第51話 後輩とお祭り。お姉ちゃんはせんぱいにお触り禁止ー

「その子、寿々花の妹ちゃん?」

「うん、そうだよ」

「へー、ちっちゃくて可愛いねー」


 よく分かってらっしゃる、お姉さんの友達さん。凛々花ってちっちゃくて可愛いですよね。そこが魅力なんですよ!

 俺は凛々花のお姉さん――寿々花さんの友達と同意見だ、とうんうん頷きながら脳内で自分を叩く。


 って、そうじゃないだろ。いや、何がそうじゃないんだって話だけどそうじゃない気がする。


 とりあえず、この状況にどうすればいいのか分からず凛々花の様子を見守った。


 凛々花は寿々花さんの友達に挨拶しているのだろう。照れ臭そうに頭を下げていた。


「凛々花もお祭り来てたんだね」

「う、うん……お姉ちゃんも来てたんだ」

「そうなんだー。前から約束しててねー」

「ふ、ふーん」


 何だろう……姉妹のくせにやけにぎこちない。というより、寿々花さんは普通なのに凛々花の会話が一方的に下手になっているせいでぎこちなく感じるんだ。


「凛々花もそうなら言ってくれたら良かったのにーお相手は……」


 黙って様子を窺っていた俺と寿々花さんの目が合う。

 ぱちくりと大きな目を丸くさせる彼女にとりあえず頭を下げておいた。


 寿々花さんは凛々花が言っていた通り、すごく美人なお姉さんって感じの人だ。端整な顔付きに腰まで伸びた艶やかな黒髪。スラッとモデルみたいなプロポーションは思わず視線が奪われそうになる。


 凛々花が可愛い系の女の子なら、寿々花さんは美人系な女性という言葉がお似合いだ。


 そんな彼女は俺のことを下から上に上から下に一往復見てから、にやーっと端整な顔付きからは想像できないほど口角を上げた。


「もしかして、デートの予定だった?」


 ビクッと肩を震わせた凛々花の頬が一気に真っ赤に染まっていく。

 それを図星と捉えたのだろう。

 寿々花さんはより一層口角を上げた。まるで、悪役みたいに笑っているので俺まで不安になってくる。


「ごめんね~お邪魔しちゃって」


 凛々花の頭を軽く撫でた寿々花さんは俺の目の前までくると人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 そして、俺の手を両手で包み込んだ。


