兵士達の贖罪 Ⅰ


「ーーーんで、そいつが例の子供か、吾妻」


 アレクサンドラと出会い、少しばかりの仮眠の後、俺は大学時代の先輩でもあった瀬尾大佐と要塞の通信室で落ち合っていた。

 時刻は既に午後一時を回っており、俺は先程まで共に食堂で昼食を食べていたアレクサンドラを連れていた。


「おう! 中々可愛い子じゃねぇか!」


 そう言って、瀬尾はわしわしとアレクサンドラの頭を撫でる。

 何が起こったのかわからず、なすがままの彼女はこちらを向いて助けを乞う。

 無理もない、彼女は彼の話す日本語は分からないし、高位の貴族であるため、こういったラフコミュニケーションは苦手なようだった。


 ーーーまったく、この人は。

 瀬尾紀明という人物はこうやって一瞬で人との距離を縮めるのだ。

 それは部下だろうが、後輩だろうが、人のだろうがお構いなかった。

 流石に上司にはやらないとは思うが……。


「なぁ、吾妻。 可愛いからって手ぇ出すなよ」


「はぁ、何言ってんですか、大佐。 相手はまだ十三歳の子供ですよ」


「だからだよ。 パッと見は子供のはずなのに、よくよく意識すると、どこかほんのりと大人を感じる年齢だ。 そのギャップの誘惑に惑わされる者は後を断たない」


「……経験談ですか?」


「馬鹿いえ、俺は年上好きだ。 ……まぁ、この年齢になれば少しキツくなってくるがな」


「確かに、大佐の奥様は年上ですもんね」


 瀬尾の年齢は俺の三つ上の三十三歳。

 その奥さんは確か三十六とかだったと思う。

 既に二人の間には、八歳と六歳の娘がおり、瀬尾は円満な家族生活を謳歌していた。


「包容力のあるお姉さんタイプに勝るものはないさ。 ……だがな、吾妻。 今からお前がやろうとしている三十八条の申請を悪用する者は多い。 それこそ、自分の嫁探しにな」


 三十八条の申請とは、独立都市『東京』及びそれに連なる国々に適用される『戦災孤児法』における、養子縁組の制度だった。

 これは主に軍人や軍属が利用することが想定されており、戦地で孤児となった現地民を養育することを目的としている。


 養親となった者は養育の為の費用を都市や国から支給されるが、返済不要となる為にはその子供が統合軍に入隊するか、養親が二十年以上軍務につく必要があった。


 近年は養育費目的や瀬尾が言ったような自分の結婚相手とするための縁組が問題になっている、とこの前ワイドショーで特集されていたのを覚えている。


「……それは聞いたことはありますが、流石に……ね」


 今回俺は目の前のアレクサンドラを自分のとして迎い入れるつもりであった。

 彼女と出会ったのも何かの縁、そんな理由も否定できないが、打算的な側面もあった。

 それは自らの保身か、それとも功名心からかは自分でも分からない。


 ただどちらにせよ彼女を手元に置いておけば使、それは紛れもない事実だった。



「まぁ、お前が子供を持つことはいいことだ。 既に三十代以上で余力のある将校は積極的に戦災孤児を養子にするようにと本部からは通達が出ている。 お前ももう三十代だ。 そろそろ、一人や二人紹介してやろうと思っていたところだったからな」


「……まぁ、彼ら彼女らの責任は遅かれ早かれ誰かが取らねばならないですからね」


 既に統合軍の兵士達の間では、現地民を養子に取ることが一般的になりつつあった。

 ーーーそれだけ、民間人を巻き込んだ戦闘が多くあるということでもあるが。


「そんなとこだ。 ちょうどいい、今度『東京』に戻る機会があったら、にうちの娘を紹介しよう。 同世代とは言い難いが、少しは『日本語』の勉強の足しにはなるだろう」


「ありがとうございます」


「……一応だな、二人の娘を持つ親として一つ忠告しておくと、子供と自分の洋服を洗う時は別々にしろよ。 後で何を言われるか分からないからな」


「大佐のお子さんはまだ上の子でも十歳になるかならないかなのでは?」


「子供の成長は早いんだ。 そこを注意しないと、いい親父にはなれんぞ」


 まだ三十代、そんな俺もアレクサンドラ達から見れば一回り以上も上のおっさん、それは否定できない事実であった。


「……はぁ」


 どこか惚けた返答をするも、内心ビクビクであった。

 彼女をするつもりはあれど、無碍にするつもりはない。

 とりあえずは養子にする以上、自身の子供同様に育てるつもりだ。

 もちろん本人も養子になることを承諾している。 


 だが、アレクサンドラは既に十三歳。

 しっかりとした教育を受けてきてはいるが、いつ反抗期になってもおかしくはない年齢だ。

 いつか、俺も呼ばれる日が来るのだろうか。

 ーーークソ親父、と。









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