第48話 後輩は起きてほしい。起きました、せんぱい
「せんぱいせんぱい。起きてください」
すぐ近くで凛々花に呼ばれてる気がする。
そんなこと、あるはずもないのに。
幻聴には期待せず、ゆっくりと眠りから目覚めるように目を開けた。
見慣れた部屋の天井に思わず頬が緩む。
ほらな、凛々花がいるはずないんだ。
だいたい、お泊まりとかしてないのにこの部屋に凛々花がいたらそれはそれで怖い。いや、嬉しいんだけど突然ニョキっと現れたらビビる。
こんなこと、絶対に言えない。
凛々花の幻聴に起こしてもらった、とか。
言えば、それはそれはさぞ調子に乗ることだろう。
凛々花の声で目覚めたい、とは思っていてもからかわれるのはなんか悔しい。
だから、絶対に言わない。
「起きました、せんぱい」
「うわあぁぁ!?」
「あいた!?」
驚いて、勢い良く体を起こしたから凛々花の額と思いきりぶつかってしまった。痛い。
凛々花がいた……急に視界に入り込んできた。怖かった。
枕に頭を乗せながら、冷静に考える。
視線を動かせると少し赤くなった額を涙目で押さえる凛々花がいて、これは夢でもなんでもないようだ。
「もー……急に起きないでくださいよ……」
「悪い……じゃなくて、なんでいるんだよ」
ジトッとした目で見られたので体を起こして凛々花をベッドの方へと引き寄せた。それから、赤くなった額を優しく撫でておく。
痛いの痛いのとんでいけ、は言わないでおいた。拗ねそうだから。
「は、早く起きたので来ちゃいました」
頬を赤くさせた凛々花は目を泳がせながらなにやら焦っている様子だった。
しかし、今はそんなことよりもすることがある。
なんて、はた迷惑なやつだ。
ピンとデコピンをお見舞いしておいた。
「な、何するんですかー!」
「朝早くから起こすからだ」
ちょっとむきになった凛々花の額をまた撫でる。すると、くすぐったそうに目を細めてお怒り気分はどこかへいったらしい。
「言っときますけど、もうお昼前ですよ」
「……マジか」
時計を確認すれば確かに時刻は昼前を表していた。
だからって、時間を無駄にしたとかそういう後悔的なものはない。夏休みはこうやってグータラ過ごすものだ。異論は認めない。
「寝過ぎです。お寝坊さんです」
「本来の休みの俺はこうなんだよ」
「私との約束の日はちゃんとしてるじゃないですか」
「そりゃ、凛々花と約束してるんだし当然だろ。てか、今日って何か約束してたっけ?」
そうであってはほしくないけど、もしかすると凛々花との約束を忘れているのかもしれない。
だから、待ち合わせに来ない俺に腹を立てて家まで呼びに来た。
もしそうなら謝らないと。
でも、今日は遊ぶ約束なんてしてないと思うんだけどな。毎日毎日、スケジュールギッシリってことでもないし。
「いえ、約束はしてませんけど暇だったのでせんぱいに相手してもらおうかと」
「……ほんと、そういうとこだぞ」
こういう所が犬っぽくて可愛いんだ。とりあえず、頭撫でとこ。
撫でられて気持ち良さそうな凛々花を眺めながらふと疑問に浮かんでいたことを口にする。
「つーか、なんでエプロン?」
凛々花はエプロンを着けていた。
サイズは合ってなさそうなのでおそらく母さんのおさがり的なものだと思う。
「せんぱいがお寝坊さんだからお母様にお料理教えてもらってたんです。どうですか?」
クルッとその場で一回転してみせた凛々花はニコニコ笑いながら小首を傾げた。
そんな彼女に俺は親指をグッと立てる。
「似合ってるぞ」
「そうでしょうね!」
えっへんと胸を張る凛々花。
当然だとも言いたいような口ぶりだけど、ニマニマとしているので褒められて嬉しかった模様。
だから、俺は調理実習みたいで、とは言わなかった。
残念ながら、凛々花にはまだ母性というか母親感みたいなものがなく、エプロンを着けていてもお料理教室に通いだした努力してる女の子感しかなかった。
