最終話 エンドロールが流れない

「……悪は去った」


 星の彼方を見据えていたウノが、顔を下に向けて気だるげに首を振る。

 細く長い、ため息を吐き続けて、何もかもを出しつくしたあと、ようやくウノは心の底から安堵した。薄暗い闇に満ちた表情のかげりが消え、リエルに憑かれていた時のワザとらしい笑みも消え失せて、自然と柔らかな微笑を浮かべた。


「旅立ちましたね……本当にウノさまへのお礼は、これで良かったのですか?」


「ええ。あたしは、このために戦いましたから。ハハッ……やっちゃった……」


 問いかけてきたレーシュに、ウノは決然とした答えを返して思う。


 長い戦いだった。最後の瞬間まで殺意が消えなかったのは、あの煩わしいヤツが頭の中に居たおかげだったのかもしれない――苦笑しながら、馬鹿な仮面を心につけて活動していた間の出来事を振り返る。


 何一つ信用できないリエルに対抗するために、最も期待されてなさそうな行動をとり続けた。地球上での活動が期待されていたから、ここを活動の場と定めた。レーシュとの会話が気に入らなかったようだから、最も親交を深めてやった。


 そう、全ては苛立ちがあったからだ。あのアホをどうにかするために、反逆の意思を隠し通してみせた。苦しい戦いも壊れた笑顔を張り付けてやり遂げた。半分以上、本気だった気もするケド……ああダメだ、思い出すと涙が出ちゃう。忘れちゃおう。それがいい、そうしよう。名案が明暗を分けるんだよねー!

 ……うわあ! まだ何かが頭の中にいる気分! 変な幻聴がきこえてくる! もうやめよう! アイツらはいなくなったんだ!!


「とにかく全部おしまい! 変なのとの付き合いもこれまでっ! ヤッターッ!」


「よかった。ウノさまもご満足して頂けましたか! いい笑顔です!」


 レーシュさんも拍手してくれている。こんなに素晴らしいコトはないよ!


 ……うん。終わってみれば、悪いコトばかりでも無かった気がしてきた。

 異世界の観光ついでに、綺麗な結婚式とかも見れたし。

 途中でティネが乱入して、魔法使いを魔物化させたりして大変だったケド……まさか、あんなコトになるなんて思ってもみなかった。全部あの食べ物のせいだよね。物騒な事件は、もうコリゴリだよ。


 肩を回したウノがヤレヤレだよと思っていると、レーシュも頷いて同意する。


「私も肩の荷が下りた気分です。気分がすっきりとしました。これも勇者さまたちのおかげですね! どうも、ありがとうございました」


「そんな、もうお礼はいいですよ……そういえば、結界を使いすぎていたから頭痛がしてたんですよね。今は大丈夫なんですか?」


「はい、あれは慢性的な敵との接触のせいでしたから。これも、天より舞い降りし回転翼の女神さまが闇を晴らしてくださったおかげ――というものです」


 レーシュが、背面のプロペラを付けて戦ったことで有名になったウノを称えた。


「その称号、最悪だからヤメテください。これ便利ではありましたケド……」


 ふぉんふぉんと音を立てて、ウノが背中に付いている羽根を回す。


 リエルの力が残った妙な翼で、ウノは多くの人々や動物たちを救って回った。

 体内に一時的に取り込み浄化する方法は、無駄に高性能な羽根で何とかなった。

 抱き寄せると、黒い部分が腹から背中まで一気に吸引され切り刻まれる方式だ。


 これはリエルの地味な嫌がらせだった。悪意が体内に溜まらない良心的な手法ではあったが、無理やり抱き着き魔にさせられて、もうお嫁にいけないとか考えたウノは、ヤケになって貯金を崩したりしていた。


