真夜中の湧き水の川辺。
@yugamori
出会い。
深夜の河川敷を一人で歩く。水の音に導かれるように、月明かりに輝く水面を小さな橋の上から眺め、心が穏やかになっていくことを感じる。
この時間が一番好きだ。
だれかと話す時間や、一人でなにかに没頭する時間。目標に向かって勉強する時間。どれもが欠けてはいけない。どれもが僕を支える時間。どれもが僕を構成する大切な時間。
そしてこの深夜の時間があるから、僕がある。この時間がなければ、僕はいない。
都心から、この少し外れた場所に越してきたのはそれが理由だった。どこへでもすぐにアクセスできて、その気になれば歩いて大きな街に行くこともできた場所は、なにかが足りない場所でもあった。
よく僕の家に来ていた友達や知人、職場の人は、辺鄙な場所へ引っ越すことを不思議がっていた。けれど、それは僕という人間を知らないからでもあるし、自分の感覚でしか物事を測っていない証拠でもあった。僕のことをそれほど深く知って欲しいとも思わないし、自分の考えだけで周りを見ていることも、否定はしない。他人は他人だし、僕は僕。それだけだ。僕は僕だから、ここへ引っ越してきた。そしてこの深夜の時間を手に入れた。
毎日の習慣となるのは当然だった。足りないものが手に入ったのだから、毎日のものになるのは必然だった。今日も歩いてすぐの川沿いへ行き、歩いてすぐの橋の上へ行く。月明かりに照らされた水面。輝く水面をしばらく眺める。なにも考えない時間。なににも縛られない時間。自分にすらも。
すぐそばの草むら。そこに人影があった。いつからあったのか気づかなかった。ずっと立っていたのだろうか。
「よお」
月明かりに照らされた人影が声をかけた。周りに人影はない。その人影の周りにいるのは、僕だけだ。
「こんばんは」
僕も声をかけた。何事もないように返事をした。
「あんた毎日いるよな。最近から。引っ越してきたのか?」
毎日いる。それはここ1週間ほどの話。1週間前に引っ越してきた。それから毎日いる。人影は僕のことを毎日見ていたらしい。どこにいたんだろう。そこにいたんだろうか。僕は今日、初めてその人影に気がついた。
「うん。1週間くらい前に引っ越してきて。それから毎日、この時間にここに来ているんだ」
ぼくはそう言った。人影は頷いたように見えた。
「この川沿いの道は、夜になるとほとんど人が通らない。気晴らしにはいい場所だ。あんたもそれが気に入ったんだろ」
「そうだね」
「あんたからは都会の汚れを少し感じる。けれど心まで染まってるわけじゃねえ。ここに毎日来てりゃ、その外っ側に付いた汚れはすぐに取れちまう」
「そうだね」
「俺は基本的にゃこの辺にいる。見えたときにゃ声をかけりゃいい。話し相手くらいにゃなるよ」
「ありがとう」
そう言って人影は見えなくなった。次に見えたときは、なにを話そう。そのときに浮かんだことを、そのまま話せばいい。きっと彼は、そういう話し相手なのだから。
真夜中の湧き水の川辺。 @yugamori
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