第47話 後輩は怖がり。プレゼント大切にしますね

「せんぱい、取れるんですか?」

「まあ、任せてろって」

「私の前で格好いい姿見せようとして散財しないでくださいね」

「するか、そんなこと」


 ゲームセンターに着いた俺は早々にクレーンゲームに挑戦していた。


 可愛いものが好きになって、俺は得たものや失ったものがある。結果的に、どうだとかはない。

 嬉しいことも悲しいこともあったから。


 でも、割合的には嬉しいことの方が多い。

 その中のひとつがクレーンゲームの腕がものすごく上達したことだ。


 ゲーセンに通い、限定のぬいぐるみを取ることにハマった結果である。


 抱き締めるにちょうどいいサイズ感の大きさがあっても関係ない。この手の種類なら数回アームを動かすだけで落とせる。


 俺はササッとアームを操作して、クマのぬいぐるみのお尻部分を持ち上げた。

 すると、傾斜になっているからぬいぐるみが大きく前に傾いて転がり落ちてきた。


 もふもふで触り心地抜群のそれに思わず頬ずりしたくなる。が、流石に凛々花の手前だしそれを渡されても嫌だと思うのでしない。


「せんぱい、すごい!」


 今まで誰にも披露しなかった特技を目を輝かせる凛々花に褒められるて気分が良い。思わず鼻を伸ばして天狗になりそうだ。


「はい、凛々花にあげる」

「え、良いんですか?」

「元々、あげようと思ってたから」


 随分と怖がらせてしまった反省と凛々花の部屋に何も置かれてなかったことを思い出して決めていたのだ。


 つぶらな瞳をじーっと見つめる凛々花は喜ぶでもなく悲しむでもなく、しばらく思考を放置しているみたいだった。


 もしかして、気に入らなかった?

 一応、今回は可愛いを全面的に押し出されたやつを選んだけど……。


「なんか、他に欲しいのがあれば言ってくれていいよ。それは、俺が持って帰るから」


 ゲームセンターにあるぬいぐるみは何もこのクマだけじゃない。沢山ある。気に入らないならお気に召したものをプレゼントするだけ。

 凛々花には喜んでほしいし、そのぬいぐるみ欲しいしな。


「これが良いです!」

「お、おう」


 てっきり、別のが良いんだと思っていたから食い入るように言われて狼狽えてしまう。


「せんぱいからのプレゼント……大切にしますね」


 そんな、可愛らしいことを口にしてギュット両手でぬいぐるみを抱き締めた凛々花。

 もう、これは私の物で他の誰にも奪わせない、と守るみたいに見える。

 とにかく、大切にしてくれているんだなということがひしひしと伝わってきた。


「感触、どうだ?」


 ギュット抱き締めたぬいぐるみに顔を半分ほど埋めてあどけない笑みを浮かべる凛々花は可愛らしく、見ている方が何故だか頬を赤くしてしまう。


「とっても気持ちいいですよ。せんぱいもどうですか?」


 気持ち良さそうなのは見ているだけで分かるし同じようにしたい気持ちもある。

 ただ、勧められても出来ないものは出来ないし、今の凛々花は見ている方が辛くなるくらい可愛くて眺めていたかった。


 撫でくりまわしたい。

 けど、このままいつまでも何時間でも見守っていたい。


 伸びようとする腕とそれを自制する衝動がぶつかって手が行き場もないのに忙しなく動く。


 そんな俺をキョトンとした様子で凛々花はぬいぐるみを差し出したまま見ていた。

 それから、何かに気づいたようにハッとした様子になって人差し指をピンと立てた。


「右腕が疼く、ってやつですね!」

「違う!」


 俺にはそんな中二病設定ない!

 期待するような目で見てきたので凛々花の額にデコピンを一発おみまいした。


 ほんと、自分の可愛さに気付け!



