第49話 後輩とお祭り。感謝、してるんですからね
凛々花が家でご飯を作った日から、頻繁に彼女は母さんに料理を教えてもらうようになった。
何やら、もっと練習したいとのこと。
母さんはまるで娘が出来たみたい、と大喜びで色々と教えてあげていた。ちゃんと加減を弁えて。
俺としても、凛々花の手作り……とまではいかなくても、好きな女の子が手を加えてくれている料理が食べられて嬉しいので文句なんてなかった。
それに、凛々花が料理を練習することで世界征服にも繋がると俺は考えていた。
もし、凛々花が美味しい料理を作れるようになり、家族に振る舞えでもすれば驚かれることだろう。
不器用な娘が、妹が、一人で料理をした。
それは、凛々花に優しくて、ある意味で残酷な人達にはインパクト大であるのに間違いない。
凛々花の世界征服は家族を見返すことだ。
どんなもんだ、と思わせることだ。
そして、恐らく……凄いね、と褒めてもらうことだ。
料理はそれらを叶えるのに必ず役に立つはずだ。
それに、世界征服が済めば凛々花とは晴れて恋人関係になれる。どこかに行くのも楽しいのだが時間的なことを考えると料理の方が早いことは確かだろう。
だから、凛々花が早く一人前になれるまで俺はいくらでも練習に付き合う心構えで夏休みを過ごしていた。
「どう、三葉。りりたんへの感想は?」
やや恥ずかしそうに頬をうっすらと赤らめている凛々花はいつにもまして元気がなく、大人しい。
しかし、それは決して体調が悪いからとかではなく、着ているもののせいでいつもみたいに派手な動きが出来ないからだろう。
「……い、いいんじゃない?」
凛々花は水玉模様があしらわれた水色の浴衣を着ていた。
今日は地元のお祭りがあり、そのためにわざわざ母さんがレンタルしてきたのだ。
「ぬいぐるみとかだとあれだけ可愛いって言えるのにどうしてりりたんだと……」
「そ、それとこれとは全然違うだろ」
呆れた視線を向けてくる母さんから逃げるように目を逸らす。
正直、凛々花がめちゃくちゃ可愛い。
浴衣姿は初めてだし、髪も少しだけ手を加えられているのも新鮮があってドキッとしている。
しかし、母さんの手前、めちゃくちゃに褒めるのはまだ恥ずかしいのだ。ぬいぐるみは物だからなんにも考えずとも可愛いと言えるけど凛々花は生きている。
褒める方も褒められる方も、感じるものがあるのだ。
「はぁ~りりたん、可愛い。写真撮ってもいい?」
「あ、は、はい」
なんか、七五三みたいだな、と両手を前で合わせながらもじもじする凛々花とそれを撮影する母さんを見て思った。
俺も凛々花の写真欲しいし撮らせてもらおう、パシャパシャ撮影する。
凛々花に付き合っていっぱい写真撮ってきて良かった。
中々に上出来な撮影に自画自賛。これは、絶対に消さないで残しておこう、と決意したところで凛々花がじっと見てきた。
「せんぱいと一緒に撮りたいです」
「浴衣着てないけどいい?」
「もちろんです。お母様、お願いします」
「はーい」
本当に母さんは凛々花に甘い。と言っても俺もそうなんだろうけど。
凛々花の隣に並んで母さんが構えるスマホのレンズをじっと見る。
「三葉。もうちょっと楽しそうに出来ないの?」
「俺はこう……って知ってるだろ」
昔から、俺は写真で大きく笑っていなかったらしい。写真を見返してもきょとんとしているのが多く、それを証明している。
可愛くされてもよく分かっていなかったんだと思う。唇は弧を描いているので喜んではいたのだろうけど。
成長しても俺は写真で大きく笑うことはしていない。凛々花と何度も写真を撮ってきたけど、どれも控え目にしか笑えていない。
それは、恥ずかしいからだ。何が、とは具体的に言えない。でも、こう、胸の中が妙にむず痒くてぎこちなくなってしまう。
でも、何が一番そうさせるかってのは単純に俺の女性経験の無さである。女子とのツーショットなんてしたことがないんだ。
