ただいただけで悪いか‼
あいうえお
第1話 栄光なきもの
魔王を倒して世界に光をもたらした勇者一行の中で、アシュライ・イッサの名を聞くと十中八九の人がおまけのあいつという表現をする。無理からぬことだった、彼には特別な力も目立った功績もないのだから。その前歴は2代続いた雑貨屋の店長である。
例えば美麗な青年剣士マーバッハは”山凪ぎ”の異名を持ち、屍龍シソを討ち取った。行く先々で美女たちと浮名を流して、人間嫌いで知られるエルフ女王すら彼に焦がれたとされる。
紫髪の美女勇者カオウは言わずもがな、魔王を滅ぼし平和をもたらした。その後彼女は政治家へと転身して自ら国家を興して末永く続く礎を築いたのだ。その功績と実力を危険視されて迫害されるかそれを嫌って隠居するのが勇者に多い晩年にあってこれは異例といえた。
逞しき格闘家ダガイ、四肢のみで最終決戦まで生き残る。そのまま自らの名を冠した格闘技道場を開いて世界大会を開くまでに勢力を増した。
一行唯一の貴族で令嬢魔術師ホロオウ・クオーツ・ヌウは魔法でゆく先々の村の問題を解決した。戦後は貴族の位を返上し民のために尽力し現人神と称えられてその名を冠した救済施設は1000をくだらない。
アシュライはこの中では間違いなくおまけだ。何ら残したものはなく、討伐後は故郷の雑貨屋に戻るとからかってくる連中に噛みつきながら暮らして独り身のままで死んだ。何の面白みもなく後世の童話でも彼だけは省かれることが当たり前だった。
だが、多くの人々は知らなかった。
彼がいなければ一行は早々に瓦解して魔王討伐が成らなかったことを。
確かにアシュライには優れた技術も強さも知識もない、しかし、たった一つだけ誰にももちえない技があった。
それこそ―
「お前だろ!」
「そっちこそ!」
「やるっての?」
「かかってらっしゃい!」
「落ち着け! 饅頭一個で殺し合いをするなああああ!」
推理の力となだめる力だった。
森の中の開けた野原で4人は渋々座っていた。いずれもふてくされてお互いを牽制して、隙あらば実力行使をしてやるという険悪な雰囲気に満ち満ちている。
実はこの一行非常に仲が悪かった。流石に戦闘や人前に出るときに無用の険悪を出しはしなかったものの、それがなければしょっちゅう喧嘩している有様だったのだ。
ならなぜ組んでいるのかと言えばそれが有益だからに他ならない、4人は腕は確かだがそれに見合った待遇を社会から得ておらずその打開の手段として勇者を選んだのだった。
アシュライはそれをさせまいと監視しつつ、赤い粉の残る一枚の紙を皆に見せつけた。
「いいか、俺はさっきの村で名物の溶岩スパイシー饅頭を5個買った。一人一個、そのつもりでだ。ところがいざ食べようとしたダガイが見てみると一個残ったはずの饅頭がない。俺を含めて他の皆は食べてるということは、誰かが2個食べたということだ」
カオウが鼻で笑う。
「筋肉バカだから食べたの忘れてんじゃないの?」
「なんだと貴様!」
アシュライがダガイを制する。
「落ち着け! カオウもあおるようなこと言うんじゃない!」
「あおってないもーん、本心だもーん」
「貴様あ!」
「やめろ!」
頭を抱えてアシュライは遠くに見える山を指さした。
「畑を荒らす
4人はバツが悪そうにした。動機が不純なれど流石に勇者を目指しているだけあって、目標達成に支障が出るようないざこざは避けるべきとわかっている。
問題はそれと同レベルで誰が饅頭を余分に食べたかについての争いが重要だと思っている点だ。
アシュライは再び饅頭の紙を掲げる。
「その上でこの問題を解決するぞ。食べたのは誰だ?」
ダガイが3人を睨み、3人は顔をそむけた。結局またこの有様かとアシュライは溜息をつきつつ犯人を見つけるために頭を働かせるのだった。
まず第一にダガイが嘘をついている可能性に切り込む。大食いのダガイが単純にもう食べてしまったけれど物足りなくて食べていないと偽装している場合だ。
しかしアシュライはすぐにこの論理の矛盾に気付いた。だったらダガイは戻って買いにいけばいいだけでありこうする理由が薄い。彼の足ならすぐにでも行って帰ってきてそれで終わりだ。
あるいは単なる難癖かもしれない。日頃仲が悪いから誰かに罪を着せようという彼なりの策略だ。が、先述したように今は大事な仕事の前でそこまでプロ意識と品性が低いともこれまでの旅からは思われない。
となるとやはり誰かが余分に食べたのか?
