第45話 後輩は怖がり。せんぱいへのサービス、ですよ

「ビビってる?」

「び、ビビってません!」

「足、めっちゃ震えてるじゃん」


 やせ我慢を笑いながら指摘すると凛々花は頬をぷくっと膨らませた。


 今日は、以前約束していたお化け屋敷にまで足を運んでいた。


「うう……どうして、お金を払ってまで怖い思いをしなくちゃいけないんですか……」

「もう隠す気すらないんだな」


 あれだけ、怖がりを隠していた凛々花だがどろどろっとした色合いの看板を前にしただけで既に隠すことすらやめたようだ。

 ショートパンツから覗く白い足がさっきからずっと小刻みに震え続けている。


「そんなに怖いなら帰るか?」

「か、帰りません。ここで、頑張って……大人のレディーに一歩近づくんです!」

「そんな意気込みで来るとか脅かし役の人達もびっくりだよ」


 ふんす、と鼻息を荒くし、拳を作って気合いを入れる凛々花。


 因みに、あんまり怖い思いをさせるのも可哀想だと事前にネットで調べておいた結果、ここの恐怖度は驚くくらい低いらしい。

 小さな子供でも楽しめるように、というのがコンセプトらしく、仕掛けも子供だまし程度のレベルだと書かれていた。


 凛々花がここを攻略しても大人のレディーには近づけないがそこは本人の捉え方によるので隠しておく。


 怖がってる凛々花をもうちょっと見てたいしな。


 入場料を払い、二人で受付さんに案内されて中に入った。

 中は薄暗く、どこからか冷たい風が吹いてる。


 だからって、本当に子供だまし程度のレベルで全然怖くない。薄暗さは寝る時、電気をつけて寝るみたいに視覚ではっきりと認識出来るし冷たい風も冷房としか思えない。


 正直、事前に知っていなければ本気で怖がりにきた人は拍子抜けするだろう。にも関わらず、本気で怖がってる子が一人いた。


「せ、せんぱい……」


 今にも泣きそうに声を震わせる凛々花が手を握ってきた。繋いだ手も震えていて、どれだけ怖がりなんだとツッコミたい気持ちが溢れそうになる。

 野暮なことはせず、いい雰囲気になってきているような気がするので凛々花を引き寄せてちょっとばかし距離を縮める。


「こうしてたら怖いのマシか?」


 この程度のレベルで格好つけるのもなんだかダサい気がするけどありがたく利用させてもらおう。

 俺は凛々花の俺への好感度をもっと上げたいのだ。


 そのまま、凛々花の歩調に合わせて出口を目指した。


 歩いていれば、どこからか、女の人がすすり泣く声が聞こえたり、お皿の割れる音が聞こえたり、水が落ちる音が聞こえてくる。

 たぶん、カセットテープから流れているんだと思う。


 全然怖くない。

 けど、凛々花がその度に過剰に驚いてぴょんぴょん跳ねて繋いでいた手はいつの間にか腕にしがみつかれるという形でなくなっていた。


「……あの、凛々花。もうちょっと離れてくれると助かるんだけど」

「ひっ。なんか、音が。音が!」


 怖がる度に凛々花が強く腕にしがみついてくる。言われていた通りだし、小柄な体型で全然重たいとかそんなことはないんだけど、どうしてもある感触を意識してしまう。


 控え目だけどちゃんと主張してくるし、お化け屋敷よりもよっぽどこっちの方が心臓に悪い。鼓動が早くなる一方だ。


「ひっ。どこからか風が。生暖かい風が!」


 しかし、ここの従業員の仕事は楽そうだなぁ。仮装した人が飛び出てくることもなかったら物が落ちてくることもないし、色々ボタンをタイミングに合わせて押してるだけっぽくて。


 余計な気を起こさないように頭の中を場違いなことで埋め尽くしながら俺達は出口を目指した。



「ふっ。大人の凛々花ちゃんにかかればこんなの余裕です。これっぽっちも怖くありませんでした!」


 明るい光を目にした凛々花はすっきりとした顔付きで控え目な胸をはった。ふふん、とどや顔しているのを見る限り、大人のレディーへと近づけたと喜んでいるのだろう。


 単純で馬鹿で可愛いらしい。


「あれだけしがみついてきたのに?」


 最終的に強くしがみつかれ過ぎて痛くなった腕をさすりながら聞けば凛々花は小さく跳ねて俺の耳元へ口を寄せた。


「あれは、せんぱいへのサービス、ですよ」


 甘ったるい声にお化け屋敷を出たのに背中がゾクッとする。


「……ドキドキ、しましたか?」


 挑発するように口元に弧を描いた凛々花は見上げながら俺の目を見た。


 いきなり、大人になりすぎだ。

 そういう技はもっと年を重ねてから使いなさい。


「うん、ドキドキしたわー。痛すぎて、腕折れるんじゃないかってヒヤヒヤしたわー」

「もー、なんで、そんなこと言うんですか。私、か弱い女の子ですー」


 あんまり調子に乗られるのもなんとなく悔しいので嘘をつけば唇を尖らせた凛々花がポカポカと胸を叩いてくる。


「いや、普段はか弱い女の子でもさっきのは正直言って本気で痛かったからな」

「そんなにですか!?」

「うん、火事場の馬鹿力ってこんな感じなんだろうなって思った」


 出口に近づくにつれ、カセットテープからはテレビで放送される怪談話の背景で使われていそうなBGMや呻き声のようなものが増え、凛々花の細腕からは信じられない力で腕が犠牲になった。


