第44話 後輩は襲う。私じゃせんぱいをドキドキさせられませんか?
凛々花が宿題するところを見守ること数十分。分からない所を教えたり、上手く解けたら頭を撫でたりしていたらあることに気付いた。
凛々花が使ってるペンって俺のだよな。すっかり、テスト前に交換したまま返すの忘れてた。
「せんぱい、どこ見てるんですか?」
「そういや、ペン交換したまんまだったなって思い出して」
俺が可愛いもの好きだというのは高校では隠している。だから、凛々花が使っていたピンク色の可愛いシャープペンを使った時は誰かが変な目で見ていたのかもしれない。
まあ、それはどうでもいい。馴染めてないことは自覚してるしどう思われても気にしないから。
可愛いシャープペンが俺に似合ってないように凛々花にも俺のシャープペンはあんまり似合ってなかった。
女の子が黒色の物を使ったらダメとかそういう偏見は持ってないけどどうしても凛々花には可愛い色合いの方が似合う。
「はい」
机に乗せていた筆箱から凛々花のシャープペンを取り出して差し出す。テストも無事乗り越えたことだし、元に戻してもいいはずだと思って。
「嫌」
しかし、凛々花は手のひらを見せて断りを示すとぷいっとそっぽを向いてしまった。
まるで、小さな子供がおもちゃを貸さないようにしているみたいだ。
「それ、欲しいのか?」
ふんふんと首を縦に振る凛々花。
そんなに気に入ってくれたならこのまま凛々花にプレゼントするか。なんたって、めっちゃ使いやすいからな。気に入るのも共感できるってもんだ。
「せんぱいに特別な思い入れがないならください」
「いいよいいよ。何本も持ってるし」
机の引き出しから同じものを取り出した。
お気に入りは常に余分に買っておく。安心できるから。
「だから、そいつはそのまま凛々花が使ってやってくれ」
「大事にしますね」
「ん、そうしてやってくれ」
今までありがとな、相棒。と心の中で別れを惜しんでおく。そして、これからは凛々花の力になってあげてくれ、と頼んでおいた。
「しっかし、凛々花に黒色はあんま似合わないよな」
「ブラック凛々花ちゃん、カッコいいじゃないですか!」
やっぱり、カッコいいを目指してるんだ。だからって、あんなにも部屋の中を黒色で埋め尽くしても凛々花をカッコいいとは思えないんだけど。
今もムキになっている凛々花からはカッコいいという雰囲気が残念ながら少しも伝わってこない。
個人的な印象として、黒が似合う女性はクールな人というものがある。凛々花は常にうるさいしクールとは程遠い。
それに気付かないで自分のことをカッコいいと思ってるんだから残念で泣けてくる。その分、ポンコツで可愛いから帳消しになっているんだろうけど。
「私はセクシー悪魔なんですからね!」
「久し振りに聞いたな、それ」
相変わらず、セクシーとも程遠い凛々花にぷっと笑うと小馬鹿にされたと思ったらしい凛々花が襲いかかってきた。
うがー、と両手をあげながら勢いよく飛び付いてきて俺は支えきれずに押し倒された。
「ふふん、どうですか」
「いや、どうって聞かれても……」
今のは理不尽な暴力でしかない。セクシーとか関係ない。
自信たっぷりの凛々花がなんだか可哀想に思えてきて頭を撫でる。と、また、子供扱いされていると思ったのか凛々花はムッと頬を膨らませた。
それから、隣にしゃがんで俺の胸板にぽすっと顔を埋めた。
「……私じゃせんぱいをドキドキさせられませんか?」
凛々花は顔をこっちに向けた。
そんなことを悲しげな声で聞かなくても分かるだろ。今、直接証明しているんだから。
「ちゃんと聞こえてるだろ」
「ふふ。うるさいですね、せんぱい」
「頬をつつくな」
「いやでーす。もっと、満足させてください」
「欲張りさんか」
楽しそうに俺の頬をつんつんとつつく凛々花に反撃だといわんばかりに人差し指で頬をつつき返す。
むにっと柔らかい感触が相変わらずたまらない。
「てか、そろそろ勉強しろよ」
「えー、もっとくっついていてもいいじゃないですか」
どの口がそんなことを言うんだ。付き合ってくれないくせに。
「いいから、再開再開。休み明けたら確認のためにテストもあるし遊んでばっかじゃいられないんだぞ」
「て、テスト?」
「そうだよ」
凛々花が顔を上げて驚いている間に体を起こす。正直、色々と密着していた部分があって大分焦った。凛々花が離れてくれてよかった。
「だから、ちゃんと勉強もしないと――」
ダメだ、と告げる前にコンコンと部屋がノックされた。家の中には母さんしかいないので入っていいよ、と伝える。
入ってきた母さんの手にはアイスが入った箱があった。
「宿題してたの?」
「はい。せんぱいに教えてもらおうかと思って」
いい子アピールをする凛々花は部屋がノックされたと同時に驚くぐらい素早い動きで距離をとった。
「偉いね~りりたん。三葉にしっかり教えてもらってね」
「頼りにしてます」
そんな凛々花に母さんはメロメロで甘い。
さっきまで、勉強なんてしないでくっつきたーいとか言ってたくせに大した早変わりである。
「勉強の前に暑いから休憩タイムはどう?」
「わーい。アイスクリーム、大好きです」
「ふふ。何味がいい?」
「わぁ~どうしよう……」
アイスに目を輝かせる凛々花はやっぱり全然クールじゃない。アイスだけに。そういうとこだぞ、と内心で言いながら俺と母さんは微笑ましく凛々花を見る。
「せんぱいはどうしますか?」
「三葉はチョコよね」
「うん」
見ないでも答える。チョコがめちゃくちゃ好みという訳ではない。別に、どんな味でも一通り美味しく食べることが出来る。
でも、チョコがあるなら迷うことなくチョコを選ぶくらいには好きなのだ。
だから、今回もうんと答えた。
でも、俺は一つ忘れていたことがあった。
「……え、せんぱいがチョコ?」
不思議そうにこっちを見てきた凛々花に首を傾げる。何を、意外そうな顔してるんだ?
