兵士達の贖罪 Ⅱ
「遅くなってすまない。 君が吾妻少佐か?」
通信室のモニター越しに現れたのは一人の男、統合軍法務局第三課課長の
どこか愛らしさのあるずんぐりむっくりとした体型がその柔和な笑顔と相まって、人当たりが良さそうな印象を受ける。
「はい。 お忙しいところすみません」
正直、疑問はある。
何故、『戦災孤児法』の適用程度で佐官の頂点の大佐、それも課長クラスが出てくるのはかと。
ーーーまさか、アレクサンドラがキネロ王国の旧王家だという事を知られたか。
少なくとも俺の隣に立つ彼女、アレクサンドラの事情を知っているのはこの場にはいないはずだ。
『日本語』を話せない彼女が誰かに言ったとは考え難いし、俺も誰にも話してはいない。
ーーー盗聴器、いや考えすぎか。
「いや、別にいいんだ。 既に昨日の時点で同様の申請が二件ほどあった。 随分とそちらは酷い状況らしい。 そちらが例の子かい?」
「はい、アレクサンドラと言います」
「随分と小綺麗にした顔をしているな。 まさか貴族の子だったりするのかい?」
ーーーいきなり核心か。
何を狙っているんだ、遠山大佐は。
「いえ、平民の子です。 親が商人だったらしく、それなりに裕福だったそうなのですが先の戦闘に巻き込まれ、死亡してしまい……」
ここまでは一応、アレクサンドラとも話は合わせてある。
彼女としても、旧王家の者として利用されるのは望んではいないと言う。
俺も状況が彼女を求めない限り、彼女の意思を尊重するつもりだった。
「そうか、それはその子には災難だったね。 まぁ、見たところ大人しそうな子だから初めての養子としては君に最適なのかもしれないな」
「はい、恐れながら」
俺の嘘にもこれといった反応を見せない遠山大佐。
ーーーまさか、偶然か。
法務局でたまたま人が足りなかったとか。
「ええっと……証人は瀬尾大佐で間違いないかい?」
目の前のモニターに映り込んでいる手元の申請書に目を凝らす遠山大佐。
今朝方、法務局に送った申請書の証人欄には瀬尾の署名が記載されていた。
「はい、自分はここに」
カメラの死角に立っていた瀬尾が姿を現すと、遠山大佐の表情が緩む。
「これは大佐、久しぶりだね。 半年ぶりかな、去年の春に法務局で会って以来か」
「はい、ご無沙汰しております」
どうやら二人は知り合いのようだ。
ーーーまさか、瀬尾大佐が察したのか。
いや、あの人はこういうのには鈍感なはずだ。
彼は権謀術数めぐらすタイプではなく、それに振り回されるタイプだった。
「君が証人であれば、問題はないか。 よし、今から必要書類を送る。 受信でき次第、内容を確認の上、養親、養子共にサインをして送り返してくれ」
「……了解です」
意外にも拍子抜けな対応の遠山大佐。
やはり杞憂だったか。
どうやら俺は最近色々とあったせいで、疑り深くなっているようだった。
ーーーまったく、呆れるな。
そう思い、手元のタブレットに送られてきた宣誓書にタッチペンで電子サインをする。
「使い方は羽ペンとそう変わらないさ。 この枠の中に君の名を……。 そうだ、大佐。 養子のサインはキネロ語でも大丈夫ですか?」
俺はタッチペンをアレクサンドラに渡し、困惑する彼女に説明すると同時に遠山大佐に疑問を投げかけた。
「あぁ、問題ないよ。 本人の意思さえ分かれば多少汚くても大丈夫だ」
「ありがとうございます。 ーーーだ、そうだ。 まぁ、今彼が言ったことは理解出来ないかもしれないが、この枠の中に君の名前、アレクサンドラとキネロ語で記入すれば手続きは完了だ」
「が、頑張ります!」
そう言って、初めてのタブレット、初めてのタッチペンに苦戦しながらもアレクサンドラは電子サインの記入を完了させる。
多少文字がよれたりしているが、俺よりも上手であった。
ーーーそういえば。
俺は部隊内では字が汚いのに定評があり、いつもエミリーやセラフィナにペン習字の一つでも習えと小言を言われていたな。
あの頃が懐かしい。
「おう、これは中々綺麗じゃないか。 大抵の子は文字を書くのもやっとだからな、この作業にかなりの時間を費やすんだ。 吾妻少佐、中々良い子を娘にしたな。 君の方がなんというか、サインが芸術的だ」
返送された申請書のデータを見て、そうのたまう法務局の課長。
自分でネタにするのは別にいいが、こういうのは人に言われるとイラッとするものである。
「それはどうも……お褒めに預かり光栄です」
「ははっ! 少佐がこの子から字を教わるのも時間の問題かもしれんな」
「それは中々……」
「アズマさん、彼はなんて言ってるんです?」
何となく自分が話題に上がっているのが分かったのだろう。
アレクサンドラが尋ねる。
「お前の字は三歳児以下だと笑われているんだ。 あとアズマさんはやめた方がいいだろう。 アズマは家名だ、君も今日からアズマなのだから」
「その様な悪口を言うような方ではないような。 では何とお呼びしたら?」
「親父とでも呼べばいいんじゃないか? 流石に子供に新太郎と呼ばれるのは違うと思うしな」
「では……お父様?」
「お父様か。 ……そんな高尚なもんじゃないぞ」
「しかし……私にはこういう言い方しか……」
困りきった表情なアレクサンドラ。
これはこちらが妥協するしかなさそうだ。
「まぁ……アレクサンドラがそう呼びたいのなら、別にそれでいいさ。 俺の呼び方なんて好きにすればいい」
「では、お父様で」
笑顔でそう言うアレクサンドラ。
顔が整っているだけに、その威力は絶大だった。
「了解だ」
なんだか彼女を裏切れない気がしてきた。
僅かばかりの良心がどうやら彼女を気に入ったらしい。
ーーーこれは困ったな……。
「君たちを見た感じこちらで心配する必要は無さそうだね。 良かったよ、この法律を適用する養子にはあまり選択肢が無いからね。 これで『戦災孤児法』による手続きは終了となる」
おそらく、遠山大佐は本当にいい人なのだろう。
そのホッとした表情は何よりも養子となる子供を心配していた証だ。
「急な申請に対応していただき、ありがとうございます」
「いや、いいんだ。 こちらからも用事があったからな。 やっと本題に入れる」
「本題?」
おたくの姫様もらいます! 朝霧楓葉 @fuyo-asagiri
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