第3話 - 次こそ経緯を
美遊「それにしても、第2話の終わり方は見事でした。もしかして遊真には私よりも物語を書くセンスがあるのではないですか?」
彼女は俺の隣で呑気に言う。俺は重大なことに気がついてしまったというのに。
美遊「『重大なこと』とは?」
また首を傾げた彼女の髪が腕にかかる。鬱陶しいことこの上ない。心臓に悪いことこの上ない。
美遊「髪は女の命と言います。その髪を『鬱陶しい』だなんて、ひどいことを書いているという自覚はないのですか?」
私は遊真に、女の子の権利を振りかざします。実際、髪をかけられて鬱陶しいと思う気持ちは理解できるものです。しかし、それを地の文に書くのは違うと思うのです。心の中で思うにとどめてほしいのです。
遊真「地の文でなく心の中でなら許されるのか。まったく、この書き方はわけがわからない」
と、俺は頭を抱える……ことは狭くてできないので、物理的に頭を垂れる。決してこやつにへりくだっているわけではないことは明記しておく。
遊真「重大なことっていうのは、このわけがわからない地の文の書き方のことだ」
俺は早速本題に移る。そういえば、第2話では結局、本題である経緯について語り合えなかったな。
美遊「書き方と言うと……もしかして、『どっちが書いているのかわからない問題』のことですか?」
私は、少し前から思っていたことを口にします。
遊真「お前も少し前から思っていたのか。そのことだ。会話文は先頭に俺たちの名前を書くことで明確に区別している。お前曰く『ダイアログ形式』だ。が、地の文はそういう形式をとらなかった。それゆえ、実際に読んでみるまでどっちが書いたことなのかわからなくなってしまっているのだ」
美遊(では地の文でもこのように名前を書いて区別できるようにしてはどうでしょうか)
遊真「ただそれだと俺たちの名前、特に『遊』という文字がゲシュタルト崩壊しそうなんだ。もっとスマートな解決策が欲しい」
美遊(ゲシュタルト崩壊……文字が頭の中でエンジョイしてしまう現象でしたか)
遊真(エンジョイ言うな)
美遊(それにしてもこの書き方、脳内に直接呼びかけているかのようで、地の文らしさがありません)
遊真(……実は俺、あぶらっこいものは苦手なんだ……)
美遊「ふふっ。遊真ってなんだかかわいいところもありますよね」
なぜそれをわざわざそれを口にしたのか理解に苦しむ。心の中で思うにとどめるのではだめだったのか? せめて地の文にとどめてほしかった。
美遊「それはそうと、ちゃっちゃとどちら視点の文章なのかを簡単に見分けるよい方法を考えついてください」
遊真「無茶を言うな」
しばらく読めば、一人称や口調や内容からどちら視点かは区別がつく。しかし読まなければ区別がつかないのはよろしくないだろう。といってもなかなかいい案は思いつかない。
組版……というのでしょうか? 文字の大きさや色、寄せなどで区別をつけさせることができるとよいと思ったのですが。
いや、それはできない。どうやらこの小説投稿サイトにはそういった機能はない。
そうでしたか、残念です。
遊真「ちょっと待て、なぜ俺がお前より投稿事情に詳しいんだ? これはお前が書かなければならない物語だろう? これはお前のアカウントだろう?」
美遊「……そうですね……」
そして私は、これを書くことになったきっかけを思い返します。
遊真「回想で説明するのか。まぁ構わないが」
そして私は、「きっかけ」と呼べるほどのものがないことを思い出します。この状況は成り行きにより徐々に作り出されていったものでした。
遊真「諦めるの早すぎるぞ」
仕方がない。
遊真「この作品……と呼べるものなのかわからないが、これを書き終えたらどうなるんだ?」
俺は、隣で遠くを見る目をしている彼女に問いかける。とは言っても、この企画を持ちかけられたときに俺は聞いたことなのだが。物語としてまとめるためにもう一度聞く。……結局、「俺が彼女に適当に質問を投げかける」という、断ったはずの指示通りのことをしなければならなくなっていた。
美遊「私がこれからも文芸部に所属し続けられるようになります」
と、私は簡潔に答えます。
