第4話 - そして対話を

 俺はどんな言葉をかければいいのかわからなかった。


 どんな言葉もかける必要はありませんよ。最初に言ったとおり、「大した理由」ではありませんから。私が母の情熱に根負けし、私が先輩たちの情熱に勝手に負けた気分になり、今は遊真に情熱を燃やしている。ただそれだけです。


 それを受けても、俺は何かしら言葉をかけたくなった。

 俺は特に何にも興味がなく帰宅部を選んだ身だ。「入りたくもない部に入るのは嫌じゃなかったのか」、「入りたくもなかった部で活動するのは嫌じゃなかったのか」、「俺で良ければいくらでも話し相手になってやる」、「けれどそれは根本的な解決にはなっていないのではないか」、「他人様の事情に首を突っ込むのは良くないのではないか」などなど。地の文にも書ききれないほど、思ったこと、伝えたいことがあったが、どれも口にして良いものかわからなかった。なので俺は地の文に書いた。


 私は隣の遊真が入力した文章をじっくり読みます。遊真は私よりもしっかりとした「自分」を持っているようです。私にも他人の厚意を、他人の熱意を、自分のために突き放すような勇気があったら、もっと違っていたのかもしれません。


 彼は第3話の最後の辺りで、私の表情を注視していました。変わるわけなどないとわかっていたでしょうに、それでも見てくれていました。


美遊「なぜですか?」


 俺は彼女のその問いにこたえなければならない。心の中でではなく、地の文ででもなく、きちんとした言葉で、この口で。


遊真「……俺はお前が、美遊が、何を感じ何を考えているのか知りたい。結果として顔を見るだけではわからなかった。けれど、知るための努力はしなければならないと感じたんだ」


 俺は精一杯、言葉を選んで紡いだ。


美遊「なぜ知りたいのですか?」


 私はそんな遊真に更に訊きます。追い打ちをかけているようだというのは自覚しています。ごめんなさい。地の文で謝っておきます。


遊真「俺もまた、美遊との対話が大好きで、情熱を燃やしているからだ」


 言いながら、勇気がないのは俺も同じかもしれないな、などと考えていた。俺はきっと今、逃げている。逃げるわけには行かない。逃してほしくない。


 聞きながら私は、もしかしたら遊真も、と感じました。私はきっと今、チャンスを手にしている。逃したくない。逃すわけにはいかない。

 私は彼の頬を両手で挟むようにして捕まえました。


美遊「……」

遊真「……」

美遊「……私は……」

遊真「こういったことは俺から先に言わせてほしい」

美遊「了解しました、遊真」

遊真「俺は美遊をもっと知りたい。もっと話したい」

美遊「はい」

遊真「俺はこの感情を単なる好奇心とは呼びたくない」

美遊「はい」

遊真「俺はこの感情を、恋と呼びたい」

美遊「……最初から思っていましたが、貴方は本当に堅苦しい喋り方をしますよね」

遊真「その『貴方』って呼び方、今はやめてもらえないか?」

美遊「遊真は本当に不思議ですね。いくら話しても話し足りません」

遊真「そうか」

美遊「……最初から思っていました。遊真は本当に不思議な面白い人です」

遊真「そうか」

美遊「私も遊真をもっと知りたいです。もっと話して、深いところまで理解したいです」

遊真「そうか」

美遊「そして私も、この感情を恋と呼びたいです」


 そう言った私は、彼を逃すまいと引き寄せました。


 そう紡いだ彼女の唇は、俺を逃さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る