第2話 告白されました

 琴弓と付き合いだしてから早二か月。今は修学旅行で北海道に来ている。


 付き合うまでの月日が後押ししてくれたのか、付き合い始めのぎこちなさなどはあまりなく、今までと変わらないライフスタイルを貫いている。

 と言うよりは、付き合う前から二人で出かけたこともあったし今までの友達としての遊びがデートという名前に変わっただけで、やっていることはそこまで変わらない。


 少し変わったのは時折見せる照れ笑いや、周りに人がいないときに手をつなぐようになった事だろうか。


 修学旅行は北の国と言うだけあって空気が全然違うし、何よりも学生ではなかなか来れない場所に来たのだから心躍るというものだ。

 ただ、琴弓はあまり周りに騒ぎ立てられたくないとからと付き合っていることを大ぴらに後悔する事を拒み、俺は内心では自慢したくてしょうがないわけだがこういった時も必要以上には話さないように心掛けている。

 隠す事に最初はいくばくかの抵抗もあったが、実際には付き合う前も話などはしていたからこれも一週間位もすれば慣れていた。


 そんな状態で付き合っていたせいもあって、たまに「付き合うってなんだろ?」なんてことも頭によぎるときはあったけど、好きだという気持ちを共有できているだけで俺は幸せだと思えた。


 周りに気付かれることもなく、修学旅行も終わり家へと向かう。次の休みには琴弓とデートの約束をしていて、その時に修学旅行の感想や思い出話に花を咲かせる予定でいた。これには琴弓も嬉しそうに微笑んでいたから次の休みが待ち遠しくてしょうがない。


 ──そのはずだったのに。


 デート当日を迎え、待ち合わせの場所へと足早に向う。

 予定では10時に告白した公園で待ち合わせをし、適当にぶらついてから昼飯を食べながら駄弁るといったいつもと変わらない予定だ。


 それなのに、今の時刻は昼の12時を回っている。


 あまりしつこいのも嫌だったから到着した時に《今着いたよ》と連絡を入れておいたのだが、返信は来ていない。


 (──交通事故にでもあったんじゃないよな?)


 そんな不安が頭をよぎり、咄嗟に電話を鳴らしてみるも出る気配はなかった。


 いてもたってもいられず、琴弓がここの公園に向かう時に通るであろう道を調べ、急ぎ足で家へと向かう事にした。もし交通事故にあっていたり、何かしらのトラブルに巻き込まれているのだとしたら見つける事が出来るはずだ。


 この公園から琴弓の家までは徒歩30分位だろうから走っていけばもっと全然早く辿り着くはずだ。


 息を切らせながらも若さだけを頼りに走り、辺りを見渡していくも琴弓の姿は見当たらなかった。

 そして気付けば琴弓の家の前まで辿り着いてしまった。


 クラスメイトの何人が知っているのかは定かではないが、琴弓の実家はさびれている。家自体は古くも無いし古くもない。剛志も一度も中に入れさせてもらったことは無いのだが、外から見てもカーテンが外れていたり、縁側にごみが散乱していたりと少し荒れているような気がして深くは聞けていなかった。


 そんな家を眺めながら意を決し、チャイムを鳴らしてみる。


 だが、チャイムが壊れているのか何度押してもチャイムが聞こえず、もう一度スマホで電話をすることにした。


 結果は相も変わらすだった。


 その日、道を変え二度にわたり公園と琴弓の家を往復しては見たのだが、どこにも見当たらず、その日は帰宅することにした。


 電話に出ないだけでこんなに心乱されるとは全く考えていなかった俺としては不安と驚きと「ごめんね、気付かなかった」なんて言葉が来るんじゃないかと言う淡い期待が渦を巻いていた。明日学校で会ったら話を聞いてみようと不安に駆られる胸を押さえつけ、ベッドに横たわるも寝れるはずなどなかった。




 翌日、教室の扉を開き室内を見渡して見るが琴弓が見当たらず、小さな溜息を吐きながら席へと向かう。


 「おい剛志、なんか今日元気ねーな?どうしたよ?」


 机の横に鞄をぶら下げていると背中の方から聞こえてくる。

 彼は須藤 拓馬すどう たくま。校則を気にすることなく髪を茶髪に染め上げ、吊り上がった目からも誤解を受ける事が多いいが、犯罪など犯すことなく、将来を見据え、言いたいことはちゃんと言う。剛志から見ても男子の中で憧れを持つ唯一の友人だ。


