Epilogu-ただいま



 目が覚めると、そこは王宮の医務室だった。


 体は固まった様に動かず、無理に動かそうとすると関節にひびが入るかと思うほどの激痛が襲ってきた。


「……」


 しょうがなく起きることをあきらめ、首だけであたりを見回した。すると、すぅ、すぅ、と。ベッドの傍らで、寝息を立てている一人の青年の姿が目に入った。


「ジ……ン……」


 声もまた、掠れて出なかった。でもそんな、そよ風のようなささやき声でも、青年――ジーンは目を覚ました。


「……」


 彼は口を開けて、しばらく何もしゃべらなかった。もしかして、ジーンも私と同じように声が出ないのだろうか。そんな風に思って心配するようにその顔を見上げた。


すると、その瞳に大粒の涙が次々と浮かび上がってくる。慌てて体を起こそうとしたけれど、全身を襲う痛みに逆らうことはできなかった。


 ジーンは涙を流しながら、私の体に手を添え、ゆっくりと寝かせてくれる。そのまま手を握ってくれて、その温かさに、どうしてか、私も涙があふれてきた。そうして手を握っていると、私の長く伸びた爪が彼の手のひらを浅く傷つけた。


「――っ」


 ――ごめんなさい! そう言おうとして、また痛みが邪魔をする。目を伏せると、ジーンは私に微笑みかけて言った。


「大丈夫だよ」


 ずいぶんと久しぶりに感じるその声に、再び涙が溢れそうになるが、それも彼がそのあとにやったことに対する驚きで塗りつぶされてしまう。


 彼の手が、しゅわっという音とともに光に包まれたと思うと、次の瞬間にはひっかき傷はきれいにふさがっていた。


 ――魔法!


 でも、どうしてだろう。こんな、ぼーっとした頭でも、彼の信じる魔法は発動するのだろうか。あれ……? そういえば、もう魔族はいないはずなのにどうして……。


「――っ‼」


 ジーンの魔法をきっかけに、目覚める前のことが一気に思い出される。飛び起きようとすると、ジーンの手によって優しく制された。試しに、自分でも魔力を練ってみる。


「……あ、れ……!」


 何も、感じなくなっていた。


 そういえば、さっきジーンが魔法を使った時も魔力なんて微塵も感じ取れなかった。


 訳が分からない。という顔でジーンを見つめると、彼は何が面白いのか「ぷっ」と小さく噴き出して笑った。


 恥ずかしくて拗ねていると、「ごめんごめん」と軽い調子の謝罪が聞こえた。


「……全部、終わった。魔族は死んで、魔神も……アイーダのおかげでこの世からいなくなった」


 そうだ。私は、自分を生贄にして魔神を復活させた。そして、ジーンに……。


 ひどい、お願いをした。


「ご……めん、な……さ」


 掠れた声でそう言うと、ジーンは「いいんだ」と微笑んだ。


 なおも疑問の目をジーンに送る。意図が伝わったのか、話を続けてくれた。


「復活した魔神に、俺はアイーダから聞いたあの魔法を使った。そうしたら魔神は消えて、残った扉の前で、――アイーダが眠っていた」


 眠っていた。その言葉には、言葉以上の意味が乗っているように思えた。


「どうしても助けたくて、俺は、自分自身を騙した。アイーダを救えるような自分であることを、自分自身に信じさせた」


 その結果がこれさ、と言って、再びジーンはその手を光で包む。


 自分自身を騙した結果。それしかできない人間になったのだ、と。遅ればせながら理解した。そして、彼がこの世界で唯一、魔法が使える人間になってしまったことも。



 ――私のせいだ。



 そう思うと、涙があふれて止まらなかった。動かせない体の代わりに、ジーンが涙をぬぐってくれる。その優しさがどうしようもなく、痛かった。


「いいんだ」


 泣き続ける私を見て、ジーンが言う。


「魔法が使えて当たり前の中で、魔法を使えないまま生きてきたんだ。逆のことだって、きっと何とかなる」


 そう言ってジーンは、儚げに笑った。その笑顔はかつて学院で見た笑顔と何も変わっていなくて、それを見てようやく私は「全て終わったんだ」と理解した。


「……それにさ。この力があれば、……お前との約束も守れるだろ?」


 頭を掻きながら言うジーンに、私は少しだけ首を傾げた。すると、ジーンはほんの少し、顔を赤らめていった。


「俺の力は偽物だけど、神様だって殺したんだ。いくら残りかすみたいなものとはいえ……お前を守るくらい、できるだろ」


 そう言ってそっぽを向くジーンに、私はかつての言葉を思い出す。


 あの日、運命が分かたれた日に交わした言葉。



『アイーダ……。俺は、いつか君を、この国を守れるようになろう。いつか、きっと』


『……ありがとう、ジーン。でも、私にも守らせて。――きっと、私を守って。私も、あなたを守るから』



 おそらく真っ赤に染まっているだろうその顔を想像すると、思い出の中にある、あの日の少年の姿が目の前の光景に重なった。


「ジ―ン……」


 名前を呼んで手を伸ばす。震える手のひらが、温かいやさしさで包まれる。




「……おかえりなさい」




 ようやく見れた、その赤くなった顔をほころばせて、彼は言う。




「ただいま、アイーダ」




(終)

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神殺しの贋作 遥 奏多 @kanata-harka

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