第50話 後輩とお祭り。早く征服してほしくないんですか?
祭りは凛々花がスポーツテストに向けて特訓した河川敷にて行われる。
横一列に並ぶ屋台の数々は尋常じゃなく、色々な種類の屋台が活気よく賑わっていた。
数年ぶりに来た俺は昔とそう変わることのない景色にどこか安心感を覚えつつ、昔とは変わった一緒に居る相手のことを見た。
「うわぁ~……」
字の如く、小さな子供みたいに目を輝かせる凛々花は屋台に視線を釘付けにさせている。
宝物でも見つけた時のような反応につい笑みを漏らしても恥ずかしがることもなく、むしろ早く突撃しましょうと言わんばかりに服を引っ張ってきた。
「凄いですね!」
「どれから行きたいか決めたか?」
「もちろん全部の屋台ですよ。そうすれば、これだけの数を一気に征服出来ますから!」
「現実を見ような。限界まではダメだから」
「どうしてですか?」
「お祭りだからだよ。いいか。祭りは楽しむもんだ。無理して、楽しくないが勝っちゃったら嫌だろ?」
「んん~そうですけど……せんぱいは早く私に世界征服してほしくないんですか……?」
「してほしいに決まってるだろ。でも、楽しく過ごしたいから無理はさせない。それに、今年が無理でもまた来年来ればいいし」
先に機会を残せば、来年もまた凛々花とこうしていられる。何も今日中に終わらせないといけないことはないのだ。
「えへへ……じゃあ、今日のところはほどほどにしといてやりますか!」
そうそう。それでいいんだ。
嬉しそうに唇に弧を描いた凛々花に頷きながら答える。頭を撫でたい所だけど、折角浴衣を着て髪型もちょっと手を加えられているので崩すのは勿体ないので我慢する。
「それじゃあ、行きましょう。せんぱい」
祭りを楽しみに来ている人は大勢いて、迷子防止のためにも今にも走り出しそうな凛々花の手を握った。
ビックリして振り返った凛々花の頬は赤くなっていて、瞬きを繰り返している。
「浴衣、似合ってんだし今日は大人しくな」
「私から元気を取り上げたらなんにも残らないじゃないですか!」
「いや、可愛いが残ってるだろ。てか、浴衣なんだし素直に大人しくしとけ。転けたりしても危ないし」
祭りを楽しむためには怪我なんてのはもっての他だ。浴衣姿も似合ってて可愛いんだし泣き顔なんてさせたくない。
そういう意味を含めて凛々花の小さくて柔らかい手を離さないようにしっかり握っておく。
それに、こういう理由をつければ手を繋いでいたいっていう本音を言わずに済みそうでいかにも最もらしい理由ばかりが頭に浮かんでくるのだ。
「……私、すぐ迷子になっちゃうので離しちゃダメですよ」
「りょーかい」
控え目に繋ぎ返してきた凛々花に微笑むと彼女は少しだけ口角を嬉しそうに上げた。
別に、喜ぶのはいつもみたいに喜んでくれてもいいんだけどなぁ。
そんな野暮なことを思ったけど、大人しい凛々花もいつもと違った魅力があって可愛らしいので黙っておいた。
「美味しい?」
「はい、とっても」
りんご飴をペロペロ舐めながら笑顔を浮かべる小さなお子様。こうやって見てたら、本当に同じ高校生とは思えない。
元々、小さくて幼さがあるとはいえ、今のあどけない笑顔は年齢を偽るに十分だ。加えて、りんご飴を片手にが余計に子供っぽさを演出している。
「なんだか、失礼なこと考えれられてる気がします~」
的確に心を読んできた凛々花に背中を冷たい汗が流れた。
むっと頬を膨らませているので、よからぬ想像をしていると失礼なこと思われているのかもしれない。
「そんなに美味しいんだったら俺も買っとけば良かったかなって思ってるだけだよ」
「せんぱい、さっきからずっとそればっかりじゃないですか。たこ焼きもフランクフルトもチョコバナナも。どれも、私に買ってくれるだけで自分はもうちょっと見てからって」
「だってなぁ……」
通り過ぎる屋台全部に凛々花が目を輝かせるもんだから買ってあげたくなっちゃうんだよ。
母さんから、これで凛々花ちゃんに色々買ってあげなさいって軍資金も渡されてるし、俺のことは後回しで考えてるんだよ。
でも、それを言えば凛々花は遠慮するし、むしろ、私お小遣いいっぱいだから、って逆に奢られそうだから言いたくないんだよな。
「ほら、こういう所って美味しそうに見えても実際に食べたら不味い、ってパターンもあるだろ? だから、俺は凛々花に毒味させてるんだ」
