祝え! 武蔵野クイズ

snowdrop

武蔵野の俤は今纔に入間郡に残れり

「祝え! 武蔵野クイズ~」


 前髪を切りそろえたショートボブの髪型をした司会進行役の女子部員が、元気よくタイトルを発表した。

 拍手するのは、クイズ研究部部室中央に並べられた机を前に座る会計、部長、書紀の三人。彼らの前には、大きな赤ランプが点灯する見慣れた早押し機が用意されていた。


「図書館と美術館と博物館が融合する世界初の文化施設、角川武蔵野ミュージアムが、埼玉県所沢市の再開発によって武蔵野台地のど真ん中に誕生する大規模複合施設『ところざわサクラタウン』内にて二〇二〇年にオープンいたします」


 それってあれでしょ、と会計が微笑んで口を開ける。

「大地から隆起したような多面的な岩の塊のような外観をしている建造物じゃないですか」

 

 くせ毛のある書紀はすかさず手元の早押しボタンを押した。

「偶然、僕も聞いたことがあります。世界の美術館を多く手掛け、自身が設計に携わった新国立競技場を設計したあの隈研吾氏がデザインしたといわれているミュージアムですよね」


 な、なんだってー、と部長はセリフ口調で声を上げつつ早押しボタンを押した。

「中国の山東省の山奥から切り出した花崗岩を、福建省厦門まで運び、そこで一枚五十キログラムから七十キログラム、およそ二万枚加工して、総重量千二百トンを船で運搬して完成させたという、外壁を照らす太陽光の角度が変わるたびに多彩な表情を変えてるという角川武蔵野ミュージアムが、ついにオープンするのか」


 そういえば、と会計も早押しボタンを押す。


「一階にはマンガ・ラノベ図書館ランドギャラリー、二階にメインエントランスホールとミュージアムショップ&カフェ、そして本棚劇場のある四階と五階には、武蔵野回廊、エディットタウン、ワークショップルーム、レクチャールーム、アートギャラリー2、ブックスペース、レストランなどが設けられる……だったかな」


 会計が言い終わるや、すかさず部長が再度、早押しボタンを押した。


「建物の四階から五階にかけて、高さ八メートルの巨大本棚に囲まれる本棚劇場には、KADOKAWA刊行物、角川源義文庫、山本健吉文庫、竹内理三文庫、外間守善文庫、山田風太郎文庫のほか、個人蔵書の書物が収められるという。なにより本に囲まれる風景は、本好きならずとも心を鷲掴みされること間違いなし。ぜひ行ってみたいですね」


 実にめでたい、と部長は手を叩いた。


「皆さん、ご説明ありがとうございます。というわけで今回は、武蔵野にちなんだ問題を五問用意いたしました。もっとも正解数が多かった人が勝者となります。正解したら一ポイント、誤答すればその人のみ、その問題は答えられません」


 はいはーい、と書紀が手を挙げる。

「優勝したら、どんな賞品がもらえるんですか?」


 書紀の問いかけに、部長と会計は固唾を呑んで進行役の彼女の答えを待つ。


「実は……」

「ま、まさか」


 進行役の言葉に、三人は目を見開きながら席を立とうと身を乗り出す。


「名誉です」

 進行役がきっぱり答える。

 あらら、と思わず席から転げ落ちそうになる三人。


「やっぱり? 知ってた」


 書紀は、エヘヘと笑ってみせた。

 お約束~、と会計は声をあげ、部長は黙って頷いた。


「それでは出題します」


 進行役の言葉を聞いて、三人は早押し機のボタンに指を乗せた。


「問題。十勝平野、下総台地などとともに最大級の一つで、二十三区をのぞく東京都の西半分と」


 ピンポーンと音が鳴り響く。

 問題文の途中で早押しボタンを押したのは会計だ。


「武蔵野台地」


「正解です」


 ピポピポーンと軽快に音が鳴り響いた。


「続きを読みます。北多摩地域および西多摩郡の一部、そして埼玉県南部の所沢市や狭山市などの地域を含む、関東平野西部の荒川と多摩川に挟まれた地域に広がる台地はなんでしょうか。という問題でした。どこでわかりましたか?」


「関東平野かなと一瞬思いましたが、一都六県にまたがる日本最大の平野なら東京二十三区も含まれますし、武蔵野に関するクイズだと思い出しました」


 部長と書紀は称賛の拍手をする。

 すぐに三人は、次の問題に備えて早押しボタンに指を乗せた。


「問題。財政の再建や行政の諸改革の一環として、飲料水にも乏しく人の住まない武蔵野台地を中心に新田開発を行ったことでも知られ、米将軍」


 一斉に早押しボタンを押し合う。

 赤ランプが点灯したのは、部長の早押しボタンだった。


「八代将軍徳川吉宗」


「正解です」


 ピポピポピポーンと甲高く音が鳴った。


「残りを読みます。米将軍ともあだ名された江戸幕府八代将軍は誰でしょうかで、答えは徳川吉宗でした」


 押し負けたとつぶやいて、会計と書紀は小さく手を叩く。


「享保の改革のことですね。開拓政策で最も成果があったのは新潟で十万石。武蔵野台地の開拓は一万石の成果だったそうです。米一石は一五〇キログラムなので、一キロを五百円で計算した場合、一石を一万倍すれば七億五千万円。ただし、吉宗は幕府財政の回復のために四公六民だった年貢率を五公五民に増やしたので、大名の手元に半額が実収入だったと考えられます」


