第5話 - そして……どうしましょうか

 いたたまれない。居た堪れない。


美遊「……どうしましょうか」


 それは彼女も同じだったようだ。あえて視界に入れないようにしていた横をちらっと見ると、彼女は口を強く結び、膝の上で揃えた両手を見つめていた。なんだか入学式に緊張する新入生のようで愛おしい。否、面白い。


美遊「どうしましょうか」


 私は隣の友人……ではなくなったのでしょうか。遊真に尋ねます。腿の上で両手を組んだ彼は、できるだけこちらを向かないようにしているようでした。少しかわいいです。いえ、とてもかわいいです。


遊真「……どうするって、一体何を?」


 俺は何をどうすべきか大体予想はついていたが、間違っているととても恥ずかしいので念の為に訊く。その質問に答えることが恥ずかしいことなのは承知の上である。ごめん。


美遊「謝る必要はありません」


 そう私は前置きし、続けます。


美遊「どうにかすべきなのは、この物語の終わり方と、終わったあとのこの物語が現実に与える影響の2つです」


 私は答えます。答えることは恥ずかしい? そんなことはありません。大丈夫です。冷静になりましょう。今こそ心からの無表情になりましょう。


遊真「結局、この物語はどういう形でエンディングを迎えるんだ? 第4話の終わり方は、正直、このままフェードアウトしてもよかった感じがしたのだが」


 あの終わり方……というより第4話終盤のあのアレはとても恥ずかしいものだった。映画とかならそのまま窓の外にフォーカスを移してエンドロール、みたいな終わり方が許されていそうな感じだった。正直、早くフォーカスを移してほしい。


遊真「そしてこの物語が完結して、それを読んだ文芸部の先輩などは俺らをどう見るか。考えただけでも恥ずかしさで死んでしまいそうなのだが」


 インターネットで公開するのはまだ良い。流石に名前だけでは俺たちを特定できやしないだろうし、ただ「こんなやつらもいるのかー」程度で終わるだろう。終わってくれ。

 しかしこれは、「文芸部の幽霊部員なこやつが自身の立場を守るために作ったその場しのぎの創作物」であり、きっと文芸部の先輩たち、もしかしたら顧問の先生も読むことになるだろう。


美遊「落ち着きましょう。大丈夫です」


 彼女は――この呼び方はもうただの三人称単数ではなくなってしまったのだろうか――なぜか「大丈夫」だと言う。


遊真「なぜ大丈夫なんだ?」

美遊「第1話で言ったことを覚えていますか? これは厳密なノンフィクションではなく、ところどころ『脚色』しているということになっているのです」

遊真「ほう……つまりは……」

美遊「物語の中の私達の行動は、現実と全く同じというわけではありません。つまりこれは、ただ、物語の中の私達がより親密になった、というだけだとすることもできます」


 私は今、本当に無表情でいられているのでしょうか? 顔から火が出る、という慣用句通りとてもあついのですが。


 俺は彼女のその言葉を聞き、いろいろと感じた。それはもう、いろいろと。「ばれないだろうか」とか「ばれるのではないか」とか。「なかったことにすべきか」とか「なかったことにしたくない」とか。


 私は彼の入力した地の文を読み、もう逃げられない気がして、もう捕まえてしまったような気がして、少しうれしくなってしまいました。


美遊「大丈夫です。これはただ、物語の中の私達が、地の文の私達が、より親密になっただけだ、と言い訳することができますから」


 彼女の言葉は先程と比べて弱い気がした。そんなところもまた感じる。


遊真「つまり完結させたこの物語を先輩に読ませるときに、『これはフィクションも多分に含みます』と警告しておけば問題なくなるということか?」

美遊「そのとおりです」

遊真「無理があるだろ」

美遊「ありません。……ありません」


 遊真のじとっとした目線から逃げるように、私は目をそらします。「それに……」と私は心のなかで思い、地の文に書きます。部長さんが書くように、副部長さんが読むように、私は今、とても楽しんでいます。特に何にも興味のなかった私が、今、こんなにも楽しんでいます。少しくらいは……見せびらかすような真似をしても……。


 俺はその言葉を読み戦慄する。


遊真「見せびらかすって何だよおい」

美遊「私は遊真のことが好きです」


 照れながら怒った遊真を、愛の告白で黙らせます。


美遊「そして、この様子は第三者からはラブコメのワンシーンに見えることでしょう。つまり私達は第三者機関からは恋人認定されるということです」

遊真「やめてくれ」

美遊「やめたいのですか?」

遊真「やめたくはないがやめてくれ」


 私の遊真は私から距離を置こうと、椅子の上で身をよじります。

 そんな遊真を逃すまいと、私は彼の頬を両手で挟むように捕まえました。


美遊「……」

遊真「……」

美遊「……私は……」

遊真「こういったことは俺から先に言わせてほしい」

美遊「了解しました、遊真」

遊真「俺はこの物語を封印し、美遊には悪いが文芸部をやめていただきたい」

美遊「いやです」

遊真「俺はこの関係を、ただのバカップルだと冷やかされたくない」

美遊「それには同感です」

遊真「俺はこの関係を、曲がりくねっても、細く長く続けたい」

美遊「……ずっと前から思っていましたが、貴方は本当にかわいらしい喋り方をしますよね」

遊真「いろいろとツッコみたいのだが。まずその『貴方』って呼び方をやめてもらえないか?」

美遊「貴方のことが好きです」

遊真「」

美遊「ほらなんとか言ってください。貴方の番ですよ、遊真」

遊真「」

美遊「今の状況を読者に説明しますと、真っ赤な顔の遊真が私の瞳をじっと見つめて、私は、彼に愛の言葉を囁きたくて仕方がないという顔をしています」

遊真「相変わらずの無表情だぞ」

美遊「ではそんな私を笑わせてください」

遊真「善処する」

美遊「そんな私を乱れさせてください」

遊真「調子に乗るな」

美遊「そんな私を、愛してください」

遊真「もうしている」

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放課後教室ダイアログ 柊かすみ @okyrst

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