「と言うことは、将来的にもしせんぱいと大喧嘩しても私にも勝つチャンスがあるということですね」

「そもそもの話、凛々花に痛い思いとかさせないしさせられないから」

「や、優しいですね!」

「普通だろ。話し合いで済むならそれが一番なんだし」


 さっきの凛々花みたいに、時には、必要な暴力もあるんだろう。でも、ケンカして腹が立ったからって俺は凛々花に痛い思いとかさせたくない。


 だいたい、凛々花を泣かせるとか心を鬼にしても無理だし。


「てか、将来的に大喧嘩ってどんなことするつもりなんだよ」


 一度もケンカしないのは無理な話だろう。

 長く関われば関わるほど、機会は多くなるだろうし凛々花とは長い間一緒にいたいと思ってるし。


 だからって、本気で怒らせるようなことをしでかすつもりはない。拗ねた凛々花は可愛いからちょっかいはかけるかもだけど。


「……せんぱいが浮気とかしたら怒ります」


 ボソボソと口ごもる凛々花をジーッと見ていれば白い頬っぺたが徐々に色付いていく。

 目を逃げるように逸らしていくので自分で言って自滅したらしい。


「じゃあ、浮気しないようにちゃんと見ててほしいな~」


 彼女として。

 そう付け加えたかったがどうやら結構恥ずかしがってるっぽいのでやめておく。


 浮気するつもりもないし別にいい。

 にしても、そんな無駄な心配をするなら本当に早く形にしてほしい。いっぱいいっぱい抱きしめたいのに出来ないこっちの身も考えてくれ。


「に、ニヤニヤ顔やめてください」

「ニヤニヤなんてしてませんけど~?」

「鏡でも見てくれば自分がどれだけだらしない顔してるか分かりますよ!」

「そうかそうか。さらっと酷いこと言われた気がするけど気分がいいから許そう」


 分かりやすい照れ隠しをされたって、俺には無意味だとどうして気付かないんだろう。


「せ、せんぱいもドMなんですね……!」

「よしよし。凛々花は本当に可愛いなぁ」

「う、あぁぁぁぁぁ……」


 頭を撫でていれば、後悔したようで頭をぶんぶんと振り回し始めた。


「ほらほら、首が痛くなるから」


 落ち着かせるためにあやしてみれば、うっすらと目に涙を浮かべながら凛々花は唇を固く結んで大人しくなった。


「そんなに後悔してるのか?」

「……恥ずかしいです」

「この前まではあんなに恥ずかしいこといっぱいしてたのに今更だと思うんだけど」

「あ、あの時もいっぱいいっぱいでしたよ。だけど、せんぱいの気持ちを知った今は余計に恥ずかしくて……」

「じゃあ、しなきゃいいのに」


 可愛い凛々花を見る機会が減って俺としては非常に悲しいけど。


「せんぱい相手だと無意識にしちゃうんですよ」

「なら、そのままでいてくれ。そんな凛々花を見る度に嬉しくなるからさ」

「……もう、せんぱいの意地悪」

「意地悪度で言えば凛々花の方が酷いぞ。さっきから、俺がどんな気持ちでいるか考えてもないんだから」

「どういうことですか?」


 抱きしめたいとか言えばまた凛々花の調子を狂わせるんだろう。勢いのまま、実行に移させてもらえそうな気もするけど。


「内緒」


 きょとんと首を傾げる凛々花に苦笑する。

 察しがいいのか、鈍感なのか。


「そろそろ、時間だし行こう」

「あ、そうですね」


 実は、今日。このお化け屋敷がある商業施設内で怪談話大会とやらが開かれるのだ。

 ただの想像上の作り話なんだから怖くないですよね、と凛々花が舐めた口ぶりをしたのでじゃあ物は試しに、と聞いていくことに決まった。


「どんなお話なんでしょうね?」

「少しは涼しくなれると嬉しい」

「今日もあっついですからね~」


 片手でパタパタと風を作る凛々花。

 俺は視線を下げて、自分の手を見た。


 あっついなら、繋がなきゃいいのに。

 小さな手に握られた手を見てそう思う。


 凛々花はあれ以降、頻繁に手を繋いでくるようになった。隙あらば、自然と繋いでくるので本当に手を繋ぐことが好きらしい。


 これで、まだ、付き合ってないとか……付き合いだしたら、何をすればいいのか俺には想像も出来ない。


 悶々としたまま、目的地へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る