第43話 後輩は緊張している。可愛い可愛い凛々花ちゃんですよ
凛々花と両想いだと分かった上で付き合うことは先延ばしになった。
改めて考えてみても上手に整理できない。あの後、約束していた通りファミレスに行ったけど道中も帰り道も凛々花はさぞ当たり前のように手を繋いできた。
凛々花曰く、お互い好きなんですから遠慮は要らないですよね、とのこと。
それに、若干の苛立ちを覚えた俺はわざと突き放すように手を離した。すると、凛々花は駄々をこねて結局ずっと繋いでいた。流石に、指を絡めたりはしてこなかったけど。
あそこまでするならもう付き合ってくれたらいいのに。そしたら、俺だってなんにも考えないでいいってのに……はあ。
なんだか、上手い具合に凛々花に言いくるめられた気がする。嫌じゃないし、なんだかんだ可愛いなぁと最終的には許してる俺にも責任があるんだろうけど……これから、よりスキンシップが多くなっても俺は耐えられるだろうか。
「手を出したいけど出したくもないんだよなぁ……」
ベタベタされると同じことをしたくなる。
そこまでは、まあ、許容範囲だろう……というより、どうにかして凛々花もだろと言い聞かせて文句は言わせないようにする。
でも、それ以上ともなれば凛々花に嫌われる可能性だってあるのだ。全部が全部、許せる人なんてどこにもいない。嫌なことは誰にだってある。そこを、履き違えば昔の二の舞になってしまう。
それに、なんでもかんでも許して一方的に言いなりになる関係ってのも違うしな。ケンカしても謝って仲直り出来るならベストだ。でも、嫌だと感じていることを我慢して付き合っていく関係はもう違う。
お互いがお互いを尊重し合える関係を俺は凛々花と結んでいきたい。
「……どの頭が考えてんだ、って話だけど」
ちゃんと紗江のことを考えることが出来てなかったから従妹なのに関係が壊れた。仲直りしたくても出来ない。話しかけても怖がられて気持ち悪がられて避けられる。何より、大切な人を傷つける。そんな思いはもう二度としたくない。
だからこそ、俺は凛々花とこれからもそうだし付き合ってからもより慎重にならないといけないんだ。
「嫌がらせない程度に存分に可愛がる……そして、世界征服を手伝いながらアピールして凛々花に早く付き合いたいと思わせる」
難しいなぁ……恋愛って、好きって伝えたらそれでいいんだって思ってたけど違ったんだなぁ……。世の中のカップルは一体、どんな試練を乗り越えて形になったんだろう。
「悟にでも聞いてみるか……」
この後、悟達は好きだと伝え合って付き合うようになったと教えてもらった。
どうやら、おかしいのは俺達らしい。
「せーんぱい。きちゃいました」
「ああ、うん……いらっしゃい」
夏休み一日目。昼過ぎにチャイムが鳴り、母さんから出てと言われて宅配便かと思いきや可愛い後輩が満面の笑顔を浮かべていた。
「せんぱい、テンション低くないですか? 可愛い可愛い凛々花ちゃんですよ。せんぱいが大好きな凛々花ちゃんですよ」
暑さで頭やられてんのか、と思うくらいに凛々花はハイテンションだった。
「もう、もっと喜んでくださいよ。嬉しいでしょう?」
まさか、明日会おうという約束を昨日した訳ではなかったから会えて嬉しいとは思ってる。
ただ、なんだろう……ちょっと、いや、かなり元気過ぎてテンションを合わすのが難しい。
ほんと、熱でもあるんじゃないか?