それを受けて俺は、
遊真「なぜこれを書かなければ文芸部に所属し続けることができないんだ?」
これまた簡潔に質問する。
これを繰り返していけば読者への説明になるだろう。
美遊「私が文芸部の活動に一切全く顔を出していなかったからです」
遊真「なぜ文芸部の活動に参加してこなかったんだ?」
美遊「文芸部の活動に魅力を感じなかったからです」
なるほど。ここからは俺も知らないことになる。
美遊「正確には、文芸部の活動よりも遊真との対話のほうが私にとっては魅力的だったのです」
なりゅほど。
美遊「私、遊真が動揺しているところを見るのが癖になってしまったかもしれません。これからも末永くよろしくお願いします」
私は本心からそう伝えます。
それに対し俺は、「たちが悪い」と地の文に書くぐらいしかできなかった。
遊真「本題に戻ろう。なぜ文芸部を……辞めないんだ?」
俺がこの、「私達の対話を物語にしましょう」という話を持ちかけられたときからずっと疑問に思っていたことを、ついに聞く。なんとなく聞きづらかったのだ。
美遊「大した理由ではありません」
私はそう前置きをし、数ヶ月前、高校に入学したての頃を思い返します。
美遊「この高校は私の母の母校で、母は当時、文芸部に所属していました。そこで運命的な出会いをし、結果として私が生まれました。その思い入れによるものでしょう。私がこの高校に入学した際に、文芸部に入るように強くお願いされました」
彼女はそこで一旦話を止める。まっすぐに前を向いた無表情は、何を考えているのか、何を感じているのかわからない。
美遊「私は文学に興味がありません。いえ、文学だけではありません。私は特に何にも興味がありません。なのでなんの部活にも所属しないつもりでした。しかし、あの母の目に込められた情熱を前に、私は何も言うことができませんでした」
彼女は目を閉じ、深く息を吐く。
美遊「一応、文芸部に入部しました。私を含めて3人のとても小さな部です。部長さんは真面目な方で、自分で物語を書いたり詩を書いたりしていました。副部長さんは書いたりはしていない様子でしたが、いつも何かしらの分厚い本を読んでいました」
彼女は目を閉じ、深く息を吸う。
美遊「私には、そんな真面目な方々の中に入ることなどできませんでした。私は私で、魅力的なものを求めてふらふらと歩きました。『本屋に行く』とか『友人に本を貸してもらう』などの理由をつけて」
遊真「……いつかのあれはそういうアリバイ工作だったんだな」
俺は数週間前の出来事を思い出す。いつものように放課後の教室で彼女と語り合っていたときのこと。教室にやってきた生徒――リボンの色が違ったから先輩なのだろう――に対して彼女は「彼に貸した本を返してもらっていました」と言った。実際には、俺は本を借りてなどいない。が、「感想を言い合っていた」という嘘をついて彼女は先輩を誤魔化したのだった。
そのとおりです。あの先輩が副部長さんです。本を読み合う楽しさを理解してくれていたおかげで誤魔化すことができました。
美遊「……私も、部長さんが書くように、副部長さんが読むように、楽しみを求めたのです」
そして彼女はこちらを向き、続ける。
そして母が父と出会ったように――
美遊「私は遊真と出会いました。私はどうしても、今のままがいいです。母にも部にも邪魔されることなく、今のままがいいです」
話をする彼女は相変わらず無表情である。
話を聞く遊真も、無表情でいてくれています。
美遊「しかしいつまでもそういうわけにもいきません。私は入部してから一回も部内外の執筆コンテストに参加しておらず、一回も読了報告をしていません」
彼女は無表情である。
美遊「過去、何度も先輩を騙した私ですが、嘘の報告ができるほどの卑怯さは持ち合わせていません。しかし、書きたくもない物語を書きたくはありません」
彼女は無表情である。
美遊「ですので、私と遊真の対話を、私の大好きなものを、そのまま物語にしてしまいたくなったのです」
彼女は無表情である。
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