「初めまして。凛々花の姉の寿々花です。いつも凛々花がお世話になってます」


 凛々花より大きな手は白くて柔らかく、腕が強張ったのが分かった。


「は、初めまして……笹木三葉です。こちらこそ、凛々花にはお世話になってます」


 とりあえず、自己紹介されたのだから返しておくのが礼儀だろう。

 この数分の間に寿々花さんは俺が近より難い人種だと認識したけどそれは隠し通す。

 笑顔だ笑顔。てか、この姉妹絶対に姉妹だわ。見た目は二人で正反対だけど、この勢いのよさは同じ血が通っているとしか思えない。


「三葉くんね。三葉くんは凛々花と同じ一年生かな?」

「あ、いえ、一つ上ですけど……」

「へ~年上か~。先輩を捕まえるとか凛々花もやるね~」


 むふふ、といった音が似合いそうな笑顔を浮かべて凛々花を見る寿々花さん。

 何だか、とてつもない早さの展開で望んでる凛々花との関係にされている気がする。

 実は保留されてるのでまだ付き合ってないんですよ、とか言える空気じゃない。


 でも、ここで嘘をついたままずるずる引き伸ばして、この先、寿々花さんに余計な心配をされるような男にはなりたくない。

 嘘をつく最低な男より、今はまだ先輩後輩の関係だとちゃんと言っておいた方が長い目で見た時の印象もいいはずだ。


 俺はそう結論付けて真実を打ち明けようとして――先に凛々花が寿々花さんの手を取った。


「いつまでせんぱいの手を握ってるの!」

「手を握るって……ただのご挨拶だよ?」

「それでも、ダメなの。お姉ちゃんはせんぱいにお触り禁止。近付くのもダメ」

「え~……凛々花の彼氏に勝手に触ったのは確かに悪かったけど……近付くくらいは許してよ。お話も上手に出来ないよ?」

「いいよ、お姉ちゃんはせんぱいと話さなくて。行きましょ、せんぱい。デートの邪魔されたくありません」


 寿々花さんより小さく、それでいて、同じくらい柔らかい手が離さないように俺の手を握り、ぐいぐいと引っ張っていく。

 止まるように言っても凛々花は聞こえてないようで目的もないはずなのにどこかを目指している。

 それが、何だかこの場から逃げたがっているようで俺も足は止めなかった。


 ただ、挨拶もなしに去っていくのは申し訳ないとさっきまでの楽しそうなのが嘘だったみたいにぎこちなく笑う寿々花さんに小さく頭を下げた。



 やはり、凛々花は目的もないようでひたすら歩き続ける行為を続けている。

 後ろを振り返っても寿々花さんの姿は見えないしここら辺で止まってもいいだろ。もう随分と橋の方まで来て屋台もないし。


 俺は凛々花を呼んで止まるように言おうとしたが下駄の音が鳴り止むことはなく、ジャリジャリと砂利道特有の音が耳に届く。


「きゃっ」

「おっと」


 言っても聞かないから、急に足を止めた。

 そのせいで、凛々花が前のめりになってしまい急いでこちらに引き寄せる。


 凛々花みたいなか弱い女の子、止めるのは簡単だって思ったけどもうちょっと他の方法があったかな。

 しっかりと凛々花を受け止めながら怪我させずに済んで一安心。ほっと安堵の息を吐いた。


「きゅ、急に止まったら危ないじゃないですか!」

「悪かったよ。でも、呼んでも凛々花に聞こえてなさそうだったからさ」

「……え、呼んでた……?」

「夢中で歩いてたからな。ほら、もう屋台もないし薄暗くて危ないからここらで止めておこうと思って」

「ほんとだ……」


 きょろきょろと周囲を見渡した凛々花は落ち込んだように肩を落とした。もう大丈夫だろうと手を離せば申し訳なさそうに頭を下げてくる。


「ごめんなさい」

「謝らないでいいよ。よく分からないけど、別にどうこうなったって訳でもないし。それより、お姉さんのこと良かったのか? なんか、悲しそうにしてたけど」


 罰が悪いのか、凛々花は答えようとしないまま口を閉じた。

 まあ、答えたくないなら言わせたくないし言わないでもいいんだけど……落ち込んだままにはさせたくないよなぁ。


 かといって、元気付けてあげられる方法なんてそう簡単に思い付かないし。


 暗くなった空を見上げながらじっと目を閉じる。

 戻ってお祭りを楽しむべきか。でも、寿々花さんと会ったりしたら余計に落ち込みそうな気がするし進まないな。


「……せんぱいにお姉ちゃんを会わせたくなかったんです」


 震えた声に凛々花を見れば、今にも泣きそうな顔で服の袖を弱々しく握られた。


「美人だし、スタイル良いし私よりも素敵だから……お姉ちゃんに会えばせんぱいは私なんか嫌いになりそうで怖くて……会ってほしくなかったんです」


 これは、どう反応すればいいんだろう。

 確かに、寿々花さんは美人だったしスタイルも良かったし明るく声をかけてくれて……素敵な人だと思う。


 だからって別に凛々花を嫌いになったりしないし、むしろ、こんな風に言ってくれて益々好きになった。


 でも、それを凛々花に伝えるだけじゃ意味がなさそうだ。


 恐らくだけど、凛々花は寿々花さんにコンプレックスを抱いている。

 両親が姉ばかり褒めて、実際に優秀で……自分は不器用であまり褒められずにいれば、自分を卑下するのも仕方ない。


 なら、俺がどうするべきなのかはもう決まっている。


「確かに、寿々花さんは美人だった。うん、それはそう思うよ。俺も男だし、普通に綺麗とかそういうのは抱く」


 それは、普通の現象で凛々花以外の人が全員不細工に見えたりは絶対にしないだろう。

 けど、そうは思っても凛々花に抱いてる気持ちまでには成長しない。一言で片付けられる存在。それだけである。


 俯きながら小刻みに震える凛々花を正面からぎゅっと抱き締める。小さな体が壊れないように両腕で包み込む。


「え、せ、せんぱ――」

「俺はただ美人だと思っただけの人とはこういうことをしたいとは思わない。だから、凛々花が不安になる必要ないよ」


 凛々花が落ち込まないでいいように。

 凛々花だって、魅力がある素敵な女の子なんだって思ってもらえるように。

 背中に回した手で優しく頭を撫でる。


「あ、安心してもいいんですか……?」

「なんなら、ここで誓ってもいいぞ」

「誓うって……どうするつもりですか」

「そりゃ、誓うって言ったら一つしかないと思うけど……」


 凛々花を解放して、目を見て伝えれば白い頬に赤色が浮かんでいく。真ん丸な目がより大きくなり、口は金魚みたいにパクパクしていて……動揺しているのが丸分かりだ。


「せ、せんぱいが誓ってくれるなら……」


 きゅっと目を閉じた凛々花は唇を固く結んでじっと動かない。頬に手を添えれば、肩を強張らせたのが分かった。

 そんな、凛々花の前髪を手で退かし額に軽く唇で触れた。


「はい、誓ったぞ」

「……へ?」


 きょとん、と困惑してくる様子の凛々花から少し視線を逸らしたのは熱くなった頬を見せたくなかったからだ。

 こんなことをしておいて冷静でいられる訳がない。なんなら、手で口元を隠したいほどだ。

 でも、少しは余裕を持っていたいと動いた手は凛々花の口元に添えた。


「何だ、ここにでもされると思ったか?」


 普通は凛々花のように勘違いするはずだ。

 正直、拒まれなかったしその勘違いを実行しても良かった。けど、唇にはちゃんと形にしてからがいい、と思った。


 それに、額でこれだけ緊張してるんだから唇にしてたら自分がどうなってたか分からなくて……ヘタレたというのもある。


「だ、だって……」

「だって?」

「誓いとか言ったから」

「別に、そこじゃなくたってさっきので誓ったしそもそも凛々花しか眼中にないんだからいいだろ。それとも、シテよかったのか?」

「そ、それは……」


 言い淀む凛々花をじっと見ていれば限界なのか両手で顔を隠した。

 額でさえ、その反応なのだからまだ唇じゃなくて正解だっただろう。うん、正解なはずだ。異論は認めない。


「とにかく、俺は寿々花さんにどうこうとかないから凛々花も変な心配はしなくていい。分かった?」


 コクコク、と小さく頷く凛々花。

 顔を合わせてはくれないらしい。


 そんな、凛々花を可愛いなと眺めながら俺は楽しそうな喧騒に耳を澄ませた。


 この後、どうしよう。

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