 部長の薀蓄のあと、会計が「定免法ですね」と口を出す。

「たしか享保の大飢饉のあと、百姓一揆や打ち壊しが増大し、人口も伸びなくなっていくんですよね」


 会計の言葉のあと、すかさず書紀が続ける。

「財政を安定させるために増税したあと、未曾有の危機がおきて不満は爆発、出生率も低下。どこかで聞いた話ですね。歴史は繰り返すとはこのことかもしれへんね」


 三人は苦笑しつつ、早押しボタンに指を乗せた。


「問題。明治四十二年以降、航空技術の重要性に気づいた陸軍は専用の飛行場を関東一円に求め、起伏が少なく、雷や風の影響を受けにくい土地柄であったことより、明治四十四年に日本初の飛行場が完成、『航空発祥の地』として知られる市はどこでしょうか」


 問題文が読み終わっても、三人の指はすぐに動かない。

 ボタンを押したのは書紀だ。


「武蔵野市」


 ブブー、と音が響く。

 そんな安直ではなかったか、と書紀がぼやいた。

 つぎに早押しボタンを押したのは会計。


「入間市」


 ブブブー、と容赦なく音がなる。

 違うんだ、と会計が首をひねる。

 唯一解答権がある部長が、最後にボタンを押した。


「所沢市」


「正解です」

 ピポピポピポーンと正解を知らせる音が鳴った。

「ご存知でしたか?」


「思い出すのに手間取ってしまいました。日本初の飛行場となる臨時軍用気球研究会の、所沢試験場が開設されたことから日本初の飛行場といわれてるんですよね。戦後は米軍所沢通信基地となりましたが、返還運動によって通信施設を残し約六割の土地が返還、跡地の一部が所沢航空記念公園となってます」


 部長の薀蓄を聞きながら、書紀と会計は手を叩いた。


「三問終わったところでポイントの確認です。書紀がゼロポイント、会計が一ポイント、部長が二ポイント獲得しています。次の問題はだれが答えるでしょうか」


 進行役の声のあと、三人の指が、それぞれの早押しボタンにかかる。


「問題。東京の住宅や京浜地区の工場や事業所の七割近くが倒壊、焼失したことで、被害が少なかった武蔵野の周囲に多く移り住み、近郊都市へと発展するきっかけとなった大正」


 三人は慌てて早押しボタンを押した。

 赤ランプが点灯したのは書紀の早押し機だ。


「関東大震災」


「正解です」

 進行役の声のあと、ピポピポピポーンと正解を知らせる音が鳴った。


「残りの問題文を読みます。大正十二年九月一日に起こった地震はなんでしょうか。答えはもちろん、関東大震災です」


 いまのはもっと早く押せたのに、と歯を食いしばって会計と部長が悔しがっていた。


「東京は低地と台地が多い地域なんだよね。武蔵野台地自体、標高が高く、被害が少なかったから人が集まるようになって、現在の繁栄につながってくるのは考えればわかるよね」


 部長と会計は、そのとおりと言わんばかりに手を叩いた。


「次がラスト問題です。勝敗を決めるべく、最終問題に正解した人には一不可説不可説転ポイント差し上げます」


 よっしゃーっと喜々として声を上げる二人に対し、眼を大きくして、どういうことかと部長が進行役に問いかける。


「まあまあ、お約束じゃないですか」

「だからって一不可説不可説転ポイントなんて、十の三十七澗乗。無量大数やグーゴルより遥かに大きい数じゃないか」

「つぎ正解した人が優勝するんですから」


 そりゃそうだ、と部長は納得し、三人は早押しボタンに指をかけていく。


「問題。婦人画報の創刊者でもあり」


 瞬時に指が動く。

 赤ランプが灯り、早押しを制したのは部長だ。


「国木田独歩」


「正解です」


 ピポピポピポーンと甲高く音が鳴った。

 負けた~、とうなだれながら書紀は手を叩く。

 つられて会計も深く息を吐いた。


「問題の続きを読みます。『牛肉と馬鈴薯』、『武蔵野』などの小説を著した明治時代の文豪は誰でしょうかという問題でした。答えは国木田独歩でした。お見事です」


 進行役の言葉に「ありがとうございます」と、部長は満面の笑みを浮かべた。


「武蔵野のクイズを出すと聞いてから、国木田独歩はでてくるんじゃないかなと山を張ってました。オープンを機に、武蔵野ミュージアムに足を運びたいものですね」


「というわけで、優勝は一不可説不可説転と二ポイント獲得した部長でした」


 進行役の言葉とともに参加者は、拍手して互いの健闘を称え合った。

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