そう思って凛々花の額に手のひらを触れさせる。「きゃっ」という可愛い声が漏れて、凛々花を見れば頬を赤くさせてぷるぷると震えている。因みに、額は暑くないので熱はないらしい。
そこで、俺は一つの考えが思い浮かんだ。
「ははーん」
「な、なんですか?」
なんでもないような顔をして冷静を保とうとしているようだけど俺はもうにやにやを我慢できない。
「緊張してるんだろ」
ビクッと凛々花の肩が跳ねた。ビンゴだ。
「な、なんのことですかね?」
「無理にテンション上げてるのは俺とどんな顔して会えばいいのか分からないから。違うか?」
「ち、違うもん……」
これは、間違いなく正解だろう。
「はぁ、やれやれ……俺が大好きな凛々花ちゃん、じゃなくて俺を大好きな凛々花ちゃんは可愛いなぁ」
「ち、違うもん!」
顔を真っ赤にしながら違う違うと言われても、今は全然否定されているように思えなかった。むしろ、否定する度にそうだと認めているようにしか聞こえず俺のにやにやはさらに酷くなる。口が痛いくらいににやにやしている。
なんて、可愛いんだろうか。付き合ってないから実は俺のことそこまで好きじゃないんじゃって思ってたけど……この様子を見る限り、それはなさそうだ。
むしろ、俺が凛々花を大好きなように凛々花も俺を大好きでいてくれてるっぽい。自惚れみたいだけどそうであってほしい。
「付き合おっか、凛々花」
「ま、まだ、無理。誘惑しないでください」
流されてはくれなかったか。もう少しのような気もするけど。
「まだまだ、これからか。よし、いつまでも外にいても暑いしそろそろ入るか」
「お邪魔します」
「てか、来るなら連絡する約束だろ?」
「しましたよ。お母様に」
「そこは俺にしろよ」
「だって、驚かせたかったから」
「緊張してたら驚かすのも出来ないだろ」
「せんぱいがいつも以上に余裕なのが悔しいです……」
そりゃ、もう両想いだって知ったんだからある程度余裕は生まれるってもんだ。まだ完璧になんてのは無理だろうけど言えば調子に乗りそうだし黙っとこ。
「りりたん、いらっしゃい」
「お母様。お久しぶりです」
「そんな久しぶりじゃないだろ」
母さんに向かって頭を下げる凛々花は「これでいいんですー」とのこと。
実際、この前家に来てから一週間も経っていない。こんなにも早くまた凛々花を家に入れるとは思ってなかった。
「ふふ、これでいいのよねぇ」
「はい」
「は~りりたんの笑顔を見るだけで癒されるわぁ~。後で、おやつ持っていくから三葉の部屋で遊んでてね」
「はい。失礼します」
「飲み物持っていくから先に入っててくれ」
「あ、飲み物持参してます」
「ん、ならいっか」
喉が渇けば取りに行けばいいや。
というわけで、俺の部屋に二人で移動したんだけど……そもそも、凛々花は何をしに来たんだろう。
「今日はどうしたんだ?」
俺に会いたくて、っていう理由なら嬉しいけど……カバン持ってるしなにかあるんだろうな。
「せんぱいと宿題でもしようかと思って」
「答えは教えないからな」
やっぱり、そんな目的だったか。残念さは拭い切れないけどまあこうやって会えてるんだしいいや。
「分かってますよ~それに、せんぱいに会いたかったってのもありますし……」
チラチラとこっちを窺いながらそう口にした凛々花に思わず頬が熱くなる。
年下のくせに喜ばせるタイミングを分かってるよな。
「えへ~せんぱい、嬉しいですか?」
「嬉しい嬉しい。会う約束はちょっと先だったもんな」
昨日、遊ぶ約束をしたのはちょっと先だった。それまでに宿題を済ませておこうと俺は昨日から取り組んでいた。そのご褒美として凛々花がやって来てくれたのかもしれない。
「せんぱいを喜ばせることが出来たので宿題教えてください」
「分からない所だけな」
「えーーー」
「駄々をこねない。ちゃんと分からない所は教えるから」
「もう、好きなんだったら優しくしてくださいよ」
「優しくはするよ。でも、ベクトルが違う。俺が凛々花のすることなんでも許してたらそれはそれで嫌だろ?」
「……せんぱいって真剣ですね」
「そりゃ、真剣に向き合ってるつもりだからな」
恋愛初心者の身としてはより真剣にならないといけないだろう。真剣じゃない恋愛なんてのは長続きしないはずだし。
「しゅ、宿題始めます……」
大人しくなった凛々花がいそいそと宿題を机に乗せ始めたので側で見守ることにする。ちょっと、距離を縮めれば凛々花の耳が赤くなっていた。
照れてる証拠。これを、教えるのは可哀想だから黙って楽しんどこ。
俺は頬杖をつきながら問題に目を通してる凛々花をにやにやと見守った。
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