アンゴラス殺戮から逃れるオーガニックライフ

ちびまるフォイ

アンゴラス大量摂取者の末路

「君が今日からこの工場で働くバイト君だね?」


「はい、よろしくお願いします」


「うちの工場は広いからねぇ。

 ただ君は自分の持ち場で仕事をしてくれればいいよ」


「はあ」


「ここが君の持ち場だ。

 基本は機械がなんでもやってくれるから

 君は機械が停止しないかを見てればいいよ」


「わかりました」


噂通りの楽な仕事で安心した。

工場長が去ってから数秒で飽きてしまった。


工場のラインに流れてくる原料を機械が丸く整形する。

それを観察するだけの仕事。


「……これなに作ってるんだ?」


機械が熱心に作っているものが気になったので、

昼休憩のときに他の従業員に聞いてみることにした。


「なに作ってるかって? そりゃ"アンゴラス"だよ」


「アンゴラス? それなんですか?」


「さぁ、それは知らないな。

 オレらはアンゴラスを作っているとだけ聞いている。

 それがなんなのかは知らない」


「気にならないんですか?」


「ネットで調べて出てこないものは

 それ以上に調べるつもりはないんだ」


「そういうもんですか……」


「それに知ったところで何が変わるんだ?

 別に仕事は変わらないし、ふーんで終わるだけだろ?」


そうは言われたものの、一度気になったら

寝る前にいつも思い出してしまう厄介な性分もあり

工場長に問いただすことにした。


「君が作っているもの? それはアンゴラスだよ。

 家電製品のほうに使われているものだがね」


「アンゴラスってなんなんですか!?」


「いや、それは知らないよ。

 うちは工場であって研究所じゃないんだ。

 アンゴラスを頼まれた形に整形しているだけだ」


工場長ですらアンゴラスの正体は知り得なかった。

ここで作られたアンゴラスが家電に使われているらしいが。


「結局、なーーんにもわからなかったなぁ」


その夜、気を紛らわせるために晩酌をしていた。

ふとなにげなくコンビニで買った焼鳥の成分表を見てみる。


「鶏肉……乳化剤……アンゴラス……アンゴラス!?」


ほろ酔い気分が一気に覚めた。


「アンゴラスって、家電に使われるんじゃないのか!?

 食べ物にもアンゴラスって含まれるのか!?」


家電に使われるようなものを口に入れていいのか。

もしかしてボタン電池食わされているんじゃなかろうか。


ますます不安と恐怖が押し寄せてくる。


翌日、俺はバイトを休んだ。

焼き鳥の成分表の工場へ突撃するためだ。


「ちょ、ちょっと! ここは立ち入り禁止ですよ!」


「教えて下さい! アンゴラスってなんですか!?」


「あ、あんごらす!?」


「この成分表に書いているでしょう!?

 知らないとは言わせませんよ!