だからって、ドキドキしないとか異性として見えないとか、そんなことはなく。
可愛い女の子。しかも、好意を抱いていて好意を抱いてくれている子がエプロン姿で部屋にいる状況に俺の胸は高鳴っていた。
将来、凛々花と暮らし始めた時はこんな風に起こしてもらいたい、と考えるほどには彼女に視線を奪われていた。
「さあさあ、起きてください、せんぱい。ご飯、冷めちゃいますから」
グイグイと手を引っ張られ、ベッドから出た。どうやら、自信があるようで大きな瞳がいきいきと輝いている。
凛々花が作る料理はおにぎりしか食べたことがないから正直不安ではある。
もし、不味くても口にも顔にも出さない。
ポーカーフェイスで乗りきろう。
そう決意してリビングへと向かい、机に並べられた料理を見て目を丸くした。
普通だった。いや、カレーを口にする前から判断するのは難しいけど見た目は普通のカレーだった。
「どうして、目を丸くしてるんですかー」
「いや、普通においしそうだなって」
「ほとんど、お母様が作ってくれましたからね。私はほんの少しお手伝いしただけです」
「ああ、どうりで」
すぐに納得できてしまった。
凛々花の指に絆創膏が貼られてないのがその証拠だろう。
ケガがなくて良かった。
安心しながら凛々花を見れば、すぐに納得したことが不満なのか頬を膨らませていた。ぶー、とも言っている。
「りりたんも頑張ったものね」
そんな凛々花を甘やかすように既に座っていた母さんが会話に参加してくる。
何を頑張ったのかは聞いていいのかダメなのか。
首を縦に振ってアピールしてくる凛々花を見ながら野暮なことは必要ないかと後者を選択した。
頑張ってなくてもいい。凛々花の手作りを食べられるだけで幸せだ。例え、ルーを入れただけであっても。
俺達も席に座り、三人で手を合わせる。
凛々花から期待と不安が入り交じった目で見られるので苦笑しつつカレーを口にした。
うん、いつも食べてる味だ。母さんの味がする。
ずいっと超至近距離まで凛々花が顔を寄せてくるので肩を押して席に座らせた。
近いと食べづらい。それに、心配せずともうまい。
「野菜、食べやすいですか?」
そう言われて目を凝らしてみると歪な形で切られた野菜達が目に入った。その中から、じゃがいもを取り出して食べる。
ほどよく煮込まれていて食べやすい。
「うん、食べやすいよ」
答えると凛々花は安心したように胸を撫で下ろしていた。
この様子からして、凛々花がしたのは野菜を切ることだろう。普通にお手伝いしてるじゃないか。本当にケガがなくて良かった。
「ふふ、りりたん頑張ったものね」
「はい。野菜嫌いのせんぱいに克服してほしいですから」
「立派な考えね。お母さん、安心しちゃう」
「はい、お任せください」
またもや胸をはる凛々花だが意味は分かっているのだろうか。
「あれ、せんぱい。辛いですか? 顔、真っ赤ですよ?」
憎たらしい笑みを浮かべるでもなく、ただたんに心配される。
まったく、誰のせいだよ。
胸中で毒づきながらジトッとした視線を向けるも可愛らしく小首を傾げるだけ。
「あ、お水ですね。はい、どうぞ」
「……ん、さんきゅ」
「私、気遣い出来る女の子ですから!」
嬉しそうだから深くは言わないけど本当にこういう所がちょいウザで可愛くて好きなんだよなぁ。母さんの手前だから、言えないけど。
不服げな眼差しで凛々花を見ながら水をゴクゴクと飲む。
満足そうにカレーを食べ出していて気付く様子はない。モグモグしてるのが何故だか今日は特に可愛く見える。
そんな俺の胸中をお見通しなのか、単純にそんな凛々花が同じように可愛く見えているのか。
母さんだけがニヤニヤとしていた。
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