第60話 勇者の光あれ

 この宇宙の流れは、すべて大きな陰謀の元にある。

 それはウノちゃんによるものなのかもしれないし、俺のせいなのかもしれない。

 だが結局の所、同じ人間が選んだ悲劇的な流れだったという事なのだろうな……


『? どういう意味なのー?』


 なーに。意味も無くフワッとした事を考えたい気分だったのさ。

 リエルは余計なことを考えず、あのツマラナイ星を破壊する事に専念してくれ!


『大丈夫だよー! もう私にも止められないよー! こっぱみじんになるよー!』


 リエルさんはブレないなー。流石だなー。

 何も気にせず、地球破壊の偉業に集中してらっしゃる。

 ウノちゃんとは大違いだぜ。


 ……ったく。対戦相手が戦闘放棄するバッドエンドになっちまったか。

 残念だよウノちゃん。キミには失望したよ。

 人類を見捨てて逃げ出す、人でなしだなんて思わなかった!

 まったく見下げ果てた悪い子だよ。人格が悪魔に支配されたのかもしれないな。

 それとも、まさか俺が手心を加えるとでも思って放置したのかな?


 まぁどうでもいい。

 ちょっと萎えてしまったが、俺がしっかりと世界を終わらせてやる。

 というか他に方法がない。

 誰も俺を止めてくれないから、前に進むしかない。


 もはや俺たちは、破壊者ルートを突き進むしか道はないのだから――!


『いっくよー! みーんな最期を楽しんでー! 泣いて叫んで私を憎悪してー!』


 いっけー、リエールッ!

 あの青く美しい清浄な惑星を、真っ黒に染めてしまえー!

 俺も観戦して楽しむぞー!


 ふははははー! 愚かな地球人どもよー!

 散り逝く生に涙し、理不尽に訪れる死に怒り、己の無力さを嘆くがいいー!


 ゲラゲラと、ただひたすらに笑い飛ばしながら破滅への道程を進んで行く。

 時間間隔を失ってしまっていた俺の精神も、ハッキリとしてきた。

 小さく見えていた地球が、いまや俺の眼前に大きく立ち塞がって見える。

 月軌道を超えた体は、あと一時間も必要とせず突撃を敢行する事になるだろう。


『これ当たったら、私も大変なことになるかもー! あははー! ゴメンねー!』


 あれ? これって俺たちも自爆して死ぬんじゃね? とか考えながら突っ込む。


 滅びの美学とかは別に持って無かったが、まー仕方ない。

 また俺の体とか死ぬんだろうけど、魂が残りそうだからいいよな!?

 俺たちに巻き込まれた人類よー! 恨むなら、ウノちゃんを恨めよやぁーっ!


 ヤケクソになった俺は、リエルと共に笑いあって、特攻するように落ちていく。

 ちょっとだけ感傷的な気分になった俺は、これまでの出来事を回想してみた。

 地球が――死の気配が迫った俺の精神に、走馬灯のような記憶が浮かびあがる。


 異世界でレーシュと笑いあったこと。

 敵を倒してレーシュに褒めてもらったこと。

 レーシュとふたりで、ラノベ談義に華を咲かせたこと……?

 なんだこれ。こんな事あったっけ?


 俺を見下ろすように笑いかけてくる、レーシュとの思い出が領空侵犯してくる。

 ……これは、あれか。ウノちゃんが見ていた光景か?

 アイツ、無駄にレーシュと仲良くなってたんだなあ。

 っつーか、世界が終わりそうなのに、なんで異世界で遊びまくってたんだ……?


 疑問に思っていると、草原に立っているレーシュの思い出が声をかけてきた。


 ――ごくろうさまでした。アヤトさま……いいえ、今はリエルさまでしたか。


 うわっ! ビックリした!?

 ああ、レーシュさん? そういえば会話できるんだったな……忘れてた。

 何かご用ですかー?


 ――用事というほどでもないのですが……リエルさまに、お礼がしたいのです。


 お礼ー? 急に何を言い出すんだ?


 ――まあ、そう仰らないでください。きっと、気に入って頂けると思います。


 奇妙な調子で語りかけてくるレーシュが、手を組んで祈りだした。


 ――この世界を救いしリエルさまを帰還させる導きの方陣よ。今こそ顕現せよ!


 祈りに応えるように、俺たちの視界に映る地球の様子が、不意にブレはじめる。

 空間を揺らすような騒めきと共に、大きく長い線が複雑怪奇に描かれ出す。

 地球を背景にした巨大な五芒星の魔法陣が、俺たちの正面方向に現れた……?


 は? なにそれ?

 レーシュさーん。説明してくれー。急になにー?


 ――リエルさまを転移させるための方陣ですよ。何度もご覧になったでしょう?


 がんばって大きくして設置しました! と力を入れて語りだしたレーシュ曰く。


 アヤトの体の元になった金属には、元々転移用の術式が仕込まれていたそうだ。

 変形しまくっている俺の体にも一応それは残ってはいるのだが、確実に作動するように、ウノの中にあったリエルの魂を軽く弄ってみたりしていたとか。


 ふーむ。つまり、また俺を異世界に移動させるつもりなんだな?

 いったい何故、今さらそんな面倒な事を?


 ――その程度の距離の物質転移は簡単ですよ。精神転移もしたではないですか。


 あっ、はい。そうですね?

 いや、理由を知りたいんだがなー。

 困惑していると、魔法陣の様子が変わり、草原に立つふたりの姿が映った。

 レーシュと、ウノちゃん? あっれー? そんなとこで何してんのー?