 この工場で使われているものにアンゴラスがあるはずだ!」


「あ……あっちだよ。なんなんだあんた……」


押しかけ工場見学すると、製造工程の途中にアンゴラス部分はあった。

大きな鉄の釜の中で機械がぐるぐると混ぜている。


中をのぞくと、赤黒いネチャネチャした何かが見えた。


「あれが……アンゴラス?」


「そうですよ。食品用アンゴラスですね」


「アンゴラスってどうやって作るんですか。

 畑からあの赤黒い物体が湧いて出てくるわけじゃないでしょう」


「アンゴラスの原料はあれです」


ちょうど窯へ機械が注ぎ口を動かした。

鉄の注ぎ口からはニュルニュルと赤い物体が出てくる。


「あれが原料……?」


「アンゴラスは"パルミエッテ"と"ラカンダブー"や

 "スンマパチッツ"を混ぜたものです。

 その配合率によって用途が変わるんですよ」


「ちょっ……わからない言葉を知らない単語で解説しないでください!」


「しかし、我々もそうとしか知りません。

 りんごジャムの原料の一部はりんご、というのと

 アンゴラスの原料の一部はパルミエッテ、というしかないんです」


「それじゃパルミエッテは食品なんですね」


「いやそれは……わかりません。

 アンゴラスを作るためにパルミエッテが必要で

 パルミエッテ工場から輸入しているに過ぎませんから」


「もうなんなんだよ!!」


いくら元をたどってもけして答えには行き着かなかった。

混合されたアンゴラスの原材料を調査しても、

パルミエッテすらなんなのか誰ひとりわからない。


もし、これがとんでもない危険性があったら……。


「どうしよう。もしもアンゴラスに発がん性や

 ものすごい危険な病気があったとしたら……」


かつて壁に使われたアスベストが健康被害を出したように。

かつて装飾品で使われたラジウムに放射能があったように。

かつて塗料に使われたヒ素が人を死なせたように。


「これだけたどっても元に行き着かないんだ。

 誰かが安全性を確かめてるとは思えない!」


あまりに怖くなって自分で試してみるしかなかった。


密閉されたケースの中に実験用のネズミを入れた。

アンゴラスを餌と水に混ぜて与え続け様子を観察する。


わずかな変化も見逃さないよう24時間観察を続けていた。


しだいにネズミは動きが遅くなっていった。


「これは……どうしたんだろう」


ちょいちょい手袋越しにねずみを小突いたりしても

反応が鈍くなって衰弱し、ついに死んでしまった。


「やっぱりだ……!! やっぱりアンゴラスは危険じゃないか!!」


あまりの衝撃に声が震える。

早くこの事実を伝えたいと思うものの恐怖で体がすくむ。


水を飲んで落ち着こうと水道をひねった。

コップに注がれた水道水は清潔そのもので透明だった。


「……まさかね」


ふと浮かんだ考えを試してみることにした。

おもむろにアンゴラス試験紙を水道水に沈める。


アンゴラ試験紙は紫色から赤黒く変色した。


「うあああああ!!! アンゴラスが含まれている!!!」


もっていたコップを落としてしまった。

俺はなにも知らずに毎日アンゴラスを飲んでいたなんて。


ケースに入れた実験ネズミと全く同じじゃないか。


急にギリギリと胸が苦しくなって息ができなくなる。


「ぐぁっ……これがアンゴラスの……副作用……!?」


どうしてアンゴラスをいくらたどっても答えが出なかったのか。


人間を知らず知らずのうちに殺して数を減らすことで、

得をするような悪いやつがいるんだろう。


そいつらはアンゴラスなどという隠語で煙にまいていたんだ。


そのことに気づいた俺は水道水のアンゴラス濃度を高められ、

アンゴラス中毒で暗殺されるんだ。


「ちくしょう……はやくこのことを……伝えないと……」


俺の意識は闇に消えた。




その後、病院で目が覚めた。


「気づきましたか。あなたは自宅で倒れていたんですよ」


「それより政府の黒幕は!?

 アンゴラス帝国からの暗殺者は!?」


「頭は大丈夫じゃなさそうですね。

 外傷はなかったんですが」


俺は医者にアンゴラスの危険性を語って聞かせた。

人間の寿命を短くするというおそるべき計画を明かしたところで医者は吹き出してしまった。


「あははは。あなた本気ですか。

 なんでそんな回りくどいことをしなくちゃいけないんですか」


「笑い事じゃないんですよ。

 現に俺が実験で使ったネズミは確かに死んだんです」


「いや、そのネズミの死の原因はアンゴラスじゃなくて

 あなたの観察が原因でしょう」


「は?」


「動物園で客に見られた動物がストレスで

 衰弱していくって話は聞いたことないですか?」


「そんなまさか……」


「水と事務的な食料を与えられて、

 過酷なストレス環境に晒されればネズミも死にますって」


「でもアンゴラスが原因だって可能性もあるでしょう!」


医者はやれやれとため息をついた。


「あのですね、もし仮に危険性があるとしたら

 今頃アンゴラス中毒患者で病床はいっぱいですよ」


「それじゃ俺はどうして倒れたんですか!

 それこそアンゴラスのせいじゃないですか!」


「いや、あなたもストレスです。

 ご自分の状況わかってます?」


医者が見せた鏡に映る自分はもはや別人だった。

げっそりと痩せこけて目だけがぎょろぎょろと大きい。


最後にまともな食事をした日すら思い出せない。


「そんな状況なんですから、栄養不足で倒れますよ。

 健康のためにアンゴラスを避けて生活して

 不健康で倒れるんじゃ意味ないですよ」


「そ、そうですね……」


なんだか体のつきものが落ちたような気がした。

たしかに自分は考えすぎていたのかもしれない。


「先生、俺やっとわかりました。

 全部……俺の考えすぎだったんですね」


「そうですよ。ただあなたの体は弱っているので

 しばらくはここで入院生活してもらいます」


すると、医者はなにやら注射器に液体を吸い上げ始めた。


「先生、その注射はいったいなんですか?」


「ああこれはあなたのための栄養補給ですよ。

 これを打てば元気になりますからね」


「待ってくださいっ。その原料は!? なんて薬なんですか!?」


医者はぽかんとした顔で聞いていた。

答えには呆れにも近い声色があった。


「"ペタミオパセゾール"です。

 それを聞いてなんになるんですか?

 原料は知りませんが、打つと確実に治りますよ」

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