第42話 後輩の好きな人。だとしたら、どうします?

 終業式が終わり、いよいよ明日から夏休みである。悟とのしばしの別れを惜しみつつ、凛々花との約束を守るために急いで校門へと向かう。


 今日は、終業式と教室の掃除しか予定になかったため時間はまだ昼過ぎ。

 ちょうど、お腹も空いてきた時間帯だし凛々花とついでに昼ごはんも食べていこう。

 そんなことを考えながら向かった校門でいつもならいるはずの凛々花がいなかった。


 珍しいな。俺の方が先に着くなんて。


 朝の待ち合わせは、今日もだけど俺の方が先に着いて待つことばかりでそのお返しとでも言わんばかりに帰りの待ち合わせは凛々花の方が早い。


 今日だって、担任の先生はいつものように長ったらしく話をしてからホームルームを終わったっていうのに。


 この前、あれだけ楽しみにしていたし、今朝だって「パフェ、楽しみですね」と漏らしていたので先に帰っていることはない。


 ラインで一言、待ってるからな、と連絡だけいれて俺は照りつける太陽から逃げるように日陰を探した。


「……あっつ……」


 制服をパタパタとして風を作るもこの季節はほぼ無意味。額から垂れる汗を拭いながらラインの画面を見る。

 凛々花からの返事はなかった。

 それどころか、十分経っても既読の文字すらついていない。


 いつもは、メッセージを送ればだいたい三分以内に既読がつき、返事が送られてくるのにこれは明らかに異常だった。


 もしかして、何かあったんじゃないか。

 体育館での校長先生の話が長くて気分が悪くなって保健室で寝てるとか大掃除中に怪我をしたとか。

 嫌な考えはすればするほど、感情を焦らせてくる。


 気が付けば、俺は校舎の中に戻って四階を目指していた。階段を一段飛ばしで登り、凛々花の教室を目指す。


 教室に着き、ドアから中を確認すれば凛々花がいた。窓を背後にして立っている。


 良かった。嫌な予感は外れていた。


 しかし、同時にもう一つ。最も嫌な予感が俺を襲った。


 教室には凛々花ともう一人、男子生徒がいた。そいつは凛々花と向き合っていて、どんなやつか分からないけどどういう状況なのかだけはなんとなく分かった。


 俺は急いでその場にしゃがんで姿を隠した。

 走ってきたからなのか、これから凛々花に向けて放たれる言葉を想像してなのか心臓がさっきから鳴り止まない。


「好きです、森下さん。俺と付き合ってください!」


 追い討ちをかけるように、男子生徒のはっきりとした声が耳を貫いた。

 ドクドクと今日一番に心臓が早く大きく脈をうつ。


 そうだよな。凛々花って可愛いし、不器用な優しさを持ってるし、それに気付くやつは好きになるよ。ましてや、教室ではずっと同じなんだから気付く機会だって多いはずだ。

 だから、こういうのがあっても不思議じゃないんだよな。


 近くにいすぎたせいで見逃してたけど凛々花はモテる。本人からも言われていた。連絡先を教えてって言われたと。

 その時、雑に断ってクラスじゃ浮くようになったらしいけどそれも何ヵ月も前の話だ。

 今でも気にしてるやつは少ないだろう。


 もしかすると、彼は教室で凛々花と仲が良いのかもしれない。席が隣でよく話すようになったりとか、何かの班が一緒で仲良くなったりだとか。俺にはない可能性がいっぱいあるのかもしれない。


 もちろん、腹が立たないといえば嘘だ。可能なら俺だって、凛々花と同じクラスになりたかった。けど、それは絶対的に無理だ。どう足掻いたって叶いやしない。

 そして、告白を取り消してくれってのも叶わない。


 凛々花のことが好きだ。

 だから、本当は乱入して想いを伝えるべきなんだろう。

 どんな結果になっても、何も言わないで後悔するよりはましだと思うから。


 でも、俺には他人の勇気ある告白を邪魔する権利なんてない。

 征服してから、なんて自信が持てずに変なルールを課してずるずる先延ばししたせいなんだから邪魔は出来ない。

 せいぜい、凛々花が断ってくれることを両手を組んで祈るだけ。


 お願いだから、断ってくれ。そしたら、俺は――。


 かつて、これほどまでに何かを望んだことがあっただろうか。生きてきて、紗江に許してほしいと思ったくらいだ。

 いや、今は紗江の時よりも強く思ってる。凛々花が断りの言葉を口にしてくれることを心の底から願ってる。


「ごめんなさい」


 いつも聞いている声が耳に届いて体から力が抜けていき、ずるずると背中をドアに預けながら尻もちをついた。

 告白をしていない身にも関わらず、手足が震えてしまう。


「どうして?」

「好きな人がいるから」


 それを聞いて、どこか安心したような……それでいて、不安になるような心の中がもやもやとする。


「そっか」


 足音が聞こえ、隠れようにもどうすることも出来ず、ただ廊下に両手両ひざをつくダサい姿のまま、凛々花に告白した彼と遭遇してしまった。


 彼は俺の姿を目で捉えると一瞬睨んだ。

 だが、何も言わず歩き去ってしまった。


「隠れてないで、出てきてください。せんぱい」


 いつの間に俺を見つけていたのやら。

 あくまでも冷静に。動揺してないことを隠すために手をはたいてから頬を叩く。

 それから立ち上がって、いつもの調子で凛々花に――会えなかった。上手に声が出せず、俺は黙ったままだった。


 どうやら俺は自分で思っている以上に凛々花のことが好きで最悪の結果を望んでいないらしい。


「……せんぱい。聞いてました……って、当然ですよね。告白される前からいたんだし」

「気付いてたのか?」


 てっきり、外からだと中が見えたけど凛々花からだと彼が壁になっていてバレてないんだと思ってた。


「そりゃ、早くせんぱいに会いたいなって思ってましたから。最初は、幻でも見てるんじゃないかと思いましたけどね」

「こんだけ暑いとそう考えても仕方ない」

「……もお、そういう意味じゃないのに」


 いじけたように人差し指をつんつんとする凛々花に手を伸ばしそうになる。が、どうにか抑えて思いとどまった。


「……断ってよかったのか?」

「当然です。よく知りもしないのにいきなり告白されて迷惑でした」

「バッサリ切り捨てるなぁ……同じクラスじゃないのか?」

「そうですけど……正直、名前もうろ覚えです。机の中に残っていてください、って手紙が入っていて怖かったです。決闘か、って」

「考えがひねくれてるぞ」


 容赦なく言われる彼が少し哀れになる。

 でも、特別仲が良いとかじゃないんだな。よかった……ほんとに。


「本心ですよ。だいたい、せんぱいにパフェ奢ってもらうのに付き合えるはずないじゃないですか。私、一途ですもん」


 その一途な思いは一体何に向けているんだろう。

 俺なんだろうか?

 俺であってるんだろうか?


 知りたい。知って、安心したい。そして、楽になりたい。もう、苦しいから解放したいししてやりたい。


「り、凛々花って好きな人、いるんだな」

「まあ、年頃の女の子ですから。いますよ、一人だけ。好きな人」

「……そっか」

「因みに、誰だと思いますか?」


 うっすらと小悪魔めいた笑みを浮かべながら、凛々花は何かを試すような形で俺を見上げてくる。


 ものすごく、都合のいい考えを俺はしている。

 それを、口にするのはやや躊躇われるが言わなければ今日みたいなことがまた起こってしまうかもしれない。

 それに、もし考え通りだとすれば……俺達は――。


「……俺、とか?」


 自画自賛、かもしれない。けど、凛々花が俺以上に仲良くしてる人がいるとは思えないし、いてほしくない。


 頬が熱くなるのを感じながら凛々花を見れば、凛々花はにっこりと笑った。


「だとしたら、どうします?」


 それは、ほとんど誰なのか言っているようなもので、俺はポロッと口を滑らせていた。


「俺も好きだよ、凛々花」

「……へっ?」

「あ、いや、ちが……わない」


 うっかり気持ちを漏らしてしまった。

 しかし、ここでうやむやにするのは違う。


 征服してからとか関係ない。凛々花を誰にも譲りたくないから、ずっと一人占めしていたいから……ここだけは、引かない。


「俺は凛々花のことが好きだよ」


 クリクリとした目を見て伝えれば、きょとんとしていた凛々花は驚いたようにハッとした。


 この気持ちをいつから自覚したのかは自分でも把握していない。でも、この想いが俺の中で確かに存在していることは間違いない。


「だから、俺と付き合ってほしい」


 好きなら、このまま一緒にいられるだけでちゃんと形にしなくても幸せなのかもしれない。

 だけど、それはある種の正解で間違いでもあるのだろう。


 俺は凛々花といられるなら、正直いつでもいいと思ってた。でも、この前、思い知らされた。形にしてないと、したいこともしてあげたいことも出来ないのだと。


「……凛々花の好きな人って、俺であってるのか?」


 心のどこかで、そんな風に期待したり思っていたのかもしれない。

 俺が凛々花に触れたくなるのは好きだからだ。それを、凛々花にも当てはめたらやたらとスキンシップが多かったりドキドキすることを言ってきていたのはそういうことじゃないか。


 でも、もしその通りだとして俺がまた凛々花のことを可愛がり過ぎて紗江の時みたいに嫌われたらどうしよう……って思っていたから無意識の内に違うと決めつけていたのかもしれない。


「そ、そうですよ……私の好きな人はせんぱいです!」


 顔を真っ赤にさせながらそう叫んだ凛々花がたまらなく愛おしく思えた。今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる中、俺は幸福感に包まれていて手を伸ばせない。


 いつからそうだったのかは分からないが随分と意味のある遠回りをしてきたような気がする。


「そっか……俺達、両想いだったんだな。じゃあ、凛々花。俺と付き合っ――」

「待ってください」


 折角の告白が凛々花によって止められる。


「確かに、私はせんぱいが好き……両想いだって分かって飛び付きたいです」

「いいんだぞ、飛び付いてくれて」


 両手を広げて受け入れる姿勢を見せるものの凛々花は静かに首を横に振った。

 そして、悲しげな表情を浮かべた。


「……どうかした?」

「……せんぱいは私と付き合いたいって思ってくれますか?」

「当たり前だ」

「……でしたら、ごめんなさい。私、せんぱいとは付き合えません」


 俯いてしまった凛々花に何かあるんだなとすぐに分かったので近くに寄って頭を撫でると凛々花の目には微かな涙が浮かんでいた。


「私もせんぱいと付き合いたい。でも、不器用だから世界征服してからじゃないといけなくて……」

「……ん? ちょっと待ってくれ」


 なんか、シリアスっぽい雰囲気だからよっぽどなことでもあるかのかと思いきや……不器用で世界征服してから?


「あの、凛々花」

「……なんですか?」

「俺と付き合っても世界征服は出来るだろ」


 これまで通り、どこかに行くのなら別に付き合っていても出来るはずだ。まあ、その場合は俺は世界征服じゃなくてデートって認識にするんだけど。

 とにかく、凛々花がそんなに思い込むような問題じゃない。


「ダメなんです」

「なんで?」

「だって、それだとデートになるから……世界征服じゃなくなっちゃうから……」

「同時進行で良くないか?」

「ダメなのー! これは、私の問題だけどせんぱいと付き合ったら世界征服がデートになっちゃうのー!」


 駄々をこねる子供みたいにわがままを言う凛々花には流石に頬を引きつらせた。


「じゃあ、デートでいいじゃん」

「それだと、世界征服が出来ないの!」

「めんどくせぇ……」

「そうなの。私は面倒なの。不器用だから、世界征服とデートを同時にはこなせないのー!」


 つまり、こういうことだ。俺と付き合いたい思いはあるけれど、付き合ったらもう世界征服が叶わなくて見返すことが出来ない。

 だから、俺とは付き合えないと。


 改めて、めんどくさい。不器用というよりもただのめんどくさい性格なだけだ。

 たった一言、凛々花が思ってることを今みたいに素直に言えば、世界征服なんてせずに済むのに。


「……凛々花はどうしたいんだ?」

「わがまま言っていいなら、世界征服に引き続き付き合ってもらって……終わったら、せんぱいと正式にお付き合いしたい、です」

「めちゃくちゃだな。俺の気持ちも考えてくれよ」


 触れたくても触れられない、というのはとても辛い。凛々花はスキンシップが多いから気にしないんだろうけど、俺は色々気にするんだから。


「……こんな私、嫌いですか?」

「嫌いな訳ないだろ。好きだよ」

「……でも、わがまま言ってるし」

「凛々花のわがままなんて今に始まったことじゃないからな。慣れてる」


 後輩のわがままくらい、笑って許してやるのが先輩ってもんだろう。

 だから、俺は凛々花に笑いかけた。


「あのな、凛々花。俺の覚悟っていうか……意思みたいなもんは決まった。だから、凛々花がこの状況ですることは一つだけだ。この前、プレゼントしたやつを使えばなんだって出来るんだぞ」


 なんでも言うこと聞く券(ただし、凛々花専用)を使えば俺は凛々花の言うことをなんでも素直に聞き入れる。

 待って、と言われたら俺は待つんだ。


「で、でも、あれはお守りにしてて使ったらもう使えなくなっちゃう……」


 縮こまりながら言われたら、意地悪しているように思えてきて俺はわざとらしく声を大きくした。


「あーあー。もういいから。待つから、凛々花の世界征服が終わるまで」

「……ほんとに、ですか?」

「うんうん。別に、付き合えなくてもこれまで通り凛々花といていいんだろ?」

「もちろんです。むしろ、いてください」

「なら、待つよ。時間はあるんだし。ゆっくりでいい」


 一番の山場である告白は済んだし両想いだとも知れた。なら、後は凛々花がやり遂げるのを待つだけだ。


「……せんぱいって、甘いですね」

「それだけ、好いてるんだよ。頭に入れといてくれ」

「こんな私を好きになるなんてお馬鹿です」

「あれだけ、好きにさせようとしてきたくせによく言うよ」

「な、なんのことですかね?」


 下手な口笛で誤魔化そうとする凛々花の頬を軽めにつねる。


「いひゃいでふ……」

「俺、ただ待ってるだけじゃないからな」


 きょとんと首を傾げる凛々花。

 そんな彼女に俺は新しく決めたことを伝える。


「凛々花が世界征服よりも俺と付き合いって思うくらい好きになってもらうから」


 いつまでも、待ってるだけじゃない。

 結局、俺がすることは今までと何も変わらない。


 凛々花を征服する。それだけだ。


「わ、割りと今すぐ付き合いたいですよ?」

「じゃあ、付き合おう」

「む、無理です!」

「手強いなぁ……」


 案外、押せばどうにかなる気もするんだけど無理やりってのも長続きしないだろうしゆっくりでいいや。


 顔をリンゴみたいに真っ赤にさせる凛々花がいつも以上に小さく見えた。

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