まずは4人の口元を見た。饅頭はその名に恥じず香辛料がふんだんに使われていて食べれば痕跡が残ってしまう。しかしその跡は残っていない、妙なところで頭の回る4人は口を拭いたのだ……とアシュライは推理したところで思わぬ落とし穴に出くわしてしまった。よくよく考えればマーバッハ、カオウ、ホロオウは少し前に饅頭を食べていて跡があっても不思議ではないのだ。同様に、口の中が未だに赤いのも共通していて証拠にはならない。
「う~ん」
アシュライは饅頭喪失に気付いた直前の行動を思い返す。
休憩となってこの野原に腰を下ろし、彼は用足しに荷物を置いて茂みに入っていったのだ。そのときに草にかぶれたのか指がかゆい。
そして戻るとダガイが饅頭をくれというので紙を広げてみた、すると最後に残っていた一個が喪失しているのに気づいたのだった。
「マーバッハ、俺が用足しして間にお前はどうしてた?」
「剣の手入れさ、周りは見てなかったしあんたの荷物もそのまま、だから他の奴が触っててもわからないね」
「カオウは?」
「なによあたしを疑う気? 魔法で周りを索敵してたのよ。どんなモンスターがいるのかとかね」
「ホロオウ?」
「魔力を練ってました。集中していたので何が起きていたかは知りません」
アシュライは唸る、どの証言もらしいが嘘をついているとも言えそうだった。共犯かとも思ったが互いに互いを庇う理由がないという世知辛い根拠に行きつく。それほど一行は仲が悪かったのだ。
こうなれば一人一人見聞していくしかあるまい。
マーバッハを最初にアシュライは調べた。
「その研いでた剣ていうのを見せてくれないか」
「疑うのかい? 僕は饅頭に興味はないさ」
とはいうものの彼が最初に饅頭を求めてきていた、意外とこの中ではダガイの次に食い意地が張っている。
アシュライは剣を受け取って目を凝らしてみた。鋭く研ぎ澄まされて鏡のように曇り一つない。特に名前のない剣であるが、彼ががらくた市で見つけて以来刃こぼれ一つなく今日までついてきた相棒だった。後世ではその出自から魔剣として崇められて、法外値段が付きその所有を巡って戦争まで起こったほどの逸品である。
研いでいたという証言に嘘はないようだったので、アシュライはそれを返してカオウへと顔を向ける。腕を組んでカオウはアシュライを見返した。勝気な印象の通りに唯我独尊といった彼女は問題を起こしては謝らない。
「なによ」
「索敵してたなら何がいるかわかったか?」
「強いモンスターはいないわ、っていうか
「そうか、あとで行ってみよう」
魔法、剣術、体術全てが高水準なのが彼女だった。いずれもそれを極めている他の3人の8割ほどの技能だが、他の分野を組み合わせることで圧倒できる勇者にふさわしい実力者だった。その代償というべきか傲岸不遜で協調性にかけていて、これまでの実生活では思うような実力を発揮できていなかった。
彼女の場合は食べていればそれがなんだ悪いかという態度を取りそうな気がする。傍若無人が身を助けているのは皮肉だった。
アシュライが話しかける前にホロオウは手を向けて制した。その手に一本指を残して空を指す。思わず追えば上空遥か高く
勝ち誇り魔法使いは高笑いする。
「虚無魔法“
経歴的に最も異色なのは彼女かもしれなかった。寝ているだけで財産が入ってくる貴族という立場にありながら冒険の旅に出ているのだから。その理由を彼女は決して話さなかった。相応の訳があるのだろうとアシュライも聞かず、後に明らかになった壮絶な過去に一行ごと巻き込まれていくこととなる。ともあれその魔法の腕は天下一品であり、味方にすれば性格は別として何よりも心強かった。
「流石だな……で、ダガイ、お前は?」
「何もしてねえ、座ってて腹が減ったから饅頭食おうとしたらなかったんだ」
ダガイの説明は変わらない。
格闘家として魔王を素手で倒せれば箔になるとついてきただけだが、素手なら最強と自負するだけあって巨岩でできたモンスターすら砕いてしまった。単純なだけでもあるが性格的にも4人の中では一番角が立たないかもしれない。
これですべての証言が出ることとなった。
