第2話 - 次に経緯を
美遊「さて。それではなぜ私が、こんな面倒なことをしなければならなくなったかを説明していきましょうか」
遊真「それはぜひとも聞かせていただきたい。なぜ俺が、お前の面倒事に付き合わされなければならないのかわからないのだ」
美遊「それでは、遊真が私にいい感じの質問を投げかけてください。それに私が答えるという形式でいきましょう」
遊真「随分と漠然とした指示じゃないか。別に俺にはお前の指示をきかなければならない理由などないのだぞ」
美遊「仕方がないじゃないですか。ダイアログな形式で書くと決めてしまった以上、地の文を使うわけにはいかないのですよ」
私はゆっくり諭すように言うと、肩が触れ合うほどすぐ側で眉をひそめる友人に顔を向けます。その距離の近さもあり、結構な角度で曲げた首が痛いので早く場面を進めてください。
遊真「地の文は使わないんじゃなかったのか? 更に言うと地の文の使い方を間違えているのではないか?」
俺は、至近距離でじっとこちらを見つめてくる無表情をなるべく気にしないようにしつつ、タブレット端末の外付けキーボードを叩く。無表情な中にもその機嫌の悪さを感じ取れるのは、ここ数ヶ月間、毎日のように放課後を共にしたからだろう。
美遊「なかなか乗り気ではないですか。しかもしれっと私との関係の長さをアピールしていますし。私は遊真の順応性を見くびっていたようです」
私は努めて明るく笑顔で言います。数カ月もの間、毎日語り合った仲だというのに、まだまだ知らないところもあるものです。驚きと、少しの寂しさと、大きな期待を胸にいだきます。
しかし俺の目には、その自称笑顔は見慣れた無表情にしか見えなかった。これでも胸に大きな期待をいだいているらしい。俺は彼女の表情筋のなさを見くびっていたようだ。彼女のたった一人の友人として頭を抱えたくなる。
美遊「実際には抱えないでくださいね。狭いですから」
私は念の為に忠告します。いくら椅子は共有していないといっても、一つのキーボードを奪い合うようにして書いているためどうしても窮屈な思いをするはめになります。この状況で大げさに頭を抱えられては、肘がキマります。
とっても残念なことに、この学校指定のタブレット端末には、文書をリアルタイムで共同編集するような機能は搭載されていないようです。なのでこの窮屈は諦めるしかありません。仕方がないのです。
遊真「学校指定のモノというのはどうしてこうも使いづらいのだろうな」
……まったくです。
俺はふと、「この様子は第三者からはラブコメのワンシーンのように見えるだろう」と言われたことを思い出す。
思い出してしまいましたか。
思い出してしまった。確かに、隣の無表情は整っている。
美遊「そんなことを書かれると照れてしまいますね」
しかし照れているはずの彼女の顔は相変わらずの無表情である。
美遊「そんなことはないはずです。もっとちゃんと見てください」
彼女はそう言うと更に身を寄せ、こちらをみちゅめてくる。
? もしかして、ドキドキしてしまいましたか? 打ち間違えてますよ。
遊真「ドキッとはした」
大きな黒い目が黒い前髪の奥から覗いてくる。そしてそれらとは対象的な白い肌はきめ細かく、けれど表情筋は一切の緊張もしていない。やはり、いくら見てもその顔は無表情としか言いようがない。
「過去になにか辛いことがあったのではないか……」と思わず勘ぐってしまうほどの有り様だが、
美遊「そんなことはありませんよ」
と、私はすまして答えます。五体満足、大病を患ったこともなく、家族親族も程度の差はあれみな健康。先程から私のことを褒めちぎるこの友人も、見たところ健康体そのものです。私の人生はまったくもって「普通に幸せ」だと思います。
俺は決して褒めちぎっているわけではない。ただ物語っぽく情景を描写しただけだ。
そうですか。
そうだ。俺の目には無表情にしか映らないその「自称すまし顔」は
関係ないですがさっきの連携、とても気持ちよかったです。
遊真「人が書いているときに邪魔をしないでくれたまえ。まぁ確かに良いバトンタッチができたとは思うが」
話を戻そう。
無表情だが整った顔立ちをしている彼女と放課後の教室で、こうして身を寄せ合っている様子は、傍目にはラブコメのワンシーンのようにも見えるかもしれない。が、決してそんなことはない。
でもさっきドキッとしませんでした?
