嚆矢の行先 Ⅶ
「お話中失礼いたします! ……おや」
ミレーヌと入れ違いに見覚えのある一人の老兵が部屋に入って来た。
ギャイエの死体に気づくと、小さく驚きの表情を浮かべる。
ーーーマズいな。
現状、彼の死体をこの場にいる者以外に見られたくはなかった。
どうやら私の考えを察したウスターシュが敵から鹵獲した『拳銃』を彼に向けて構える。
「やめておけ、ウスターシュ。 ……で、何のようだ、ガストン?」
しかし、彼は簡単に殺してはいい人物ではなかった。
彼は件のパラディール家の家臣。
『神技のガストン』という二つ名を持つ騎士だった。
そして、有力貴族達と対立しているという点では我々と同じ側だった。
すれ違うミレーヌが彼を引き止めることをしなかった意味は大体想像がつく。
おそらく、こちらの陣営に引き込めということなのだろう。
だが、彼らは今では王家、シュペルヴィエル家に忠誠を誓っているが、平和的にとはいえ、王権を簒奪された身、腹に一物抱えていても何らおかしくはなかった。
現パラディール侯爵家の当主はアレクサンドル・フォン・パラディール。
成人、つまり十三になったばかりの少年だった。
「はっ! この度は、我がパラディール家の当主、アレクサンドル様の捜索のお願いに来た次第であります」
「捜索? ……まだアレクサンドル卿は戻られていないのか。 ……確か貴殿らの部隊は要塞に侵入していたな?」
既に戦闘が終了してから半日は経過していた。
敵の指揮官アズマは我々を捕らえることはなく、約束通り生き残りのほぼ全てを見逃した。
人質として最も有効的なキネロ王国の王女すらも見逃したことを考えると、一介の将をわざわざ捕らえるとは考え難い。
確かに、パラディール家は旧統治者、それを担ぎ上げれば反体制派の御旗にする事は出来るかもしれないが、撤退のあの混乱の中、アレクサンドルを捕らえるのはいくら文明の進んだ統合軍であっても難しいだろう。
そうだとすると、既に彼はーーー
「はい、まだお戻りになっておりません。 ……姫様の一騎討ちの際には健在だったはずなのですが……撤退時の混乱で我々家臣団と離れてしまい……」
「撤退までは健在だったか……」
辛うじて敵の要塞に取りつき、『鉄の鳥』による炎の攻撃を凌いでいた私にはよく分かる。
敵要塞の中は『混乱』、そんな一言では表せないほどの光景だった。
人は恐慌状態になってしまえば、たちまちその理性を失う。
自分が逃げるため、前に詰まる兵士を斬り殺し、前に出る、そんなのザラだ。
敵の攻撃はないのにも関わらず、死傷者が絶える事は無かった。
それに戦いにうんざりとし、本陣には戻らず、野党と化す者達も多いと聞く。
まぁ、戦場では良くあることではあるが、その中で十三の、しかも未だ線の細い少年が配下無しで生き残れるのか。
ーーーそれは難しいだろう。
「はい……こちらの不手際であることは重々承知、しかし我々としましてもアレクサンドル様は必ずや生きて戻ってくださらねばならぬお方。 どうかご慈悲をいただきたく」
跪き、深々と頭を垂れるガストン。
今代のパラディール家はまるで呪われたかのように女系の一族であった。
持病の悪化で若くして亡くなった先のパラディール家当主の子、アレクサンドル以外、家を継ぐことが出来る男子はいなかった。
おそらく、彼が死んだのならばパラディール家は養子でも取らない限り、取り潰しは確定だろう。
初代キネロ国王の直系が貴族では無くなるというのは、笑えない冗談だった。
「……顔を上げろ。 わかった、兵を貸そう。 今、街の広場で部隊の再編を行なっている私の息子ジェラールを訪ねてくれ。 アルベールがそう言っていたと言えば分かるはずだ」
もし仮にアレクサンドルを生きて救出できれば、こちらに借りがあるのだ。
味方になってもらえる可能性は高い。
パラディールの威光はまだまだこのキネロ国内では利用価値はあり、こちらの陣営に加われば戦力としてこの上なく頼もしかった。
特に貴族よりも騎士層に慕われており、部隊の指揮が出来る古参の兵が多く集まるのは確実だった。
「ありがとうございます! このご恩は忘れません。 ……では手始めに、この豚の配下を排除してきましょう」
どうやらギャイエの死体を見て、この場の状況を悟ったのだろう。
ーーー豚か、面白い。
その年齢に見合わぬ野心的な目つきでガストンは立ち上がった。
「……おお、それは頼もしい」
流石『神技のガストン』と云われるだけはある。
それなりに戦場を経験してきた私であっても彼の醸し出すオーラにたじろいでしまった。
「では早速、ジェラール殿のとこに向かうがてら排除してきます。 ……これにて」
そう言うとガストンは踵を返し、勢いよく部屋から出て行った。
どうやらギャイエの配下は館の入り口に待機していたようだ。
彼が部屋を出て行ってから直ぐに断末魔の叫びが聞こえてきた。
『神技のガストン』、体は老いても技は冴え渡る一方なのだろう。
一対一では決して相手にしたくはなかった。
「アルベール様、良き騎士を味方につけましたな」
「まぁな。 だが、それは諸刃の刃かもしれんぞ。 仮にだが、もしアレクサンドル卿が生きていたら姫様と共存できると思うか、ウスターシュ?」
「……姫様と……でしたら問題はないでしょう」
「シュペルヴィエル家とは……流石に無理だな」
パラディール家とシュペルヴィエル家は歴史的な禍根はあれど、決して仲が悪いわけではない。
特に第一王子が健在であったときは王宮でも重宝されてきた。
しかし、第二王子のオスヴァルトが皇太子になってからというもの、冷遇に次ぐ冷遇だった。
彼の後ろ盾の有力貴族達と仲が悪いのでしょうがないとも言えるが、それは不憫なほどだった。
今回の討伐軍の総指揮がパラディール侯爵家よりも爵位で劣る私、バルバストル子爵が担当しているのも同様の理由だった。
ーーーそろそろ彼らも我慢の限界だろう。
「せめてアレクサンドル卿が美少年ではなく、美少女であればな」
どうせあのじゃじゃ馬殿下はアズマ卿と一緒になるつもりなのだ。
いっそのことパラディール家からも一人貰ってくれれば丸く収まりそうな気がする。
戦力が拮抗すれば人は意外にも争わないものなのだ。
まぁ、その後の後継者争いで大いに揉めそうではあるが。
「しかし、アズマ卿はそういった趣味をお持ちかもしれません」
「馬鹿言え、奴と会った時に私はどんな顔をすればいいんだ?」
「少なくとも痛みには慣れておいたほうがいいかもしれません」
「……そんな状況になったら死を選ぶさ、私はな」
少なくとも鹵獲した『拳銃』を使えば、楽に死ぬことは出来るだろう。
ーーーまぁ、しかし。
「一度どこかで会ってみないとわからんなぁ……」
全ての鍵となるのは件のアズマ卿。
ーーー敵に全てを委ねるなんて、まったく、私も耄碌したものだ。
不完全な予想を元に積み重ねられる計画。
確実性は乏しいのは分かっている。
だが、口元の笑みだけは隠せなかった。
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