第16話 第1章終了 あかるいよるに
メルトが人間になったことはとても喜ばしいことなのに、二年間一緒に過ごした家族との別れにショックを隠しきれない。
唐突な別れというのは、どんな時だって慣れない。
昔、元気だった爺ちゃんが急逝した時も、何も準備もしていない中でもう会えないと言う悲しみが一気に流れ込んできて泣き喚いた。
悲しい、というか、受け入れられないという気持ちを急スピードで現実が突きつけてくるため、ぐちゃぐちゃになった感情を泣くという行動でどうにかするしかなかった。
それに似た状態が、今おきている。
・・・猫と今のメルトを別の存在として心がまだ捉えてしまっているためかもしれない。
いくら何を思ったって仕方がないのに。
感情というものは簡単に切り替えられるスイッチのような機能を持ち合わせていない。
最後に・・・お別れくらいはしたい。
そうしないと、この行き場のない感情を抑えられそうにない。
「・・・なあ、メルト」
「!」
突如口を開いた俺に、慌てた様子で俺の目を見つめる。
先ほどから何の反応も示さなかった俺が突如自分の名前を呼んだのだから、驚いて当然だ。
「な、なに?どうしたのエイスケ?」
こちらの我儘にもほどがある考えなど、目の前のメルトは考えもしていないだろう。
「・・・も、」
・・・もう一度だけ、猫に戻ってくれないか?
「っ・・・」
口のすぐそこまで出かけた言葉を、俺はすんでのところで止める。
「?」
どうしたのと、キョトンとした顔で俺の顔を覗き込むメルト。
俺は、なんてことを言おうとしていたんだ。
やっとの思いで人間に戻れたと言うのに、俺のちぐはぐになった心を安定させようとするためだけにまた猫になってとお願いしようとした自分が、とても最低に思えた。
さっきのメルトの表情を見ただろ。
例え猫になっていた時は人としての記憶が立ち入らなかったとしても、少なくとも二年は自分としての生活が消滅していたんだ。
どうして猫にされたのか、どうして今になって人間の姿に戻れたのかはまだわからない。
わからないけれど、やっとの思いで新たなスタートを切ろうとしているメルトに、自分勝手な意見を言おうなんてとんだ阿呆だ。
きっと、俺がそう言っただけで、メルトは悩んでしまうだろう。
二年間お世話になった身でもあるし、俺の心境を察して仕舞えば、例え一日だろうと戻ろうとするだろう。
ああ、自分が嫌になる。
「なにか、悩み事?」
「・・・」
「・・・も、もしかして私と同居することが・・・今になって嫌になった?」
「!」
俺がずっとだんまりを決めていることで、ひょっとしたらと思ったのだろう。
あわあわと長い金髪が揺れて、明らかに動揺しているのがわかる。
表情も、だんだんと曇り始めてきた。
「ち、違う!」
昨日から、俺は深夜になんてご近所迷惑なんだと思ってしまうほど、軽く大きな声が出てしまった。
何を不安にさせているんだ。
メルトをこれ以上心配させてどうするんだ。
自分の身勝手さが本当に嫌だ。
彼女は・・・姿が変わっても、メルトだろ。
俺が大きな声をあげるとは思ってもいなかっただろうメルトは目を見開いて固まっている。
「ごめん、メルト。君が心配するようなことはないさ」
メルトの表情は先ほど同様に曇ったまま。
多分、俺の表情もそうしてしまっている原因の一つかもしれない。
白い猫じゃらしがふと目に映る。
それを手にしているのは、ブルーの短毛でもなく、俺の腹の上に収まるサイズでもなく、ぶんぶんと振る尻尾もない。
でも、鮮やかな碧眼は、ずっと変わらない。
「メルトは・・・この家の住人で、城野家の大切な・・・家族だ。例え人間になっても、それは変わらない。だから・・・そんなこと言わないでくれ」
「家族・・・」
「そう。家族だろ?」
口に出して、やっとわかった。
メルトは、いつだってメルトだ。
俺の大事な家族だ。
猫だろうが人間だろうが魔女だろうが、そこは変わらないはずだ。
「今ままでもこれからも、俺にとっての大事な存在だよ」
「!」
バッ!
目の前にはブカブカのパーカー。
俺の胸に飛び込んできたメルトを、どうにかして支える。
昨日に引き続き、また美女に抱きつかれるとは人生わからないものだ。
どうやら、込み上げてくる喜びを全身で表現してくれているようだ。
「ありがとう・・・エイスケ!あなたは私の命の恩人。これからあなたにどんな災難が待っていても、私の命に代えても守るわ」
「大げさだって・・・」
恩人と言われる筋合いは俺にはないのだが、メルトがぎゅっと俺の背中を掴むので、否定する気も失せてしまう。
まだ人間のメルトと出会って一日しか経っていない。
だけど、なんとか、これからも一緒に頑張っていける。
なんだか、そう思えた。
「改めて、よろしくなメルト」
「ええ、こちらこそよ、エイスケ!」
元気一杯の返事が帰って来て、これから慌ただしくなりそうだなと、未来を考えると笑みが溢れた。
彼女に振られ、酔っ払って帰って来た日に突如として起きた非日常。
最初は夢ならば覚めてくれと思いもしたが、案外人は順応することができる生物のようだ。
例えそれが、魔女とかいうおとぎ話やファンタジーの存在だろうと。
もう人生でこれから昨日と今日以上に驚くことはないだろう。
でも、ぎゅっと俺を離さずにいる彼女が、もしかしたらまだまだ考えようもしない驚きを俺に見せてくるかも。
・・・なんか、ここまで来ると楽しくなってくるな。
ただの大学生である俺の身に現在進行形で起きている出来事に、不安はもちろんだが、少し楽しみになりつつある自分がいる。
ピカッ!!!
「「・・・え?」」
驚きというのは、常に予想もつかない時に現れる。
変な声をハモらせて、二人して顔を見合わせせる。
この・・・眩い光を、俺は数時間前に見た。
パランッ!!
今にして思えば、この聞いたことのない不思議な音の正体は、魔術が行使される時の音なんだな。
そりゃ、21年間の人生で聞いたことのないのも納得するわ。
強く俺を抱きしめる手が、感触が、一瞬で消え去る。
ブカブカのサークルの景品でもらったパーカーが、ヨレヨレと床に落ちていった。
「・・・まさか」
モゾモゾと、パーカーの中で何かが蠢いている。
出口はどこだと探し回っているようだ。
外の光を見つけたのか、「そいつ」はパーカーの頭から、ひょこっと顔を覗かせた。
「・・・ナァー」
馴染みのある、甲高い声。
さっきの俺の思いは何だったのか。
へなへなと、俺は全身の力が抜けていくのをなすすべもなく感じ、そのまま座り込む。
「・・・結局かよぉ・・・」
ぶんっ
ブルーの短毛の猫が、勢いよく尻尾を振っていた。
〜第一章 完〜
*拙い文だったと思いますが、ここまで読んでいたただき本当にありがとうございました。
応援して下さった方、コメントして下さった方、フォローして下さった方には感謝の言葉しかありません。
第一章完結と書きましたが、現実の忙しさもあって第二章は完全な白紙状態です。
メルトと英介の日常を中心にするか、魔術が飛び交うファンタジー路線へと行くか、大学の友人や元カノと絡みあったトラブルなどを書くか、ここで終わりにしてしまうか・・・。
全然わかりませんが、第二章か、全く別の物語かでまた皆さまに私の小説を読んでいただくことがあれば幸いです。*
怪我しているところを助けて二年間一緒に暮らしてきた猫が魔女だった話 沢野沢 @azon8972
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