 「いや、そんなつもりはなかったんだけどそう見えるか?」


 「あぁ、俺の目にはどこをどう見ても元気のない友人が目の前にいると思うんだがな~」


 俺が椅子に腰を掛けながら話すと、聞くまで逃がさないぞ、とばかりに机に腰を掛け見下ろす体制になっている。


 「そんな風に見えるのか。 ──そういえば琴弓見なかった?」


 拓馬は俺と琴弓が昔から同じ学校にいるのを知っているからこういった質問でも関係がバレるなんてことが無いから気楽に接することが出来る。


 「あーそういや見てねーな。いつもなら俺より早く来てた気がすっけど・・・」


 「そっか・・・」


 その後は話を逸らし、今旬である将来の道について駄弁っていると、朝礼のチャイムと同時に扉の開く音が聞こえ、駄弁っていた生徒が一斉に自分の席へと着席した。


 担任の教師が教卓の前で名簿を置くと教室内を見渡す様に眺め、真剣な面持ちで口を開いた。


 「えー、こんな時期に悲しいお知らせなんだが、林 琴弓が急遽転校することになった。なんでも家庭の都合らしくてな。せめて別れの挨拶位と進めては見たんだが、時間的に都合がつかないらしい。それでもだ、同じ地球に住んでいるんだ、いずれどこかで会った時にはみんな笑顔で話してやれよな」


 (・・・えっ? 今なんて言った?)


 淡々と述べた担任が出席確認を始めているが、時が止まってしまった。


 そんな話は一度も聞いてなかったしいくら何でも唐突すぎる。理解なんて追いつく訳も無いし、はいそうですか。なんて絶対に言えるわけないだろう。


 もちろん学校が終わるまで授業なんかまるできこえなかったし、もう一度連絡を入れておいた。


 《いま担任から聞いた。いきなり何があったんだ? 教えて欲しい》


 そんなメールを送っておいた。




 その日の夜、風呂から上がり自室で唸っていると「pppppp」とプリセットの設定そのままの着信音が鳴り、急いでスマホに飛びついた。

 琴弓だったら名前が表示されるはずだが、そこには見覚えのない知らない番号が表示されているだけだった。

 勝手に裏切られような気持ちで電話に出て、そっけなく「金井ですけどどちら様ですか?」とだけ言う。


 「・・・」


 返答も帰ってこない辺り、いたずら電話だろうと「悪戯なら切りますからね」と伝え、通話終了のマークをフリックしようとた時──


 「・・・ごめんね、連絡遅くなっちゃって」


 通話口から微かに聞こえてきた声に指が止まり、急いで耳へと戻す。


 「・・・琴弓? 琴弓だよね?」


 「・・・うん」


 聞こえてきたのは、そんなに経っていないのに懐かしく感じた声。安堵と声が聞けたことに対する高揚感が一気に押し寄せ、ちょっとだけ涙が出そうになってしまった。理由はまだ分からないけど、会話ができるならこれからゆっくり聞けばいい。


 「心配したよ。良かった無事で」


 「怒らないの? 急に転校なんかしちゃったのに」


 「怒るなんてしないよ。何か事情があったんだろ?」


 「・・・うん。話・・・聞いてくれる?」


 今までに聞いたことのない声音をしていることに一抹の不安が体を走り抜けるが、話しを聞いてみない事には何も分からないと思い先を促した。俺は何が来ても構えて居よう。とだけ心に決めて。


 「実はね──」


 琴弓の言葉一つ一つを掬い上げる様に耳に届けていると、言葉が出てこなくなってしまった。


 琴弓曰く、両親が小さい時に離婚してから、ずっと父と一緒に住んでいたらしい。男親だから多少荒れた感じになるのはしょうがないのかな?なんて琴弓の実家を思い浮かべながら聞いていた。

 その父も最初は頑張っていたみたいだが、突然琴弓に暴力をふるう様になったらしい。それが中学校の時の話なんだとか。


 ──ずっと見ていたはずなのに気付けなかった・・・。


 初めて暴力を受けた時から露出する部分を避けていたらしく、また、琴弓も見られるのが嫌で隠し続けたのだとか。


 その暴力も年々増加していき、俺と付き合う頃にはほとんど毎日体のどこかを殴られていたらしい。


 ここまでの話を聞いただけで、俺は涙が止まらなかった。怒りとかよりも先に自分が情けなかった。付き合う前も、付き合ってからも一度も気付けなかった。あんなに傍にいたのに、何もしてあげられなかった。そんな想いで胸が溢れかえっていた。