「敵を倒し、世界を治療して回ったウノさまに救われた地上の人々は、ウノさまの絵柄の刺青を体に彫るほどに感謝しているそうですよ!」


 だから胸を張ってください! と言わんばかりのレーシュにウノは当惑した。


「えぇ……重すぎる……ありがた迷惑だよソレ……でも、救えたのは良かったな」


 げんなりしながらも、ほんの少し感謝をしていたウノが、軽い後悔を口にする。


「最悪だったケド、ちょっとは良いトコもあったよね、アイツら……宇宙の果てに追放したのは、やりすぎだったかな? もう二度と会えなくなっちゃったね……」


 ウノがつぶやいた言葉を、レーシュが聞きとがめた。


「二度と会えなく……? どういう事でしょうか……?」


「えっ?」


「はい?」


 しばしの沈黙が流れた。

 どこからかクスクスと笑う声がきこえてきた気がして、ウノが身震いをする。


「……ここにいちゃダメな気がするっ! レーシュさん! 早くあたしを帰してくださいっ! 早くっ! 元の! 普通の世界へ……っ!!」


「はっ、はい! 問題ありませんよ!? では、すぐに帰還させますね。それではまた、お会いいたしましょう。偉大なる勇者さまたちよ――」


「ちょっと!? なんなんですか! なんで複数形で言ってるんですか――ッ!」


 叫びながら光に包まれたウノの視界に、異形の幻覚が一瞬だけ見えた。


『ねーねー、ウノちゃーん。私と一緒に遊ぼうよー』


「ヒィッ!?」


 荒く息を吐きながら、慌てて顔を押さえた。

 冷たく硬いゴーグルの感触が伝わってきて、急いで脱ぎ捨てる。

 髪の毛が数本引っ張られ、鋭い痛みが走る――幻覚は、消えた。


「はぁ……はぁ……ふーっ……考えすぎだよね。悪夢は終わったんだから……」


 ウノは椅子から飛び起きて、いっそわざとらしいぐらい元気に外に飛び出した。


「首領! 私は、我々は! 全員が! 見ました! あの神秘が! あの姿が!」


 いきなり言葉にならない興奮を伝えてくるセルマを見て、ウノは逆に冷めた。


「ハイ、良かったですね。それを今後研究してください。すべては見せましたよ」


「はい! はいいっっ!! 記録しないと、真理を残さないとっ!」


 セルマが転びそうになりながら、情緒不安定な様子で、あてどなく動き回る。


(ヤバいなあ。しばらくは、ここに近づかないようにしよう)


 目を細くさせて、思いを胸に秘めて帰宅するウノの横に、無言で男が付き添う。

 男に対してはウノは特に注意も払わず、そのまま外に出て車の中に乗り込んだ。


 男――オーガスタスに車で自宅まで送られる途中、ウノが車載テレビを見る。


「ニュースは……わっ、メチャクチャ。オーロラとか集団幻覚とか言われてる……あれが彗星扱いは……されないか。異常で騒ぐだけの結果で、よかった……かな。

 ――ところでオージーさんは、あれを見て何か思うことは無かったんですか?」


 答えは何となく分かってはいたが、もし興奮していて事故を起こされたら困る。

 という程度の気持ちで、ウノは聞いた。

 オーガスタスは、静かに車を運転しながら返答する。


「思いは変わらない。ただ、ここにある」


 ハンドルを握る左手に視線をやって断言した。

 予定調和の言葉に安心したウノがテレビに集中しようとした時、言葉が続いた。


「だが首領には、確かな何かが必要ではないか?」


「は?」


 ポカンと口を開けるウノには見向きもせずに、独り言のように語り出す。


「大きなものを失ったか……いや、姿を見失って混乱しているのか。見えなければ、心が不安になる。探し求めて、当てどもなくさまよう事になる……つらくなる」


「――わかるんですか?」


 頼れる理解者を見つけたような顔つきになったウノが、弾んだ声をかける。

 どんなアドバイスをしてくれるんだろうと期待しながら、注目して――


「よくわかる。それは鏡の中で何度も見た顔だ。終わって途方に暮れた表情だ……

 ああそうだ。終わった後も見えるものは素晴らしい。確かなものは素晴らしい。心は確かにここにある。何て素晴らしい世界なのだろう。神は確かにここにいたのだ。真理はあった。真理が口を開いて、笑顔を作るように語りかけてくる――」