多少、凛々花とは慣れたとは言え好きな女の子とツーショット。思春期男子にはレベルが高く、一人緊張を隠すのに必死である。
「りりたんはこんなに楽しそうなのに」
そう言われてチラッと横を見る。
ニコニコと愛想のいい可愛い笑顔で実に楽しそうにしている。
凛々花はいつもこうだ。俺と写真を撮る時にはいつもこうやって楽しそうに笑う。
「せんぱいはいつもこんな感じですから急に変えたりは出来ませんよね」
「無愛想で悪かったな」
俺だって上手に笑えないだけでちゃんと楽しんでることは信じてもらいたい。
「拗ねないでくださいよ~。せんぱいはそのままでいいですから~」
いじけた風にそっぽを向いたからか凛々花は人差し指で肘をツンツンとつついてくる。
愛想が悪いことは自覚してるし拗ねてないんだけど不安にさせたのかも、と思って見ればそんなことはなく楽しそうに笑っていた。
「てな訳で、さっさと撮ってくれ」
「あ、待ってくださいよー。可愛く写りたいのに用意できないじゃないですか」
「普段から可愛いんだからいいだろ、別に」
隣から小さくぼん、と音が聞こえると同時にシャッターの音がした。
母さんが親指を立てているので綺麗に撮影できたのだろう。
「こうやってると入学式の日を思い出すな」
「そ、そうですね」
初めて会った日もこうやって隣合わせで写真を撮ってもらった。
今から考えるとあの日、先生に怒られそうになってでも写真を撮ってもらってよかったと心底思う。
人生で一度しかない高校の入学式。
きっと、凛々花は家族と一緒に写真を残したかったはずだ。
俺はまだ凛々花の家族じゃない。
でも、一人より他人だったとしても俺がいたことで少しでも寂しさを紛らわせていれてたら嬉しい。
それに、いつか凛々花の家族にあの日のことを一緒に笑って話せるようになりたいから行動に起こした自分を褒めてやりたい。
まあ、そのせいで入学初日の後輩に怖い思いをさせたのだけは悪かったけど、それも今では笑える思い出だ。
「あの時、めっちゃビビってたよな」
「せんぱいと先生が危ない感じだったからじゃないですか。せんぱいのせいですよー」
「でもさ、他にも先生いたんだし暴力とかはないってちょっと考えれば分かっただろ?」
「そうですけど……私のせいで痛い思いとかしてほしくないから……」
凛々花のことは何があっても守ろう。
そう決意しながらいじけたように口にした凛々花の頭を撫でる。
「凛々花は優しいな」
「……もう。せんぱいの方が何倍も優しいです。初めて会った日からずっとずっと優しくて……私、感謝してるんですからね?」
あんまり示せてないですけど、と少し悲しそうに言った凛々花に俺は首を振る。
確かに、分かりやすい――プレゼントとかで感謝はされていないけどそんな必要ない。
学校に行って帰るだけがほとんどだった毎日を凛々花が変えてくれた。楽しい放課後に凛々花がしてくれた。それだけで、俺は満足だ。
「凛々花がいてくれるおかげでさ、毎日楽しいから感謝とかいいよ。これからも、ケガなく健康で側にいてくれたら嬉しい」
これからも、凛々花がいてくれたら俺は幸せだ。そりゃ、付き合いたいとも思うけど、一番は俺も凛々花も笑って楽しんでいられたらそれでいい。
ただそれだけを望んで笑いかけると凛々花の頬がみるみる赤くなっていく。目もうるうると潤み始めて唇はぷるぷると震えている。
「いて。いていて。な、何するんだよ」
ぺしぺしぺし、と無言で二の腕を叩いてくる凛々花に首を傾げる。
意味が分からない。そこは、笑いながらうんって元気よく頷くところだろ。なぜ、理不尽な暴力を受けないといけないんだ。
聞いても凛々花は二の腕を叩いてくるだけで答えてくれない。
そんな凛々花に嘆息しながら俺は彼女が満足するまで大人しく受け続けた。
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