「……あ!」
「何よ。急に大きな声だしてビックリするわね」
思い出した。俺、凛々花にチョコ嫌いって言ってるんだった。
「お母様。せんぱいってチョコ好きなんですか?」
「大概はチョコを選んでるわ」
「へ~そうなんですね」
凛々花から恨みがましそうな目を向けられてさっと目を逸らす。
「……俺、今日はバニラにしようかな」
今更、誤魔化そうとしても遅いだろうけど一応試してみる。
「え~私がバニラにしようかなって思ってたのに~」
「じゃあ、りりたんがバニラで三葉はチョコね」
別にバニラが食べたかった訳でもないし、客人である凛々花優先で全然いいんだけどもう少し息子も贔屓してほしい。
すっかり凛々花に征服されている母さんは「ごゆっくり~」と部屋を出ていった。
さてと、何か言いたそうにしてるしちゃんと聞かないとな。
俺はじっと見てくる凛々花と向き合った。
「せんぱい、チョコお好きなんですね」
「あー……うん」
「今も普通に食べてますもんね」
何故だか、冷凍庫から出されたはずのアイスは既に溶けかけていた。棒つきタイプだったので俺達はアイスを実食しながら話している。
「……怒ってる?」
「怒ってませんけどあの頃から私は知らず知らずの内にせんぱいに助けられていたんだと思うと不公平じゃないですか」
「不公平?」
「私はせんぱいに全然お返し出来てないからです」
「そんなん気にするな。俺が心配でやったことなんだし」
余計なお節介ってのはする方からすれば単なる自己満足だ。何かお返ししてほしいとか思ってないし、凛々花が笑顔でいてくれるならそれでいい。
「あ、そうだ。はい、せんぱい。あーん」
お返しのつもりだろう。さっきまでペロペロ舐めて口の中に入れていたアイスが差し出された。
これを食えと!?
今まで、箸を使われたり食べさせあったりしてきた。でも、これは経験してきたどれよりも毛色が違う。
「早くしないと溶けちゃいますよ」
「そ、そうだな」
溶けて部屋が汚れるのが嫌だから。
溶けて部屋が汚れるのが嫌だから。
何度も心の中でそう言い聞かせてちょっとだけアイスを貰う。食べ慣れているはずの味が感じられない。体が逆に熱くなる。
「せんぱいのももーらい」
固まった俺なんて気にすることもなく凛々花はアイスをパクッと食べていった。
「……なあ、お返しなんじゃなかった?」
「ちっちっち。甘いですね、せんぱい。バニラとチョコがあればミックスさせるのが定番じゃないですか!」
人差し指を振りながら職人らしきことを語る凛々花に考えるのもなんだかめんどくさくなってくる。
将来的にはこういうのを当たり前にしていきたいし事前練習ってことでもういいや。
「でも、せんぱいがチョコ嫌いじゃなくてよかったです」
「なんで?」
「だって、色々あるじゃないですか……チョコレートって」
そう言われても大したものは思い浮かばない。
「深くは考えなくていいです」
なんとなくだけど呆れられた気がする。けど、もういいや。夏休み初日からいっぱいいっぱい考えたくないし。
とにかく、今日は互角だったけど俺がするのは凛々花に世界征服よりも俺と付き合う方が優先したいって思わせることだ。幸い、夏休みは始まったばかり。しかも、この様子からすると凛々花は頻繁に遊びにくるだろう。
かっこうの的だ。覚悟しておけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます