あの夏

 森の麓にある小さな盆地に広がる小さな村チハナ村がある。小さな子供は家の手伝いとして山の草花を採取する。


かんかん照りの夏の日の光を遮る木の葉がある木下は心地よい風が吹いて涼しい。夢中になって呉羽の実やココの葉を摘んでいた私は森の奥へ進み過ぎてしまった。


「ここどこ?」

泉が湧き上がっている音がする。いっぱい動いて喉が乾いていたのを思い出し、水の鳴る方へ行ってみようと足を向ける。


あーあ、また母さんにどやされるな〜なんて呑気に考えていたら目の前に美しい人がいた。全裸で何をしているのか、水の中を覗いている。変なやつだな。


「ねえ、お兄さん何してるの?」

異常な光景に恐怖よりも好奇心が勝ったので、声をかけた。ドキドキと綺麗な緑の目をした人の返答をじーっと穴が開くほど見つめる。

自然の音が鳴るだけで、返答がない。

「おーい、お兄さん聞いてる?!おーいおーい!」

「うーん、聞いてるよ」

「遅い、聞こえてないと思ったよ」

「私はね、服を水の中に落としてしまってね。泳げなくて困っていたのさ」

カラカラと苦笑いをする。

「困ってるのか?」

「うん、そうだよ。もし君が助けてくれたら一つ褒美をあげようかな〜」

弱々しい薄っぺらの身体を左右に揺らす。村のものではない女のような男が森の中にいるのはどう見ても不自然ではあるが、遠い街からやってきた行商人の中にこのような出立の男がいたと記憶していた私はなんとなくこの男のことが不憫に思った。


麻のスカートを脱ぎ捨て湖の中に飛び込み、中の様子見る。魚が悠々と群れをなして泳いでいる。旨そうだ。って違う違う、着物着物どこだ?目を細めて見づらい水の中を見るが中々見つからない。


「ぷぁっ!」

三回目の入水で魚の尾鰭にくっついている布みたい透明な布が七色に光っている光が目の中に入ってきた。

あれだ!!見つけたっ!

ただデカい、デカすぎるぞあの魚。私の体の三倍はあるハジリカスじゃないか。太鼓の昔からヒトの言葉を使う魚。言葉が理解できるほど精力が高く、気性が優しいやつが多いってみんな言っていたし大丈夫。


「なあなあ、その布を私にちょうだい。その持ち主が困っているの!その人全裸なのよ!可哀想だから返して欲しいの」

「小さなお嬢さん、耳が遠いんでなもう一回言っておくれ」

「あのね、その布を返して欲しいのっ!」

「布ん?んーーん?これか!良いがこの布の代わりに何か布はないか?ここが寒くて痺れるんじゃ」

「布はないけど暖かくなる実は持ってるよ」

「それと交換なら良い。持ってけ」

「ありがとう。私の後についてきて!陸に置いてきたの」

「分かった」


すいすいと足を動かして水の中を泳ぐ。

貰った布が水の中をキラキラと反射して流れる。布を持ったぶん水の圧力は増えるが、その力を物ともせず力強く水の中を泳いでいく。村の中でも泳ぎが得意な方だったので、これくらいなんちゃらない。


どこだったっけ、私の鞄。温まり具合がいい実は、紀南か木南だったから魚水に住むものにより近くに生えている木南の方が相性がいいかも。木南の実をあげようっと!

「はい、どうぞ。口開けて」

「うむ」

小さな掌から大きな口元へ赤い木南の実を投げ入れる。木南の実は体を温める効力をもつ美なのだ。



「んっ!服だっ!」

「はい、ありがとう。本当に取ってきてくれて本当に嬉しいっ!なんのお礼がいい?食べ物?お金?」

「君の宝物を見せてっ!!」

「んっ?宝物かぁ。いいよ、ついておいで。私の背中に乗って」

「うん」

「君の足じゃ行けないほど森の高いところにあるんだ。だから、飛ぶからしっかりと肩に手を回すんだよ」


しゃがんでくれた背によじ登り、気になったことを聞く。

「ねえ、名前は?私はサヤだ!サヤ.アサファン」

「ふふっ、久しぶりだ。私はヒノだ」

はにかむ横顔が何故かキラキラして見える。

ふわりと髪が持ち上がる風が吹くと下から押し上げられるように体が浮いた。

「わあーすごーーいや!空の上にいるよ」



 私達は雲の層を超えて山の岩淵に来た。

山上は気温が下がり、ひんやりとした空気が岩肌を通っていく。少し湿った岩のトンネルを越えた向こうには大きな虹色の透明な石があった。


「ここが私の秘密の場所さ。綺麗だろう。何千年も山奥で静かに溜められた生命のエネルギーが溜まって出来た岩なんだよ」

「うわっわーい、凄いやっ!!綺麗だなキノっ!!」

「私がこの岩が見られるのは一年に一回だけなんだ。この世界を一年中風に乗って漂っているから、この夏の季節南から強い風が吹くだろう?それに乗って来てるんだよ」

「そうなのか、なら一緒にじっくり見よう。2人で見たら2倍楽しいぞっ!」

「うん、なら来年も一緒に見てくれるかいサヤ?」

「えっ!いいのか!!もちろんさっ!!約束だぞ」

「うん、約束。私とサヤ二人の秘密だよ」


それから毎年毎年夏の日サヤとキノの逢瀬はひっそりと始まったのだ。

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そよ風 沖田 @oktuvl

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