「それで後悔するってバカですか?」
「本気のトーンはやめて!?」
「毒味とか言ったお返しですぅー!」
「全部、凛々花が悪いんだぞ。どれもうまそうに食べるから後悔するんだ」
「どれも美味しいんですもん。あー、美味しいなー。せんぱいが奢ってくれたから特に美味しいなー」
ビックリするほど演技が下手な大根役者。
しかしながら、まだ何も食べてない俺に見せつけるようにりんご飴を犬みたいにペロペロ舐める姿にちょっとだけイラッとして、俺はりんご飴に噛みついた。
カリッと良質な音を耳にしながら、一口分の甘さを堪能する。
正直、りんごをわざわざ飴にする意味が分からないで敬遠してきたけど、これはこれで確かにうまい。
「もー、何するんですかー!」
「え、食えって誘ってたんだよな?」
「違いますー」
ポコポコ二の腕辺りを叩いてくる凛々花をはいはいと宥めておく。
りんご飴を食べたせいで、本格的に何か食べたくなってきた。どうせなら、凛々花と一緒に食べれるものがいいな。
攻撃しているつもりであろう凛々花は相手にされず拗ねたのか、まったくもう、と唇を尖らせて残ったりんご飴に向き合った。
じーっと一点を見つめて動かない。
「食べないのか?」
「た、食べますよ」
まだ拗ねているのか、小さな口で力強くバリボリと噛んでいく姿に俺は苦笑した。食べ終わる頃には凛々花の頬はりんご見たいに赤くなっていた。
屋台は色々ある、といってもお金や空腹には限度いうものがあり、全部が全部食べたり遊んだり出来る訳じゃない。
より慎重になって、食欲を満たしつつ凛々花と半分こ出来るものはないかと探す。
「凛々花は次、何が食べたい?」
「そうですね~……って、私まだ食べるんですか?」
「あ、もう満腹な感じか?」
「いえ、まだ入りますけど……」
「だと思った。学食の大盛りカレー完食した子があれくらいで限界な訳がないよな」
「そうなんですけどね! やっぱりですね、気にしちゃうんですよ!」
「俺は、凛々花が美味しそうにいっぱい食べてるとこ見るの好きだよ」
凛々花の食べっぷりは気持ちがいい。
何も、ただ爆食いするだけでなく、見ている側に美味しいのを伝えるように笑顔を浮かべるから好感を抱く。
いくら、美味しい料理でも真顔で食べていれば作り手は不安だろうし一緒に食事していても気分が悪いだろう。
そういうのを全く感じないからこそ、俺は凛々花が食べている所を見るのが好きだ。
「も、もう。太ったらせんぱいのせいですからね」
「ん、ダイエットくらい付き合うし太ったからって嫌いになったりしないから安心していいよ」
声にならない声を出しながら、凛々花は俺の二の腕に頭突きしてきた。拗ねているようにも、照れているようにも思える行動は可愛らしい。
しかし、そのせいで髪型が少し崩れてしまった。
「あー、もう、ほら。動くんじゃないぞ」
その場しのぎでしかないが、崩れた髪を整えて元に戻す。
紗江に施すために身に付けた技術が今こうして役に立つとは随分と皮肉なもんだ、とつい自虐的に思いながら凛々花を見れば顔を真っ赤にさせていた。
今、腕を伸ばせば凛々花の体を胸に抱くことが出来る。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。気を付けろよ」
そんな欲望に支配されそうになるが、どうにか自制して凛々花から少し距離を取った。
別に、もし凛々花のことを急に抱き締めても怒られたり嫌われたりはしないと思う。なんの根拠もないけど。
でも、思うことと実際に実行することは天と地ほど差があって、ひょいひょい出来るほど経験があるわけでもない。
もう少し、自信が持てたらなぁ……でも、まだ付き合ってる状態じゃないし、そもそも付き合ってるからって、そう何度も触れていいのか分からないしな。
「ほら、行くぞ」
結局、手を差し出すことしか出来ずに手を伸ばせば掴まれることはなかった。と言うより、声が聞こえてないように固まっている。
「あれ、凛々花?」
凛々花を呼ぶ声が聞こえ、振り返れば綺麗なお姉さんがいた。
「お姉ちゃん……」
どうやら、凛々花のお姉さんらしい。
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