 ――あっ、ダメだこのヒト。あたしとは全然違うし、もっと重症なヤツだ。

 変な理解をしあった二人は虚ろな表情になり、ウノはサッと視線を反らした。

 よし、見なかったコトにしよう。


「ハイ、ソーデスネ。安全運転。お願いします」


 なんかいろいろ諦めたウノが、棒読みで声をかけた。


Copy that了解


 ウノは混沌だけを伝えてくるテレビも、段々イヤになってきて消してしまった。

 そして車窓から、ボンヤリと空を見上げる。

 黒い変なものも見えなくなった空には厚い雲が広がり、白い粒を降らせていた。


「雪だ――」


 粉雪が降り注ぐ光景を見たウノは、やっぱり退屈な日常が一番良かったんだとか、それっぽいコトを考えて、気持ちをウヤムヤにして忘れてしまおうと誓った。


 車が自宅に到着して、解放された気分で飛び出たウノの背中に声がかかる。


「また運びに来る。楽しみに待っていてくれ」


 ――もう運ばれたくないなあ。という気持ちでウノの胸がいっぱいになった。

 深淵からの呼び声を聞かなかったコトにするには、どうすればいいんだろう……

 現実逃避の手段を模索して、ちょっとだけ頼りになりそうな人に聞いてみた。


「オヤジは、絶対に居場所が分からなくなる夜逃げの方法って知ってる?」


「俺はそんなにも、マジメな我が娘を思い悩ませていたのか――!?」


 自宅に帰ってきた肉親に聞いたら絶叫された。

 ちゃんと働くから諦めないでくれー! と叫びながら体を揺さぶられる結果に。

 変な思考をする娘を見た親が、少しだけ更生する結果になったとか何とか。


「うーん。もういいや! 眠って全部忘れちゃおう! おやすみなさーい!」


「すまなかったぁ……っ! すまなかったウノぉぉっ! ごめんよぅぅっ!」


 嘆き悲しむ慟哭も気にせず、ウノはスヤスヤと眠りについた。

 久しぶりに安眠できた精神が、どこか深いトコロへと飛んで行く。

 そしてすべてが闇色に染まり、意識の奥底から変な声がきこえてきた。


『ヤッベー、なんだココ。聖なる館のジャケみたいな場所だなー』


『別の世界かなー? あの世っぽいねー! あははははー! どうしよっかー?』


『うーん。つまんなさそうだし、別のトコいこーぜー。どうにかしてーリエルー』


『もー、しょうがないなー俺はー。大丈夫ー! 私に任せてー!』


『へー、マジで何とかなんのー? スゴイなー、頼りになるなー、私ー!』


『うん! ちゃんと私からもお礼をしないとねー! あの子のトコロに行こー!』


『他人を思いやる気持ちを持てたんだな。リエルが育ってくれて俺は嬉しいぞ!』


『喜んでくれて私も嬉しいよー! じゃー、一緒にイメージして行こー!』


『ああ、俺もお礼参りしようと思ってたトコだ! さぁ行くぞ! あの世界へ!』


 声と共に、暗闇の中から満面の笑顔が迫ってきて――


「う――わ――っ……! うわぁぁぁあああッ!?」


 目覚めると、枕が寝汗でぐっしょりと濡れていた。

 暴れた手に触り慣れた硬質の感触が当たり、慌てて起動させる。

 寝床に置いたままだったスマホを手に取り、時刻を確認した。

 どうやら深夜に目覚めてしまったらしい。


 冷たい風が入ってきた気もして、窓が閉まっているかキチンと確認する。

 ――特に問題は無かったようだ。

 不安に襲われたウノは、心の平穏を維持するために自身に言い聞かせる。


(首筋が、ぞわっとしたケド……絶対気のせいだよね!?)


 ぶるりと震えながら、小さな端末に意識を移した。

 何か心の支えが欲しくなって、画面の中の世界に集中する。


 冴えてしまった思考と、見てしまった悪夢に苦笑しながらスマホを弄る。

 放置していた未読のメッセージが大量にあった。

 やっぱり宇宙人の侵略だった――! みたいな、友人の焦った文章が大量に。

 今日は……いや、昨日は相手する気になれなかったな。と思いつつ返信する。


『あれは宇宙人じゃないよ。宇宙人は話の分かるヒトだったよっと――あれ?


