蓋を開ければ美少女 Ⅱ


「……亡命を……希望します……」


 そう重々しく口を開くのは、目の前で体育座りしている少女、・フォン・パラディール。

 今年で十三になったばかりだというお転婆娘は、何故か俺の部屋の浴室に隠れていたのだった。

 流石に浴室で尋問するのもどうかと思うので、今は場所を移し、リビングの床に彼女を座らせている。


 彼女本人曰く、しがない弱小地方貴族で爵位は男爵だそうだ。

 だが、本当の家名を名乗ったのが最後だった。

 彼女はそれで通せると思っているのだろうが、統合軍の情報網を侮ってもらっては困る。

 情報部が作成した統合軍のデータベースによると、彼女の名乗るパラディール家はキネロ王国の始祖たる家で爵位は侯爵。


 ーーー何が弱小地方貴族だ、中央の大物ではないか。


 もっとも、王権はだいぶ昔にシュペルヴィエル家に簒奪されていた。

 ようはあの第三王女、ミレーヌの家が彼女の家から権力を奪ったのだった。

 平和的な方法により王権が簒奪されたこともあり、彼女のパラディール家は今では現王家に忠誠を誓っていた。


 そんな彼女が亡命を希望するのは、何か裏があるように思えてならなかった。



・フォン・パラディール……か」


「なっ! ……何故それを」

 

 俺は官給品の業務端末であるスマートフォンに表示された情報を読み上げると彼女は驚きの表情を浮かべた。

 名乗って数分で自分の素性を調べ上げられてしまうことを考えれば無理もない。

 にアレクサンドラ、流石に兄弟につけるような名前ではあるまい。


「性別は男性となっているが……違うよな?」


 鎧を脱いだ彼女の姿はまだ子供であるが、さらしで潰してもやんわりと輪郭の残る胸元を見れば彼女が女性だというのが明らかだった。

 ただ、鎧は男物。

 中性的な凛々しい顔つきには困惑するものの、わざわざ、さらしを巻いてまで男物の鎧をつける理由。

 何となく察しはついていた。


「……それは……」


 吃る彼女、おそらくとアレクサンドラは同一人物で間違いないだろう。


「王国貴族の世襲は男子のみだからか?」


「……はい。 でも何故それを?」 


「相手のことを知らずに戦闘なんて出来まい。 戦いの基本は情報収集だ。 キネロ王国内の状況であれば多少は調べがつく」


「……うぅ、敵わないですね、どうりで。 ……今代の私の家は呪われたように女系で男子がいないので、お母様がどうしてもと。 生まれた時から周囲には男子として公表していました」


 キネロ王国の貴族の世襲は男子のみ。

 直系に男子がいなければ、傍系から養子をとるなどしなければならなかった。

 おそらく彼女のパラディール家は直系の血を分けた傍系すらも女系なのだろう。

 データベースを調べても、継承権のある男子の名前はアレクサンドルのみだった。


 別にわざわざ我が子に男装をさせなくとも、その子の婿に爵位を継承させるという方法もあるだろう。

 しかし、


「他家が介入するのを嫌がったか。 まぁ、王国始祖の家であれば無理もないか」


「……そこまで。 はい、私が女であることが分かれば有力貴族達が介入するのは目に見えてます」


 有力貴族、それはキネロ王国内における獅子身中の虫だった。

 己の権力や欲望のままに王権の簒奪を目論み、王を傀儡とせんとする。

 こちらが持っている最新の情報としては、有力貴族の筆頭であるマズリエ公爵の娘が皇太子オスヴァルトの嫁に行っているとのことだ。

 王国が彼らに骨抜きにされるのも時間の問題であろう。


 彼女の話ぶりからすると、パラディール家はそいつらとは一線を画すということか。

 もし有力貴族達がキネロ王国の実権を握ったとしたら、それと対峙するパラディール家は『夜明けの乙女』作戦で重要な役割を担うかもしれない。


 ただ、支援する対象としてはやや疑念がある。

 我々統合軍としては、キネロ王国内での長きに渡る内戦を希望しているのだ。

 それに相応しいのは、権力側対民衆。

 それが理想とする対立構造だった。


 もちろん、民衆側が王位継承できる者を担ぎ上げる分には問題はない。

 ただ、国内の対立が単なる貴族による王権の争いであれば、

 混沌カオスが足りない。


 それに彼女の年齢を考えると、僅かばかりの残った良心が今後の作戦に巻き込むのを躊躇わせていた。


「……はぁ、これは面倒なことになったなぁ。 何故、あの姫様と一緒に撤退しなかった?」


「撤退しようと思えば出来ました。 家臣達も必死に私を守ってくれたのですが、もう疲れたんです。 ……当主して振る舞うことが」


「……ふむ、まぁ無理もないな」


 特にあの戦闘の後だ。

 十三歳のまだ子供には強烈な体験だっただろう。

 それに彼女には侯爵家の当主としての責任もある。

 いくら家臣達が補佐すれど、兵達の生き死には彼女の判断に関わってくるのだ。

 そのツラさというものは同じく指揮官である俺にはよく分かる。


「それで撤退の混乱に乗じて、この建物に潜り込みました。 途中、警備の兵士達が何度かやってきましたが、さっきの場所に隠れて上に蓋を閉めて、何とかやり過ごした……という感じです。 本来であればその時に捕虜になっていれば……でも、怖くて……」


 さっきの場所というのは浴槽のことだろう。

 蓋を開ければ美少女、ふむ、なるほど。

 誰が想像するだろうか。


 それにこの宿舎に備え付けられた浴槽は大の男では収まりきることが出来ないほど小さかった。

 警備の兵士達が見逃すのも無理はない。


 ーーーそれにしても、件の王女殿下といい彼女といい、キネロ王国の女性陣は何故こんなにも行動的なのだろうか。


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