って話だけども。


「さ、行きますよせんぱ――っ」


 熱を帯びた凛々花の小さな手に引かれ、再び喧騒の中へと連れられる――その一歩を踏み出した瞬間、凛々花が歩みを止めて顔をしかめた。


「腹でも痛いか?」


 苦しそうな表情に見えるので食い過ぎが原因かと思ったのだが、凛々花がしゃがんで足をさすっているので違ったようだ。


 さっき、夢中で歩いていたせいだろう。

 下駄を履いていたせいで親指と人差し指の間が赤くなっている。


「よし、帰るか」

「えっ……わ、私なら大丈夫ですよ?」


 すぐに何でもないように装って笑顔を浮かべる凛々花だが、首を横に振る。


「強がんなくていいから」

「べ、別に強がってなんか……せんぱい、まだなんにも食べてないし」

「そんなん気にするな。凛々花を歩かせる方が嫌だから帰るぞ」


 しゃがんで凛々花に背を向ける。


「ほら、大人しく乗った」

「……すいません」


 てっきり、抵抗されるかと思いきや素直に体を預けてきたので意外だった。


 申し訳ない、って思ってるんだろうな。


 きゅっと首に腕を回されたので凛々花を落とさないようにして立ち上がる。

 すっかり夜になっていて助かった。

 高校生にもなっておんぶされているのは恥ずかしいはず。顔を隠せるものがあれば良かったけど持ってないし、せめて顔を見られ難い方が凛々花も嬉しいだろう。


「お、重たくないですか……?」

「軽い軽い」

「ほ、ほんとにですか?」

「流石に、羽毛のようにってはいかないけど軽いから気にするな」


 入学式の手伝いもあって、最近は筋トレを少しずつ初めているとはいえ凛々花は俺でも余裕でおぶれるほど軽い。

 だいたい、華奢で小柄な体型で手足も細いんだから重いはずがない。

 これなら、家まで凛々花を歩かせないで済むだろう。


「……せんぱい」

「ん、どうした?」

「今日はごめんなさい……迷惑かけて」


 怒られる、もしくは怒っていると思っているのだろう。

 首に回された腕が微かに震えている。


 声も弱々しいし、捨てられた子犬のような目になってるんだろうな。


「俺は怒ってないよ」

「そうじゃなくて……その、私もうちょっと

 周りを見ないとって思って」

「あー、確かにその通りだな」


 俺もそうだけど、夢中になりすぎるのは良くない。周りを見れずに突っ走って、後悔することなんてよくあることだ。


 それは修復するのに時間がかかるし最悪の場合、修復出来ないかもしれない心を縛りつける鎖になるかもしれないのだ。


「夢中になれるってのは良いことだけど、のめり込むのは危険だからな。ほどよくリラックスして、集中する時は集中でいいんじゃないか?」

「……はい、そうします」

「よろしい。じゃあ、凛々花にひとつやってほしいことがあるんだけどいい?」

「私に出来ることなら何でもします」


 そんな重たく考えないでいいんだけど……まあ、凛々花に出来ることならっていうより凛々花にしか出来ないことだからいっか。


「帰ったらさ、寿々花さんとちゃんと話してほしいんだ」


 別れ際に浮かべていた寿々花さんの表情がずっと気になっていた。


「話題とか何でもいい。ただ、何か話してくれたらそれでいい」


 恐らく……というより、確実に寿々花さんは凛々花のことを好いている。仲良くしたいと思ってるはずだ。

 そうじゃないとあんなに嬉しそうな顔しないだろうし頭を撫でたりしないだろう。


 凛々花がコンプレックスを抱いて、一方的に壁を築いてるからあんな風に拗れてるのは二人にとって良くないことだ。

 俺にはきょうだいがいないから分からないけど、メンドクサイ関係だと思う。


 お互い毛嫌ってないんだから仲良くすればいいのに。


「せんぱいはどうして関係ないのに私とお姉ちゃんのことまで考えてくれるんですか?」

「未来への投資だ」

「意味が分からないので説明してください」