どれも真実にも思えるがいくらでもごまかしがきく様にも思えてしまう。証言とはそこが弱点なのだった、意識的にでも無意識的にでも誤ってしまうことがある。人の言葉と記憶とはなんともろく儚いのだろうか。
と、アシュライはひらめいた。
「全員水筒を出してくれ」
怪訝な顔をしながらも4人は水筒を出した。
アシュライはそのうち最も量が少ないカオウのものへ注目する。饅頭は辛く水なしではとても食べきれない、ということは二個も食べた犯人は水を多量に摂取しているはずだと見込んだのだ。
その意図に気付いたマーバッハが口笛を吹いた。
「勇者さまはいやしんぼだね」
「ああ⁉」
「お前か!」
一触即発の空気をアシュライが手を叩いて捻じ曲げた。
「静かに、まだだ。俺もこれだけ水呑んでれば饅頭を食った証拠になるかなと思ったんだが……饅頭の前にどれだけ水があったか覚えてないことに気付いた」
「バカじゃないんですか?」
「うるさいぞ」
ホロオウにアシュライが抗議した。
「じゃあ犯人が誰かわからないのかよ!」
「いやすまない……けどそもそも饅頭一つ盗み食いするのがだねえ……ん? 待てよ」
「なんだい?」
アシュライは目を閉じた。さほど優れていないと自他ともに認める頭脳を働かせるときに見せるくせだった。
「饅頭が食べられたとすると妙だ……一個食べるだけで汗が吹き出し口は真っ赤、なのに誰もなってない……一瞬のことだから隠せるわけもないのに」
「そういえばそうだな」
「俺はずっと饅頭は食べられたと思い込んでいた、けどそこが間違ってたんだ。饅頭は隠されただけ、食べられてない。だからバレないんだ」
「一応筋は通ってますわね」
「となれば簡単だ、お前たちがお互いに身体検査すればいい。隠しておけないからな饅頭じゃ」
マーバッハが動揺した。
「いいいいいいやだよ! そんなむさくるしい!」
「むさくるしい?」
「分かりやすい奴だな」
「く、くるな! 来るんじゃない!」
「もう白状してるじゃない」
「見苦しいですよ」
その後暴れるマーバッハを取り押さえて調べると饅頭がやはり隠されていた。彼ほどに身体能力があるなら盗むのは容易だった、理由はやはり一つ目を食べてあまりのおいしさに我を失ってもう一つ欲しくなったからというものである。
何故買いに戻らなかったのか? と聞くと面倒くさいと帰ってきて怒ったダガイと取っ組み合いになった。
結局もう一度アシュライが饅頭を買ってきて彼へ食べさせてようやく騒動は収まった。饅頭一つで崩壊しかけるのが日常茶飯事なのだからアシュライの心は休まる時を知らない。
あとは簡単に
次なる目標は屍龍シソ、そろそろ倒せるだけの実力が備わっているはずであった。
ところがその途中泊まろうとしたとある宿屋で足止めを食らってしまった。従業員が殺されてしまいその犯人がわかるまでは営業が再開できないと言うのだ。
正直に言ってしまえば一行には無関係であるため、ならば他の宿を探すと先を急ぎたかったがすでに名が売れ始めていたために周囲の人々に解決を頼まれたのだった。
となるとアシュライの出番であり、彼は頭を掻きながらその死体と対面した。傷だらけで強い怨恨が伺える。発見された部屋は密閉されていて人の出入りがない。おまけに傷は奇妙な形で死体の持ち物には手が付けられていなかった。さらに部屋中を海水の匂いが漂っている。
「なんだこりゃ?」
だがそれは、一行の諍いに比べれば些細なことであった。
「なにを!」
「やるの⁉」
また喧嘩の声が聞こえてきて、捜査もそこそこにアシュライはそちらへの対応をしないといけず肩を落とした。
語られざるアシュライの物語はこうした推理と捜査のものだった。
称賛は得られず、目立った厚遇も得られていない。そもそも一行と偶々出会ってその時にけんかの仲裁をしたのが始まりでずるずると同行してしまったのだ。そこから逃げられずにずるずると魔王討伐まで付き添ってしまった挙句に星の数ほどの気苦労とおまけのあいつの称号だけがもたらされた。
「今度は何だよ!」
「「あいつが悪いんだ!」」
苦労人アシュライの日々はまだまだ続いていくのである。魔王を倒すまで先は長かった。
ただいただけで悪いか‼ あいうえお @114514
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