 あっぶなーい! 変なメッセージを送るトコだった――!?

 落ち着けー! 落ち着け、あたしー! しっかりしろー!

 あたしは日常に戻るんだ! あんなの忘れて、普通に返すんだッ!』


 暴走しかけた文章を削除して、怖かったよねー! 的な軽い返事を送ってる。

 正気の世界は素晴らしいなあ。とウンウン頷いてるウノちゃんは多分末期だな。

 このまま浸っていたいなあという思考の中、何かに気付いて、衝撃を走らせた。


「誰っ!? 誰かいるのっ!?」


 まさか、気づかれた――!?

 やるねェ、ウノちゃん。流石は我が宿敵。

 腕組みをして、ふはははー! よくぞ見破ったー!

 と言う準備をしてたら、普通に玄関に向かいだしてしまった。どうしたのー?


 おそるおそる玄関を開けていた先には、箱が二つと手紙が置いてあった様子。

 メッセージカードと、綺麗なプレゼントボックスだな。それと変な小箱。

 確認したウノちゃんは、無垢な笑みを浮かべだした。


『お母さんからだ。そっか。クリスマスだったよね。そんなコトも忘れてたよ』


 可愛らしいリボンで結ばれた箱を見て笑ってる。

 えー、まだそんなコトしてもらってんのー、ウノちゃん?

 そんなんだからそんな身長なんだよー! と声をかけたかったがボディがない。

 さて、どうしようか。


 悩んでいると、ウノちゃんが微妙な表情で見てる方の箱にリエルが興味を示す。


『あれに入って驚かせよー! 良いプレゼントになるよー!』


 えー、入れんのー?

 気になって箱の中に飛んでいったら、なぜかスッと入る事が出来た。

 何か懐かしい感じがする。まるで実家に帰ったような安心感だ――


 ガタッと中身が動いた箱に、ウノが警戒しだした。


「ええぇぇぇ……何これ……? 誰から……? 趣味の悪い模様だなあ」


 ウノは奇妙な人の目や腕が描かれている箱のイラストを見て、当たりをつけた。


「多分、あそこからだよね……? 怖っ。何を持ってきたんだろう」


 箱を開けたくない気分でいっぱいになりながら、部屋に持ち込んで観察する。

 小さな箱だ。耳をあててみると、中をガリガリ触るような音がきこえてきた。

 生き物――かな? 変な実験生物を送ってきたとか……?


 急にウノの第六感的なものが閃いた。

 これは、絶対ヤバいものだ――!

 捨てちゃおう……見なかったコトにするのが一番よさそうだ。


 蓋つきのゴミ箱の中に、変な箱を叩きこむように放り捨てた。

 さて、寝直そ。寝床に戻ろうとするウノを止めるように、箱が揺れ動く。

 ロック機能のある頑丈なゴミ箱の中から、バリッと何かを破る音がきこえた。


「あはは……っ。変な悪夢。もうヤダなあ。早く目が覚めないかなあ」


 遠い目をするウノの耳に、ゴミ箱の中で渦巻く風の音が響く。

 健やかな心を守るために、ウノは考えるのをやめた。

 せめてもの慰めにしようと、母からのメッセージカードを開いてみた。


“つらいコトもあるかもしれないケド、がんばって!”


 なんか追い詰められた気もするなあ。と感じながら、プレゼントも開ける。

 聖誕祭の曲が流れるオルゴールだった。

 半笑いになったウノは暴れるゴミ箱の上に、そっとオルゴールを置き曲を聴く。


 狂気と絶望の音が響く室内に、誕生を祝う曲が鳴り響いて不協和音となった。


(これで悪霊退散とかになったら、嬉しいんだケド)


 そんな戯れ言で現実の毒を希釈しながら、ウノは燃えるゴミの日を待ち望んだ。

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異世界往復ゲーム――風域の謀略―― @suiside

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