 それからも話は続いた。


 高校最後の夏休みに突入した頃、酒に酔った父に無理やり犯されたそうだ。

 それが我慢できずに離婚した母に連絡を取り、そちらに行っていいか交渉を続けたそうだ。


 俺は自然と湧き上がってきた疑問をそのまま口にする。


 「じゃあなんで俺の告白をオッケーしたんだ?」


 「・・・それは頼りたかったんだと思う。一人じゃ辛くて嫌になっちゃいそうだったから」


 別にそれでもよかった。でも言ってほしかった。


 今辛いの、と。助けて、と。


 でもそれは違うのだろう。琴弓の信頼を勝ち得て無かったんだと思う。なんでも言い合える仲には至ってなかったんだと思う。


 「・・・ごめんな、気付いてやれなくて。ごめんな、守ってやれなくて」


 「その言葉だけでいいよ。──ありがと。それとさよなら」


 理解ができなかった。確かに俺は何もできなかった。

 だけど〝さよなら〟なんてするつもりなど毛頭ない。頼まれたってしたくない。


 「ちょっと待って! さよならってどういうこと!?」


 「えっ・・・。だって私、もう近くにいないよ? 剛志だってほとんど会えないよ?」


 俺たちはは高校三年。あともう少しで自由に動ける。それに元から大学になんて行く頭も無いし、就職しようと思っていた。だから俺はなにも問題ない。


 「構わない。学校卒業したら琴弓の近くで職を探すよ。それまでは会うの我慢するけど、もし、もしも琴弓が嫌じゃないなら分かれないで欲しい。さよならなんて言わないで欲しい」


 電話なのに沈黙が痛い。

 すぐに返事が返ってくると、心のどこかで期待していたのかもしれない。

 それが返ってこないってことは・・・そう言う事なのだろう。


 「剛志、まだ言ってない事が一つだけあるの。それを聞いてから剛志の気持ち聞きたい」


 躊躇っているような、どこか切羽詰まっているような、そんな声。

 それでも俺の答えは決まっている。


 「分かった。聞かせてくれないか?」


 あの日、公園から連絡が取れなくなった日。あの前日に琴弓は父に襲われたらしい。なんとか最悪の事態は避けられたそうだが、いてもたってもいられなくなった琴弓は着の身着のまま、母の元へと自電車で向かったらしい。

 自電車で母の元へと向かう途中、体に違和感を感じていた琴弓は母の元へと辿り着くとそのことを伝え、調べたらしい。


 妊娠の有無を。


 結果は陽性だった。


 たった一度、父に犯された時、それが新しい命を育んでいたそうだ。


 「でね、いろいろ考えたんだけど、私産もうと思うの。剛志の子供じゃないけれど、好きな人の子じゃないけれど、それでもこのお腹にいる子に罪はないじゃない。私には殺す事なんてできないもん」


 絶句とはまさにこのことなのだろう。

 好きでもない人の子を産み、愛情をもって育てられるのだろうか?

 俺はそのまま尋ねた。


 「大丈夫。それはお母さんにも言われたけど、もう決めたから」


 それを聞いて覚悟を決めようって、そう素直に思えた。


 「分かった。じゃあ俺も決めるよ。その子の父親になる。・・・っていうかなっていいかな?」


 電話越しに琴弓が嗚咽を漏らしたのが分かった。

 待たなきゃいけない。そう思ってもやっぱり琴弓にとっても、俺にとっても大事な事なんだ。琴弓の返事を、琴弓の言葉で聞きたい。


 「・・・本当にいいの? だって剛志の子じゃないんだよ?」


 ──なんだそんな事気にしてたのか。


 「だってその子は琴弓の子なんだろう? なら俺は少しでもその子を守りたい」



 *****


 ~~~一年後の夏~~~


 琴弓は元気な男の子を産んだ。

 名前は二人で決めて金井 希導かない きどうに決めた。


 俺はと言うと、今は工場勤め。

 夜勤などもあるから普通の所よりは初任給が良かったのが決め手だった。

 琴弓は三年ぐらいは子育てに注力してもらう事にした。


 今は古めの戸建てを借り、贅沢なんてできないけど笑って過ごせている。


 ただ一つ、あれから俺たち二人の間で一つだけ約束事を設けた。


 どんなに嫌な事でも、どんなに相手を傷付けたとしても、言い合える仲になろう。受け止められる仲になろうと。



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 最後まで読んで頂きありがとうございました。

 今回は恋愛小説にはまった自分がいまして、五時間で書いたものなので至らぬところも多々あるとは思いますが、何か感想等あればよろしくお願いいたします。

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