 うん、まあ、通じるとは思ってなかったからいいんだけどね? 凛々花ってお馬鹿ちゃんだし。

 ただ、少しは察することくらいしてくれてもいいじゃないか。一人で突っ走ったみたいで顔が熱いだろ。


「内緒だ内緒」

「えー、教えてくださいよー」

「教えないったら教えない。てか、じたばた暴れるな。落ちたら危ないだろ」

「はーい」


 何故だろう。急に凛々花の声が明るいものになった気がする。ふふって小さく笑ってる気がするし。

 こんな時、顔が見えたら分かりやすい……んだけど。


「……あの、凛々花?」

「なんですか?」

「ちょっと、くっつきすぎない?」


 さっきよりも、より密着するように凛々花が体を預けてくる。

 まるで、後ろから抱きしめられてるみたいで控え目な胸が背中に押し付けられてどうしても意識してしまう。


 小さいけど、柔らかい感触で……って、堪能しちゃダメだ。なるべく、下心は表に出さない……というより、失敗しないように変な感情を起こさないようにと決めてるだろ。


 首を振って、背中から意識を遠退ける。

 なのに、凛々花は余計に密着してきた。


「そうですか~? でも、落ちたら危ないのでしょうがないですよね」

「いや、しっかり首に腕回してるだろ」

「だって、落ちて怪我とかしたくないですもん。だから、このままでお願いしますね」


 うつ伏せで寝るようにくっついてきた凛々花からは強い意思みたいなものを感じた。

 これは、離れることはないだろうな、と諦めた俺はさっきよりも強く伝わる感触を極力意識しないようにして歩き続ける。


「そういえば、帰ってから何します?」

「やることなんて一つしかないだろ」


 傷の手当てをする。それだけだ。

 絆創膏の一つでも持ってきてたら良かったけど、財布とスマホしか持ってないからその場で治療出来なかったんだ。


 その後は凛々花を家まで送っていく。

 そんなに遅い時間じゃなくても遊ぶ気もないし寿々花さんに心配かけることもしたくない。


 だから、遊ぶ気満々だっただろう凛々花には悪いけど今日はもうおしまいだ。


「え!」

「うわっ、びっくりした……急に大きな声出すなよ」


 びくっと凛々花の体が跳ねて大きな声がすぐ後ろから聞こえる。

 何を驚いているんだ?


「あの、その……お母様がいるんですよ?」

「うん、だから?」


 だから、何だと言うんだ?

 母さんがいて悪いことなんてないし、むしろ母さんの方が上手に手当てしてくれるからいてくれた方が助かる。


「だ、だから!? い、いえ、べ、別に、声を出さないようにすればいいだけなのでいいんですけどね……こ、心の準備が……」


 あー、何に怖がってるのか分かった。

 消毒するだけでびくびく震えるなんて怖がりだなぁ……そういうところも可愛いけど。


 声を出して騒いだとしても、俺も母さんも可愛いとしか思わないから怖がらないでいいのに。

 そこは、凛々花のちっぽけなプライドが許せないんだと思うけど。


「なーに、安心しろ。優しくしてやるから」

「や、やさ……」


 首に回された腕に力が加えられたのが分かった。

 それから、声を震わせながら囁かれる。


「や、優しくしてくださいね……その、は、初めてですから……」


 今まで消毒したことがないのか珍しい。

 まあ、でも、怪我に気を付けてたらあり得ることか。凛々花の場合、外で遊ぶ機会が少なかったってこともあるんだろうけど。


「分かったよ」


 凛々花が痛くて泣いちゃわないように手当てしよう。

 そう決意して帰路を急いだ。



 家に帰って、治療してる間も終わってからも何故だか凛々花は茹でられたタコみたいになった顔を両手で隠しながら暴れていた。

 俺には意味が分からなかった。

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