第9話 二時間前~囚われし者と現われし者

 「あーあ、流石に小腹空いてきたなぁ~」


 冷たい牢獄の隅で、ぼそりとぼやく若い男の声がする。

 雷の様な金色の長髪をざっくばらんに後ろで纏め、切れ長な眼の奥に氷の様な銀色の瞳を宿している長身痩躯の青年が、異国の装束を着流し胡坐をかいて座っていた。

 一見、只人族の優男にしか見えないその若者のこめかみには只人族ではありえない大きな灰角が生えていた。彼は魔族ヴァース。その中でも上位に属する鬼人族オウガと呼ばれる種族だった。


 「おかしいなぁ。いつもこんくらいの時間なったら看守のオッチャンが飯運んできてたんやけどなぁ……もしかして、なんかあったんか?」



 青年がボヤいていると、何の前触れもなく監獄部屋の外壁をぶち破って何かが転がり込んできた。神々しい虹色の光が徐々に弱まり、姿を現したのは年端もいかぬ一人の少女だった。よく見ると、体のあちこちが傷だらけだ。


 「誰やキミぃ?……てか、大丈夫なん?見るからにえらい痛そうやけど」


 「!?――あなたは……何故こんなところに?」

 

 青年の軽薄そうな声色を打ち消す様に、その姿を認識した少女は声を張り上げ、驚嘆する。まるで本来いる筈のない者がその場にいたかのような驚きようだ。


 「えらい吃驚しよるなぁ。ボクは……うーん、ちとこの城に野暮用があってな。まぁ紆余曲折があって今に至るってわけや」


 「……成程。大体のことは察しました。それで、貴方はこの中で何が起きているか理解しているのですか?」


 「いいや全く。なんとなーく騒がしい気配みたいなんは感じてたんやけどな。それよりも、これも何かの縁や。この鎖外してくれへん?ごっつ頑丈で敵わんねん」


 「いいでしょう。けれど一つだけ条件があるわ――」


 「おう、何でも言うてみ?」


 「貴方にはこの城を出るまでの間、私の手伝いをしてもらう」


 「なんや、そんなことか。ええで、ついでにボクの目的も果たせそうやし」


 「……契約成立ね。よろしく頼むわ」




***** ***** *****


セントダルク城・中層



 「……ほんで、目的は分かったけど結局ボクは何をすればいいんかな?なぁ、いとさん。さっきから黙り込んでるけど」


 「今は黙って着いてきて頂戴。時が来れば貴方には働いてもらうことになるわ」



 少女が鬼人族オウガの青年と出会ってから数刻。二人は城の内部に侵入していた。二人の体を覆いつくすかの様に透明な糸が張り巡らされている。少女の手によって精巧な不可視の魔法ジビィルクが掛けられているのだ。姿だけでなく気配までも絶つ精度を誇る魔法に青年は舌を巻いた。


 「ところで。いとはんって一体何者なんや?ぱっと見は只人族に見えるけど」


 「別に私が何者かなんて貴方には関係ないと思うけど。それよりも、その『いとはん』って言う呼び方やめてくれないかしら。癇に障るわ」


 「ふぅん。そんなら何と呼べばええんや?ところで今更やけど君の名前は?」


 「――エレナ。それが私の名よ」


 「へぇ……エレナか、ええ名前やね。ボクはライセン。見ての通り鬼人族オウガや。槍を使わせたら他に並ぶ者おらんで」


 

 そう言いながらライセンは道すがら入手した鉄槍を頭上で得意げに回転させた。

 

 

 「――っ……!! 貴方バカなの⁉︎忘れたのかしら、今私たちは隠密行動しているのよ。そんな目立つようなことしたら流石に……」


 「ちょっ……エレナはん。そない大声出したら――あーあ言わんこっちゃない」


 ライセンが肩を竦めながらぼやく。その声に触発されるようにエレナがはっと我に返り辺りを見渡すと、騒ぎに駆け付けた衛兵たちが周りを取り囲んでいた。

 そして彼らをかき分けるように大柄な髭男が巨大な戦斧を構えながら躍り出てきた。


 「曲者どもが。ここが何処か知ってのことか。その狼藉、御上が許してもこの吾輩、ヴァンツ・ローエンが許さぬ。黙ってお縄につけーい!」


 「そないなこと言っておりますけど。どないする?」


 ライセンがエレナに目配せすると、エレナは溜息交じりに答える。


 「仕方ないわね、こうなったら強行突破よ。ライセン、貴方の言葉が嘘偽りじゃないことをこの場をもって証明しなさい」


 「言い方がなーんか気になるけど、ほなやらせていただきますわ。行くで、髭のオッチャン!」


 力強く宣言するエレナを尻目に、ライセンは頭をひと掻きすると槍を横向きに構えた。


 「ほーう、『ガラク流槍闘術』の構えか。少しは武芸の心得があると見た」


 髭の巨漢——ヴァンツは顎髭を撫でながら感心したかのように呟いた。


 「ほーん。どうやらオッチャンも只者じゃなさそうやな。んじゃ最初から本気で行かせてもらうで。――ほな、エレナはん。ここは自分に任せとき。よう分からんけど、急ぎの用があるんやろ?とりあえず後で合流しようや」


  ライセンはエレナの顔を見ることなく告げると、瞬く間に槍の穂先で取り囲む衛兵達を薙ぎ払った。それを見計らったエレナは一度頷くと、眼前を駆け出して行った。衛兵たちが目を向けた頃にはその姿は雲散霧消していた。



―リドラスタ処刑まで後1時間—


 

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