蓋を開ければ美少女 Ⅰ
ーーー無謀だった。
それは分かっていた。
深夜のピクニックの成果、そんなものは無かった。
街灯も、電気すらも通っていない未開文明の国で頼りになるのは車のヘッドライトに懐中電灯、それぐらいだった。
それこそ、照明弾を使っても良かったが、未だ撤退しきれていない敵の兵士達との遭遇戦になる可能性も否定できず、使うことは出来なかった。
要塞の周囲の村々は文字通り壊滅し、住民らしき者は誰一人いなかった。
未だ片付けられていない死体が積み重なる中、闇雲に捜索を行うも、手がかりはほぼゼロ。
味方のナパーム弾で焦げていない敵の死体を辿ることぐらいしか出来なかった。
もっとも、その数も膨大で一個分隊ではたかが知れていた。
ーーーもう絶望しかなかった。
深夜三時に基地に戻る頃には、背負いきれぬ後悔と疲労で一歩前に足を踏み出すのも億劫だった。
分かっている。
行方不明者の捜索活動は俺のエゴだった。
ーーーはぁ、何やってんだ俺は。
指揮官としては最低だった。
そして、今までどれだけ周りに支えられていたのかを実感する。
背嚢に適当にレーションを詰め込んで、俺は要塞内に用意された佐官宿舎へと向かった。
二階建てのその宿舎には、人気は無く、おそらく俺が一人で独占できるようだった。
おそらく、この要塞を守備する第八師団の佐官達は別の宿舎なのだろう。
普段であれば喜ぶところであるが、
「……どうでもいい、そんなこと」
割り当てられた二階の自室のドアを開け、備え付けられたベッドに倒れ込んだ。
もう色々と限界だった。
次に目が覚めれば少しは、楽になるのだろうかーーー
ちょうど、微睡に身を委ねる、その時だった。
ガタンという音が浴室の方から響き、意識を引き戻される。
「……何だ?」
ホルスターから銃を取り出し、浴室へと向かう。
先の戦闘でこの要塞内に敵の侵入を許してしまっている以上、残党が建物のどこかに隠れている可能性は否定できなかった。
もちろん、第八師団が各施設を見回って安全を確認しているが、どうやら抜けがあったらしい。
ーーーまったく、もう戦闘は御免だっていうのに。
そう思いながら俺は、銃を構え浴室へと踏み込む。
そこにはーーー
「ひゃっ! ……来ないでぇ! ひぃっ!」
頭を抱え、狭い浴槽の中に隠れる鎧を着た一人の少女。
ーーー……敵を前にそんなことをしても意味がないだろうに。
年齢はまだ十二、三歳くらいだろうか。
一瞬見えたその顔や判断がまだ幼い。
少年兵……いや、どこぞやの貴族の子弟か。
既に報告は受けていた、先の戦闘で少なからず子供がいた事を。
「……はぁ。 何もしないから顔を上げろ!」
「ほ、本当に?」
浴槽から覗かせる顔は既に泣き腫らしていた。
どうやら、俺が来るより前から泣いていたらしい。
ーーーまいったな、こりゃ。
俺は子供の相手が苦手なのだ。
「あぁ、何もしない。 ほら!」
ホルスターに銃をしまい、両手を広げて無害であることをアピールする。
はぁ、これではどちらが捕虜なのかわからないな。
「うぅ…………」
浴槽から這い出す少女。
ーーーあぁ、これでは。
少女の身長は百四十センチ程度、線も細い。
戦場に出るにはあまりに非力だった。
鎧の作りからして、どこかの貴族の子弟であることは間違いないだろう。
ーーーまぁ、今はあの戦場でよく生き残ったと言うべきだろうな。
「……はぁ。 俺の名前は吾妻新太郎。 一応、一軍の将だ。 君の名は?」
「アレク……アレクサンドラ」
「家名は?」
「うぅ……家名。 そんなものはない……です」
「……家名は?」
家名が無いはずがない。
キネロ王国の一般兵の鎧は革鎧だ。
一方の彼女の鎧はプレートメイルであり、豪奢な金の装飾が施されている。
騎士いや、貴族であることは明らかだった。
「……パラディール」
「パラディール? ……どこかで聞いたことがあるような……」
「……そんなことは。 えっと……し、しがない男爵家の弱小地方貴族です……」
そう呟く彼女の目線はどこか遠くを向いており、嘘であることが明らかだった。
身分を偽る、それはその身分が重要な意味を持つからだ。
ーーーあぁ、嫌な予感がする、
敵の第三王女といい、この子といい、キネロ王国の奴らは何故俺をこんなにも巻き込むのだろうか。
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