 琥珀色に光る変な空も後ろに見える……マジで何してるんだ?


 おーい、ウノちゃーん。どうしたのー。

 もしかして、これから俺と戦うのかー。

 そこが決戦のバトル・フィールドだったりするのかー?


「――最期だからね。見送りに来たんだよ」


 なんかウノちゃんが暗い瞳で、不穏な事をつぶやいている。

 なにを言ってるんだろう……?

 背中に付いてるプロペラが、めっちゃダサいぞー。


 俺の小粋なジョークに、クスリともしてくれない……ヤバい。キレている。


 まぁ、なんだかよく分からんが、戦いは望むところだ。

 よくやったぞウノちゃん! 俺はずっとキミを信じていたよ!

 いまこそ宿命の対決といこうじゃないかー!


 そう気合いを入れていたら、草原を映していた光景が、急にグッと上を向いた。

 超巨大な透明の筒のようなものが薄く見える、変な空が広がっていた。

 ……なんすか、それ?


 ――私の結界は、簡単に言ってしまえば磁力を応用したもの。磁場の障壁を張り、強制的に反発させる事で防壁としておりました。エクトプラズムの侵入を磁界によって防ぐのが主目的でしたから、物理的な強度は低かったのですが……


 ああ、はい。え、なに?

 レーシュさんの能力解説?

 このタイミングで? なんで……? その筒は何だよ?


 ――こちらは、筒状に作成した結界内部の磁界を強め、惑星磁場の全てをも利用した、電磁飛翔体加速装置となっております。俗に言う、レールガンですね。

 宇宙空間でイオン化するまで変貌した、その翼と電力を用いて、高速で体を射出させることが可能ですよ! それでは、ご協力お願いしますね! リエルさま!


 とても楽しそうなレーシュの声が届いてきた。


「――あたしは、レーシュさんのために敵を倒して、これを作る余力を生んでたんだよ。ふふっ……せいぜい楽しんできてね。おにーさん?」


 ウノちゃんが変に笑う声まで聞こえてきた。なに、どういうことなのー?

 俺は何も分からなかったが、俺の中のリエルが歓喜に震えだした。

 どしたの、リエルさん?


『おばさんからのプレゼント! 私が速くなるための装置だよ、あれーッ!!』


 へぇ……? そうなの。なるほどな。

 つまり……ワイロ作戦という事だな?

 かーっ、やられちゃったなー。リエルを懐柔されちゃったら、もう駄目だなー。

 はいはい、俺の負けだよ。ウノちゃんの勝ちー。それでいいだろ?


 ――惑星表層まで届く長大な磁界の筒。これを使用すれば、光速を突破する事も出来ます! 光の速度を超えて、素晴らしい世界を見届けて来てくださいね、リエルさま! これが私からのお礼。世界を救いし勇者さまに渡せる最大の贈り物です!


 あんまり理解したくない、レーシュの声が強制的に聞こえてくる。

 うんうん。リエルが喜びそうだな?

 それで、なに? どういうことなの?

 それで祝砲でも打つって話なんだよな?


「――宇宙の果てまで届くように、レーシュさんにセットしておいてもらったよ……永遠にさようなら。リエルと一緒に、どっかヨソで砕け散ってね」


 ウノちゃんが乾いた声で、ステキなエールを送ってくれた。

 ……待ってくれ、みんな。話し合おう。

 話せばきっと、分かりあえるぞ?


『どこまでだって飛んでいけるよー! ありがとーみんなー! 大好きだよー!』


 ははは、リエルさん落ち着いて。

 あいつら、俺たちを銀河の外に追放しようとしてるんだよ?

 ちょっ、タンマタンマ。待ってください、死んでしまいますよ俺。


 俺の言葉が届かなくなったリエルの体中からパルスが唸り、紫電が走る。

 バチバチと異音を発する黒翼が、宇宙空間にプラズマをバラ撒いて飛翔する。

 地球の前面に広がった異界の転移陣に、彗星となった俺が勢いよく飛び込んだ。


「いってらっしゃいませー! リエルさまー!!」


 脳天気な神様の声が、どこからか聞こえた気がした。

 神様ー! 助けてー! と叫んだが、どうやら俺の祈りは届かなかったようだ。


 不可解な反発力を生む円筒に体が入り、この身を焦がすイカれた加速が始まる。

 強力な磁界と大電流に耐えきれなかった、体に残った黒い連中が蒸発していく。

 意識も融解しそうな刹那の灼熱の中、狂った疾翔が続く。


 物理的に体が消え去りそうだ。

 吹っ飛んでるみたいだけど、どこまで行くんだろう?


『どこまでも一緒に行くよー! 世界の外まで!』


 そうですか。教えてくれてありがとう。楽しそうですね、リエルさん。


 銀河の重力も突破する速度に耐え切れなかった体が、限界まで凝縮し始めた。

 体が溶けるっていうか、無くなっていく……嫌な死に方だなー。


『大丈夫! 私たちは絶対に死なないよー! ずっと一緒だからねー!』


 なんか懐かしい、死刑宣告よりヤバくて幸せそうなセリフがきこえてきた。


 そしてリエルが何かの限界を突破して、宇宙の闇を斬り裂く光の一閃となった。


 空間を漂う微細な粒子に削られ続けるこの身が、小さな人形サイズまで縮む。

 穏やかな笑みを浮かべたリエルと一緒に、俺の意識が虚空に消えていく。

 ぎゅっと我が身を守るように丸まった体の中で、俺は温かな何かを感じた。

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