第46話 後輩は怖がり。その手には乗りません
「……ううっ。えぐっ」
「……だ、大丈夫か?」
「……ううっ。せんぱぃ……」
「おー、よしよし。怖かったな」
グスグスと涙する凛々花の背中をあやすようにポンポンと叩く。
体を小刻みに震わせる凛々花は今にも鼻水まで出しそうではあるけれど、そこは美少女としてのプライドか単純に恥ずかしいのか大粒の涙だけだった。
怪談話大会は想像以上に怖かった。
都市伝説や恐怖体験。絶対、作り話なんだろうけど、話し方や雰囲気でいかにも本当っぽくしていた。
凛々花は途中からずっと泣きっぱなしで引っ付いてきていた。
そんな凛々花の手前、俺は平然を装っていたけど内心はめちゃくちゃビビってた。
鳥肌が途中から止まらなかったし背筋もずっとゾクゾクしっぱなしだった。
一人なら、途中で席を立って抜けていたかもしれない。思い出しただけでもゾクッとする。
今夜は寝る前に必ずトイレ行っとこう。
「気晴らしにゲーセンでも寄って帰るか」
生まれたての小鹿みたいになっている凛々花をそのまま帰すのは気が引ける。
というか、可哀想でならない。
トラウマになってないといいんだけど。
「……その前に安心させてください。怖いです」
「手でも握ればいい?」
「……もっと、全体的に安心させてほしいです」
何かを期待するように潤んだ瞳で見上げられる。
それから、凛々花はもたれるように胸に寄りかかってきた。
「……ここに、怖がってる女の子がいます。ブルブル震えてます。どうすればいいのか分かりますよね?」
上目遣いをしてくる凛々花の頬は赤くなっている。
それが、この体勢だからなのか泣いていたからなのか、これから俺が取るべき行動を想像してなのかは分からない。
「……七秒は難しいから一瞬で勘弁してくれ」
そう断りを入れて、俺は凛々花をそっと抱き寄せた。
さっきの要望が叶って嬉しい所だけど心の底から喜べないのが辛い状況である。
俺達は商業施設内のベンチにいる。
つまり、二人だけの空間じゃなく、いっぱいお客さんもいるということだ。
さっきから、通行人がぞろぞろ行き交っている。
そんな中で凛々花を抱きしめるとかまだ俺には早すぎた。
凛々花は怖くて周りが見れてないのかもしれないけど俺はちゃんと周りを見てる。
ニヤニヤした目で見るのはやめてくれ。
通行人への心の叫びである。
頬が熱くなるのが分かる。
凛々花はまだ怖がっているようで体を震わせている。
落ち着くまでこうしてあげたい反面、めちゃくちゃ恥ずかしい思いをさせられる。
正直、もう解放させてほしい。
この羞恥心から逃げたい。
でも、ここで我慢できれば良い方向に俺は一つ成長出来るかもしれない。
「ここは怖くないから大丈夫だよ」
「……せんぱいの腕の中は安心します」
「そ、そうか」
凛々花の気持ちを知っているから感じるものが大きい。
穏やかな声音で言われると本当に安らぎを与えられてるんだなと思う。
「で、いつ頃、落ち着いてくれる?」
「……もう少し、このままがいいです」
きゅっと服を掴まれ、より強く額を押し付けてきた凛々花。
完全に抱きしめるような形は体勢的に無理だけど、俺は可能な限り、凛々花が安心するように腕を回した。
とっくに七秒なんて経過していたけどもう気にせず俺は凛々花が落ち着くのを待った。
「……私、一人でいることも多くて怖いのが苦手なんです」
同じく、商業施設内にあるゲームセンターに向かう最中、凛々花がポツリと言った。
「あ、勿論、育児放棄とかじゃないですよ。元気に成長してますから」
「凛々花が元気なのは知ってるよ」
凛々花が満足に成長しなかったのは身長くらいだろう。
俺からすればこのサイズが抜群に可愛いと思うので成長が止まってくれて嬉しい限りである。
「親御さんが忙しくて、だろ」
これまでの凛々花の話を聞いていれば分かる。
それに、共働きの親を持つ子供が一人で過ごすのが多いなんて少し考えれば分かることだ。
