43 贋作




 目が覚めた。


 死んでいなかった。


 無になったわけでもなかった。


 周囲を見渡すと、半壊した王宮が目に入って、そして、


「……」


 相変わらず聳え立つ、大きな扉がそこにはあった。




 何も変わらない。




 アイーダが犠牲になっても、この世界は何も変わらず、この扉の向こうにはきっと、あのおぞましい神が眠っている。


 何の意味もなかった。俺の人生も、ジョシュアの覚悟も、アイーダの優しさも……何の意味もなかったのだ。


 ダンっ、と。無言で、地面にこぶしを叩きつける。



 ――ダン、ダン、ダン、ダンっ、ダンッ!



 空虚さをごまかすように、こぶしに痛みを与え続ける。


 このまま拳が砕けてしまえばいい。そう思って、大きくこぶしを振りかぶる。と、扉の前に誰かが横たわっているのが見えた。

 

 無言で立ち上がり、走り出す。


 違う。ありえない。そんな都合のいい話あるわけがない。

 

 頭の中で否定を繰り返しながら、それでも心は期待することをやめず、どんどんと足を前へと進めていく。


 たどり着き、その人影を見下ろす。果たしてそれは、




 もう動かない、アイーダだった。




「……集え」


 何も考えず、回復魔法を唱える。


「……」


 何も、起きるはずがなかった。


 俺を信じてくれた、たった一人のひとは、今、こうして目の前で固くなっている。


「……集え」


 それでも、口が勝手に動く。


「……集え」


 腕が、勝手に伸びる。


「……集え、集え、集え……!」


 涙が、勝手にあふれる。


「……つ、どえ……」


 冷たい体に覆いかぶさるようにして、うずくまる。


 温かかった肌は、やわらかかった手のひらは、その唇は。もう二度と、開くことはない。


 開いたままの目に光は無く、どこまでも続く闇のようなその瞳には、無力に嘆く一人の人間が映り込んでいるだけだった。


「何が復讐だ、何が世界を変えるだ、何が……守るだ――ッ!」


 何一つ成し遂げられなかった腕を、強く握った。潰れるほどに強く、強く。


「所詮、俺は偽物だったんだ。信じてくれる人がいなければ、何もできない――どうしようもない贋作だッ!」


 人を騙し、巻き込み、大切のものを奪う。最低、最悪の人間だ。


 いつだってそうだった。大切な友人を騙し、共犯者を騙し、家族を裏切った。


 俺は、騙すことしかできない、最低の贋作だった。


「――っ」


 ふと、何かが頭をよぎった。


 そうだ。俺は、いつだって誰かを騙してきた。


 騙すことが、俺の生き方だった。


 ならば。


「騙せ。……騙せ! 騙してみせろ!」


 お前は最低、最悪の贋作だ。偽物の魔法であらゆる人を騙し、その魔法で神をも消し去った! なら。


「騙してみせる。世界も、――自分自身すらも!」


 そうだ、俺は、信じてくれる人さえいれば、どんな魔法でも使える。

 

 暗い瞳に映る贋作を、その瞳が信じてくれた力を、――裏切る信じる


 神をも消したその力があるのなら、愛しい人間の一人くらい。





 ――救って見せろ。





 純白の輝きが、この世界を満たす。


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