『花に願いを』
俺は間違いなく過去に縛られている。
それはこれからも変わらない。
俺の好きな色は赤だ。
元気が出る色。目立つ色。この体中を駆け巡る、血液の色と同じ赤。
俺が今着ている服は青だ。
気分が落ち着く色。夜の帳に溶ける色。この空と同じ青。
俺は間違いなく、過去に縛られながら現在を生きている。
いつだったか言われた。
みんなが寝た後に一人で静かになっている、と。
普段底抜けに明るい俺が、泣きそうな顔をしながら焚火に当てられているのを見て、肝が冷えた、と。
まあ、その行為は大体がそういう気持ちなのだから何も言えない。ありもしない過去を追いかけまわして泣きそうになりながら真っ赤な火に自分の思い出を溶かしていただけの話。ある日は拾った木の実だった。ある日は買っても売り物にならない端切れだった。ある日は俺がとっさに掴んで粉々にしてしまった剣だった。俺の過去を燃料にくべた焚火はよく燃えた。それだけのことだけれど、寂しかった。
まだまだ全部知るには足りないくらいの年月だが、この3年で俺の故郷についていくらか知ったことがある。食に関して発展していないらしいうちの国では木の実は貴重な栄養となる。
布がこちらでいう硬貨、紙幣どちらの役割も果たしている。もちろん衣類にも使われるが、交換所にもっていけば端切れでも他の国より幾分か割り増しで値が付くと思えばいい。
時々見かける現実ではありえないような見た目をした武器や防具、それらは大体俺の国の人間が設計している。まあいってしまえば頓珍漢な人間ばかりなんだ。いや、あいつら実際刀なんて打たねえから頓珍漢はちょっと違うか。
そんなことはどうでもいい。つまりはそう、俺は毎日毎日欠かさず俺の故郷を燃やしていたというわけだ。道理でよく燃える。本当に俺の過去を焚火の餌にしちまってたんだから。
そして俺は今、燃やしてきた過去を手探りで一生懸命かき集めて何とか『俺』を知ろうとしている。幸福なことに名前も知れた。キャラバンの公用語では発音しづらい名前だった。俺のかつての筆跡も知れた。今の筆跡とはくらべものにもならないくらい達筆だった。筆記用具が違うのもあるんだろうか。羽ペンはどうも手になじまないと思ったら、俺の国では筆が主流らしい。
どうしてこんなことが知れたかって?簡単なことだ。俺の日記が故郷の博物館に飾られていた。人間って本当に驚いたとき息を吸い込むしかないんだな。
そういえばこのアイナシャテラに来た理由をだれにも話していないことに気が付いた。俺は姉御…カールバーンさんから不定期に現在地と隊の人数の増減について連絡を貰っていた。そして、俺も時々連絡代わりに国では国宝扱いされている巻物の写しを送ったりしていた。国ではそういうことが軽々できる立場に置かれている。
千年は軽い昔、神々にその身をささげ国をつくったある男の末裔である、ということらしい。いってしまえば俺は向こうではもうとっくの昔に死んでいた。
なぜ死んでいたはずの人間が祖国で賓客として迎えられているかは少々省かせてもらう。話が長いうえに過去と現在を行き来しなければならないから、誰かに話すたびに体力が削られる。いつか日記にでもまとめて「これ読めば大体わかるよ」と言えるようにでもしようと思う。
と、いうわけで俺は生まれを研究しているだけなのに賓客として扱われ夜な夜な祭り上げられる毎日を三年繰り返してちょっと嫌気がさしていたところにキャラバン定住の知らせが来て、祝いの一言でも言って帰ろうかと思っていた。そうしたらいつもの顔ぶれがそろって笑っているもんだから、俺は足を止めてしまった。時の神司るこの国は随分居心地がよかった。ここの宗教は俺の国の宗教とは似て非なるもので、俺はそれを信仰することを許されてはいない。なんならあちらで俺は現人神だ。苗字と名前がそれを示している。国に戻ればまたむーむー言っている教徒だかなんだかの声をBGMにあの高い祭壇の上で巻物を読みながら思いにふけるだけだ。ただ一つ、俺の国では異教と呼ばれるこの女神さまに祈りをささげる理由があるとすれば。
俺がキャラバンにいる時は苗字なんてない、名前も路肩にいたばあちゃんに着けてもらったただの仕入れ商人の、ルーチェであるってことだけだ。
俺一人の旅はまだしばらく続く。最低でも二年はかかるだろう。
その時にこのキャラバンがどうなっているかもわからない。ましてや俺の国がどうなっているかもわからない。
その『どうなっているかわからない』に思いを馳せるのがもはや癖になってしまっている俺は、黄色い花を選んだ。
過去、俺はきっと、いや、間違いなく不幸な身の上だった。それを捨て去って、だれかをあの国に置いてこのキャラバンに来た。今、幸せかどうか聞かれたら間違いなく幸せだと答える。ここには俺を祭り上げるやつらもはやし立てる信者も、石を投げる異教徒とやらもいない。誰もがみな互いを尊重し、受け入れ、それでいいと肯定している。心地のいい場所。俺にここがあってよかった。
過去と現在は決まっている。俺が決めたんだ。俺が歩いてきた道が過去で、俺が立っているこの場所が現在だ。これは俺が決めたいろんなものの積み重ねだ。
きっと未来もそうだ。現在の俺が選んで、現在を過去に押しやって進んだ道の果てにはまた現在がくる。未来にはいつまでたっても会えない。進もうと思う目標の別名が未来ってだけで、不確定なのはそこだけだ。
俺はきっと、その不確定に揺らぐのだ。きっとそういう性格だから、俺は過去を過去にできた。そして現在も両の足で立っているし、なにより、なによりだ。
俺は、この花と同じ色をした黄色の双眸が、いつか笑顔で閉じられる日を夢見ずにはいられない。いろんなものを吸収して、コミュニケーションをとって、俺の脳に伝達するのはきっとこの二つの黄色だ。それを大切にせずにはいられない。その未来はいまだ不確定。
不確定を確定にするために必要なのはきっと努力だとか資産だとかそういうものだろうが、そのほかに、とても大事なものがある。
運だ。こればっかりは他人…というか神任せな所がある。俺の国にも時担当の現人神がいるが、正直そっちに任せるよりもこの美しい女神様の方がかなえてくれそうな気がする。気楽に考えるのはなぜかって?簡単な話だよ。俺は美人が好きなんだ。
時の女神よ、ルーチェである俺の命運はあなたに託された。
どうか俺の未来に微笑んでくれ。
とうとうキャラバン結成時のルーチェの歳を上回ってしまいました。はは。
彼の未来に幸多からんことを願って。
企画 置き場 羽柴 @tawashi_yuki
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