蓋を開ければ美少女 Ⅲ



「ふむ、事情はよく分かった。 だが、いなくなったと分かれば、家臣達も必死で捜索するんじゃないか?」


 彼女、アレクサンドラはパラディール家の唯一の

 家の命運がかかった人物を置き去りにとは考えにくい。

 それこそ忠誠心が高ければ、その命に代えても捜索をする者もいよう。


「……むしろ私の生死を聞かれたら死んだと、答えて欲しいです。 ……家の為にもそれが最良ですから」


 年齢不相応の表情を見せる彼女の瞳は真剣であった。

 そして、同時に自虐的な悲壮感が漂っているように思える。


「こちらとしては、もし彼らからの問い合わせがあれば、そう答えるのも無理ではない。 だが、パラディール家はどうなる? 君以外、となれる者はいないんだろう?」


「取り潰し……ですかね。 お母様は私を男として育てるぐらい家の誇りを大事にする方ですから。 養子は取らないでしょう」


「それでいいのか?」


「はい。 既に王宮は有力貴族達に支配されており、趨勢はどう足掻いて変わりません。 下手な元王家としての誇りは、領民を騎士達を、そして私達自身を犠牲にするだけです。 いっそのこと彼らに呑みこまれてしまった方が皆の為には良いのです」


 ーーー残酷だな。

 まだ、子供である彼女にそのような選択を強いるこの世界は。


 キネロ王国の情勢を考えれば、彼女の言う通りなのかもしれない。

 ただ、彼女の言う領民や騎士の損耗が少なくなる、というのは可能性の話でしかない。

 むしろ、有力貴族達からしたらいくらでも擦り潰せる戦力を得たと考えるが妥当だろう。


「……本当にそれでいいのか? 領民や騎士達の犠牲がむしろ増えるかもしれないぞ」


「ええ、それは分かっています。 でもそれは一時。 ……攻められて滅ぼされるよりはマシでしょう」


「そこまで、君達、何派といえばいいのか分からないが、追い詰められているのか?」


「はい、というべきでしょうね。 ……今回の私達の遠征も体のいい反対勢力の粛正だと、バルバストル卿も仰っていましたし、それに……。 我々の軍の中に暗殺者も紛れ込んでましたので……」


「暗殺者?」


「……はい。 私には分からなかったのですが、家臣のガストンがここに来るまでの間、五人ほど斬り伏せたと」


 その情報が正しければ、彼女達の家と有力貴族達の対立が武力衝突の段階に限りなく近づいているということだろう。

 領地が敵の略奪や虐殺に遭うよりも、使い潰された方がマシということか。

 それに暗殺者が放たれているということは、彼女が殺されるのも時間の問題だろう。


 戦場以外で彼女が死ねば、パラディール家は有力貴族達と衝突するのは不可避だ。

 一方、戦場で死ねば、ある意味平和的にパラディール家が取り潰しになり、領地や領民達は有力貴族達に召し上げられるだろう。


 ーーー家の誇りを取るか、実利を取るか。


 十三の少女に判断させるには酷な内容であった。

 少なくとも、大人であれば何の役にも立たない『誇り』を守る為に他人の命すらも犠牲にする者が多いはずだ。

 特に貴族ならば。


 ーーーなんて愚かなのだろうな。

 俺もキネロ王国の大人達も。


「……大体は理解した。 それで捕虜ではなく、亡命か。 君は未成年だ、こちらとしては捕虜というよりも亡命してくれた方が助かる。 色々と手続きが厄介だからな」


「未成年? 既に成人はしてますが……」


「こちらでは成人は十八歳からなんだ。 そこはよく覚えておいた方がいい。 今後、生活する上で重要なことだ」


「……では、受け入れてーーー」


「最後に一つ確認だ。 我々に亡命するということは、親兄弟、それこそ今まで君を守ってくれていた家臣達すらも裏切ることになる。 君にその覚悟はあるか?」


 もちろん、今までの話から彼女が単に自分の感情だけで亡命を望んでいないことは理解していた。

 おそらく、俺が何を言ったところで彼女の決意は変わらないだろう。

 彼女の決意は本人が望むというよりも、周りの状況がそうさせたのだ。


 ーーーまったく酷い世界だ。

 こんな子供に全てを捨て去る決意をさせるなんて。

 そして、それを利用俺もなんて醜いのだろうか。


 この問い掛けは一種の儀式だ。

 彼女も俺も、一歩踏み出せるかという。


「……はい、もちろん。 私自身の問題もありますが、家の為にもこれが最善と私は判断しました。 それは変わりありません」


 おそらく彼女の瞳は決意に満ちていたのだろう。

 しかし、汚れきった俺はその瞳を直視することが出来なかった。


「わかった。 君の亡命を受け入れよう。 ……そうと決まれば、夕飯、いや朝食か。 腹は減っているだろう?」


 そう言って俺はベッドに立て掛けられた背嚢からレーションをいくつか取り出す。

 それはまるで何かを誤魔化すようだった。


 先の戦闘からはもう半日以上が経過していた。

 おそらく、彼女はその間、飲まず食わずで浴室に隠れていたはずだ。

 そろそろ空腹の限界も近いだろう。

 だがーーー


「はい。 ……あの、その。 それよりも……出来ればトイレの方を……」


 確かに。

 半日以上も我慢していれば辛いだろう。

 キネロ王国のトイレ事情は分からないが、水洗トイレなんてものが普及しているはずもなく、昔テレビで見た未だ未開の発展途上国のようなもののはずだ。

 我々の現代の水洗トイレ、しかも部屋に備え付けられた洋式の使い方は彼女には分からなくても無理はなかった。


「……あぁ、それもそうか。 気付いてやれなくてすまなかった。 先ずはトイレの使い方を教えようか」


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