決してそんなことはない。なにせこやつは、自身の所属する文芸部に一切全く顔を出さないために起きた問題を俺になすりつけてくる、そのおしとやかそうな見た目とは裏腹に人使いの荒い非常識な人間なのだ。
美遊「文芸部の話を出してくれてありがとうございます。いい流れです。このままタイトル通り、経緯を説明していきましょう」
と、褒めたり貶したりと忙しそうにする遊真をよそに、私は話を進めようとします。しかし、私と文芸部とのドラマチックな軋轢は簡単には説明できそうにありません。どうしましょうか、と私は首を傾げます。
すると彼女の長い髪が、キーをタイプしようとした俺の腕にさらりとかかる。まったく、この距離は心臓に悪い。
美遊「またドキッとしちゃいましたか?」
遊真「普通に驚くからな」
と、遊真は少しつっけんどんな態度をとります。先程は素直に「整った顔」とか「おしとやかな見た目」とかと評してくれたというのに。これが男の子のココロというものなのでしょうか。
なんとか言ってください、遊真。それかなんとかタイプしてください。
ほら、何をいじけているのですか? もうとうに2000字を越えています。はやくタイトルに書いたことを済ませてしまって気楽になりたいのですが。
遊真「ちょっと貸せ」
そう言い遊真はわt
そう言い俺は隣で好き勝手やっている彼女からタブレット端末と外付けキーボードを奪い、一つ離れた席へ移る。全く、調子が狂わされることこの上ない。
美遊「……もう少し……側にいたかったのですが……」
彼女はたちの悪い冗談を言いながら、一人、空いた机に頬杖をつきこちらを見つめる。
さて、そんな、話を進める気がないようにしか見えない彼女に代わり、俺が、彼女と文芸部の間に起きた現在進行系で解決中な問題をまとめていきゅ
美遊「こうすれば横には狭くありませんね。もっと早くに気がついていればよかったです」
私は、遊真に覆いかぶさるような体勢でキーをタイプします。私を背中に乗せる遊真は不機嫌そうに唸っていますが、私はそれを無視してもう少し楽な体勢を探ります。
遊真「ひゃっ!?」
私が遊真の脇に腕を通すと、遊真は情けない声を上げます。
遊真「当たり前だ馬鹿! 何をいきなり抱きついてくるんだ」
そんな声も聞こえますが、無視してもう少し楽な体勢を探ります。後ろから脇に腕を通した、遊真曰く「抱きついた」ような体勢は、私よりも体の大きい遊真によって前がほとんど見えなくなってしまうため却下となります。
遊真「ひゃっ!?」
私が遊真の脇に通した腕を抜くと、遊真はこれまた情けない声を上げます。少しかわいいです。
遊真「お前ふざけるのも大概にしろよ。話を進めるんじゃなかったのか」
台詞だけ見れば怖いことを言ってきます。ですが、その声は震えその顔は赤くなっているため、全く覇気がありません。少しかわいいです。
美遊「ちょっと机どかしますね」
私はそういうと、遊真の返事を待たずに端末の乗った邪魔な机を押しのけ、遊真の膝の上に座ります。
美遊「おぉ……これはよいものですね」
遊真「ふざけるな」
俺はやっと奪還できたきーぼーおdを浸かって講義を始める。たぶえrっとたんまつが見えないので変換もまともにできない。
美遊「もうすこし足を開いてもらえませんか? その間に私が挟まれば、遊真も前が見えるようになると思います」
美遊「ご協力、感謝します」
と、遊真の膝の間にすっぽりと収まった私は感謝の言葉を後方へ投げかけます。これは予想以上に居心地のよいものです。
と、膝の間に収まったこやつは「ふぅ……」と満足げに息を吐いているが、俺にとってはあまり居心地の良いものではない。なにせ前に座った彼女の肩に顎を乗せるような形になっていて……
遊真「もう少し頭をずらせないか? 息がしづらい」
美遊「これでも結構傾けているのですが、もっとですか?」
遊真「髪の毛がくすぐったいのだ」
美遊「そういうことなら我慢してください」
遊真「えぇ……」
俺にとってこれは相当深刻な問題であるにも関わらず、彼女は聞いてくれない。先程話した「理由」は結構オブラートに包んだものなのだが……地の文で言わせてもらうとすると、鼻をくすぐるのは物理的な髪の毛だけではないのだ。
美遊「どういう意味ですか?」
遊真の、非物理的な何かにくすぐられているというような言い回し(書き回し?)に首をかしげたくなります。実際には狭くてできませんが。
遊真「なんと言えば良いだろうか……」
俺はキモくならないよう慎重に言葉を選びながら続ける。
遊真「今、俺の脚の間には女の子が座っているわけだ。そして、俺は前を見るためにその子の首の横から顔を出しているような状況にあるわけだ。となると、その……」
俺は「キモくならないように」と言葉を選んだつもりだったが、既にもう手遅れな気がして死にたくなる。
美遊「私は遊真を気持ち悪いだなんて思いませんので続きをどうぞ」
と、私は遊真を安心させようと声をかけます。本当は目を見てしっかりと伝えたいのですが、残念ながらこの体勢では振り返ることはできません。
遊真「……ほら、ラブコメラノベとかにあるだろう? 『女の子の甘い匂いが鼻孔をくすぐる』、みたいな表現。……あれだ」
死にたい。
死にたい。
美遊「……そういうことでしたか。やはりこの作品のジャンルは『ラブコメ』であっていましたね」
彼女は立ち上がりながら言う。俺は彼女の小さな背中を恐る恐る見上げる。顔は見えない。見えてもそれはいつもの無表情だろうが。しかし、俺を嗤うような雰囲気でないことはその背中から伝わってきた。死ななくてもよさそうだ。
美遊「それにしても、物理的な『くすぐる』と慣用句的な『くすぐる』ですか。もしかして私よりも文才があるのでは?」
彼女が冗談っぽく言う。が、未だにこちらに振り向こうとしない。やっぱり死んだほうがよいだろうか。
と、彼女は近くの椅子を俺が座っている椅子の隣に引きずってきて、座る。そして、
美遊「やっぱり、こうして顔を見ることができる隣同士のほうが、私は好きです」
彼女の目は笑っているように見えた。
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