『もしもし、せんぱい。今、いいですか?』


 夜、自室で勉強していれば凛々花から電話がかかってきた。

 それに、曖昧な返事をして大丈夫なことを伝える。

 時間は十一時ちょっと前だ。


『ぬいぐるみ、ちゃんと飾りましたよー、の連絡です』

「わざわざ電話じゃなくても良かっただろ。写真とかでさ」

『もう、分かっていませんね~。せんぱいが私の声、聞きたいんじゃないかなーって思ったから電話してあげたんですよ』


 小生意気な上から目線に苦笑する。

 全然、腹が立たないのは裏を返せば要するに凛々花が俺の声を聞きたいと思ってくれたという訳だからだ。

 でも、照れて言えないから理由を俺にして自分は安全な地にいたいのだろう。


 そんな可愛い後輩を誰が憎めるだろうか。

 誰も憎めない。むしろ、もっとつんけんしてって思っちゃう。Mじゃないぞ。


「今、勉強中だから切ってもいい?」

『せんぱいは私と勉強、どっちを優先するんですか!』

「凛々花」

『まったく、せんぱいはさい……』


 しばらく、凛々花の声が聞こえなかった。


「おーい、凛々花? 用がないならほんとに切るぞ?」

『……せんぱいは私をいじめて楽しいですか?』

「はっ?」


 いったい、今のやり取りのどこに凛々花にそんな気にさせる要素があったのだろう。

 考えてみてもよく分からない。


「凛々花が満足するまで付き合うよ」


 もしかすると、電話を切る、っていうのが相当なショックだったのかもしれない。まだまだ話していたいのに素直に言えない状況を自分で作っちゃったから俺に嫌がらせされてる、って思ったのかもしれない。


『そうです。それで、いいんです』


 急に声に元気が戻った。

 さっきまでは、悲しそうだったのに。


『それにしても、夏休みまで勉強だなんてせんぱいは真面目ですね』

「もう日課になってるからな。凛々花も宿題はちゃんと少しづつ進めとけよ」

『もう。私との会話中に宿題なんて邪魔者出さないでください』

「そういうやつに限って最終日になっても終わってないんだよ。どうせ、去年までもそうだったんじゃないか?」

『なんで分かるんですか!』


 やっぱりか、と呆れてしまう。

 小学生の頃は俺もそうだった。長い夏休みが楽しみすぎて宿題なんてほったらかしにして、最終日に紗江のお世話になっていた。


 凛々花を見ていれば、昔の俺と重なる姿がいくつかあるのだ。

 まあ、それがなくてもテンプレを歩く凛々花だからそうなることは予想がつく。


「困ってたら手伝うけど、ちゃんと自分でも進めとけよ」

『分かってますよー。でも、今日はもうベッドの中なのでやりませんー』

「ベッドの中……」

『あ、せんぱーい。私のパジャマ姿でも想像してますね。いやらしー』

「可愛いんだろうなって思ってた所だ。変なことは想像してない」


 真っ黒な部屋に似合わないピンク色のパジャマとか着てくれてたら超絶可愛いだろう。

 やば。想像したらニヤニヤしてきた。流石に変態っぽいな。言わないでおこう。


『かわっ……ま、まあ、私のことが好きなせんぱいからすれば何を着てても可愛いんでしょうね!』


 可愛い子にはなんでも似合うってのは正直ズルいと思う。変な柄のものでも着こなしてしまうのだからズルい。


「見てみないと分からないけどな」

『まだ、見せてあげませんから!』


 ということは、いつかは見せてくれる気でいるらしい。


「はいはい、その時を楽しみにしてるよ」

『せんぱいのエッチ!』

「せめて会話を続けてくれないか!? 言われもないことを言われると流石に怒るぞ」


 そんな会話は凛々花が寝落ちするまで続いた。


 すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてきて小さく笑う。

 どうやら、安心して眠りにつけたようだ。


 あの真っ黒な部屋の中で一人でいるのは怪談話を思い出して怖かったのだろう。

 自分でアレンジした部屋にダメージを受けるのはなんとも言えないが、そんな時に俺を頼ってくれたのだと思うと嬉しい。


「……おやすみ、凛々花」


 起こさないようにしてから電話を切った。

 腕を伸ばして席を立つと俺はトイレに向かった。


 用を足して、部屋に戻るとベッドに横になる。

 途中で目が覚めないようにと願いながら目を閉じた。

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