「お姉さんとは過ごさなかったのか?」
「お姉ちゃんとは年が離れててあんまり遊んだ記憶ってないんです」
「いくつぐらい離れてるんだ?」
「今、大学一年生です」
「んー、確かに離れてるな」
といっても、思ってた以上じゃなかった。
でも、三歳も離れていれば、小学校以外は入学したら卒業という形でバラバラになってしまうし、自分の時間を優先していれば凛々花にかまってあげる時間が少なかったんだろう。
「それに、お姉ちゃんは私と違って友達も多かったですから」
「人気者だとそうなるか」
凛々花も世界征服を考えてなければ人気者だったに違いない。
可愛いだけで関わりたい人は多いだろうし性格も優しいんだから間違いなくモテていたと思うし楽しい人生を歩んでいただろう。
そんな凛々花と俺が出会っていたとは思えないから少し複雑な気分だ。
「遊びたいならさ、凛々花から誘ったりすればいいんじゃないか? 仲が悪い訳じゃないんだろ?」
「そうなんですけどね。大学、忙しいようだし友達との付き合いとかバイトとかであんまり話さないんです」
もっと、素直に甘えたらいいのに。
忙しくても大切な妹の相手が出来ないほどじゃないと思うし。分からないけど。
「それに、私と遊んだってお姉ちゃんにはいい迷惑だろうなって……」
「あのな、俺が凛々花と遊んでるの毎回迷惑してると思ってるのか?」
「そ、そんなこと……ないって思いますし思いたいです」
「うん、ないよ。凛々花と一緒だと楽しいし嬉しい。だから、もうちょい自信っていうかさ勇気出してもいいと思うぞ。あんま、口出し出来ないからこれ以上は言わないけどさ」
俺と凛々花は他人だ。
家族という繊細な関わりに他人が口出ししていいものじゃない。
それに、俺だって紗江との仲が拗れたまんまだ。家族についてだとか、偉そうに語れたもんじゃない。
だからって、何もせずにはいたくない。
ほんの少しでも、凛々花のためになるのなら何かしてあげたい。
「ほら、姉妹ってさ仲良く買い物とかしてるイメージあるじゃん。気さくに誘ってみればいいんだよ」
折角の姉妹なんだから、仲良くしない方が勿体ないってもんだ。
仲良し姉妹って見てる方が幸せになるし。
「でさ、色々奢ってもらえ。稼いだお金を貢がせるくらいの勢いでドーンとぶつかればいいんだよ。妹が嫌いな姉なんていないと思うからな」
内心でまだ見ぬ凛々花のお姉さんに手を合わせておく。
勝手な物言いすいません、と。
「せんぱいは私を過大評価してます」
「いや、そんなことないから。出会った時の凛々花ってそんな感じだったからな」
「そりゃ、逃したくなかったからですよ」
「でも、あの勢いは中々だったからな」
思い出すだけでも笑えてくる。
ついつい笑みをこぼしてしまうと凛々花も思い出したのかクスリと笑った。
うん、いい笑顔だ。
「ま、凛々花はやれば出来る子だって知ってるからちょっとずつ頑張っていけばいいと思うぞ。練習したいってんなら俺が相手になるしさ」
「……それって、私に誘ってほしいって言ってるみたいじゃないですか」
「バレたか」
おどけてみせれば凛々花はもうっ、と言いながら腕を組んでみせた。
怒っているのではなく、呆れている様子。
でも、どことなく楽しい雰囲気になりさっきまでの重たい空気はなくなった気がする。
これでいい。俺といる間は暗い表情にさせたくないし、楽しくいられるならそれが一番だ。
「ちなみに、何に誘ってほしいと思う?」
遊びでも世界征服でもいいけど、目指すはデート。凛々花から、デートに行きましょうって言われたい。
そんな俺の魂胆を読んだのか凛々花は頬を赤くさせてそっぽを向きながら「その手には乗りません」と答えた。
意識してくれただけで十分乗ってることに気付かない凛々花に俺は今度はバレないように笑った。
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