第2話
翌日、目を覚ますと隣に寝ていたはずの居なかった。
「何だったんだ……、昨日のあれは?」
僕は大きな欠伸をしながらクローゼットを開き、高校の制服を取り出す。
制服に着替えをしながら、僕は昨晩の妹の意味深な言葉を思い出す。
『もし今ここにいる私が真彩だったらどうする?』
美琴がどうして一緒に寝ようなんて言い出し、加藤さんだったら……なんて言い出したのかは分からない。
だけど、昨日の美琴が変だったのは間違いなかった。
僕は自分の部屋から出ると顔を洗うために洗面所へと向かい、顔を洗う。
すでに美琴が洗面所を使用した形跡があった。
整容を整えた僕はおそらく妹が待つであろうリビングへと向かう。
兄妹とは言え昨日一緒に寝た事に多少気まずさはあるものの、別にやましいことがあるわけじゃない。
勢いよくリビングのドアを開けた僕はキッチンで何かをしている妹を見つけると声高に「おはよう!!」と声をかける。
だが、その声は不自然なほどに大きく、裏返ってしまった。
「おはようございます、真琴さん」
俺の声を聞いた美琴がなぜか僕を名前で呼んできた。
「おはよ、美琴。けど、何で名前呼びなんだ?」
僕は冷蔵庫の前へと向かいパックの紅茶を取り出しながら尋ねる。
制服に着替えた妹はシンクで洗い物をしていて、僕が紅茶を取り出したことを窺うと洗っていたコップを布巾で拭いて差し出しながら
「さて、どうしてでしょう?」と、揶揄うように言ってくる。
コップを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、妹は僕の伸ばした手を掴む。
「……あ、お、おい」
妹の突飛な行動に僕は驚いて受け取ろうとしたコップを落とす。
ごとん……と落ちたコップが割れることなく転がると、妹は「あぁ〜、なにやっているんですか?」と僕の手を持ったまましゃがむとコップを手に取る。だが、普段とは違う話し方の妹に違和感を感じてしまう。
「もう、今度は落とさないでくださいね」
そう言って妹は僕にコップを手渡して来た、その時に目と目が合った。
その顔はいつもの妹の顔ではなかった。
メガネを掛けていて、髪もすべて下されどちらかと言えば地味。
まるで加藤 真彩さんにそっくりないで立ちの妹がそこにいたのだ。
その姿に僕は驚いて一瞬息を呑む。
だがすぐに気を取り戻す。どうせ妹の悪巧みだろう。
「美琴。僕が加藤さんを好きだからって、加藤さんの真似をすることはないだろう。さすがに凹むよ?」
呆れた口調で僕が妹に注意をすると、妹は顔を真っ赤にして俯く。
「まだ……」
「えっ?」
ボソボソと何かを口にする妹の声が聞こえず、僕は聞き返す。
「まだ気が付かないんですか?」
と言って、妹は再び僕の顔を上目遣いで見つめてくる。
その顔はやはり真彩さんそのもので、妹のものとは違った。
「え、嘘?まさか、本物?」
急に僕は焦り出す。
妹だと思っていた相手が、どうやら違うみたいだ。
いや、そんなはずはない。見慣れた妹の顔を見間違えるほど、僕は耄碌していない。
だが、彼女はまだ赤い顔をしながらこちらを見つめてくる。
「え?加藤……さん?」
というと、彼女は「はい?」と返事をして首を傾げてくる。
「あの、どういうことでしょうか?美琴は?」
混乱した頭で僕が妹の所在を伺うと、彼女は笑いながら
「今頃私の……加藤家でご飯を食べてるところだと思いますよ?」
と、笑顔を見せ茶目っけたっぷりに言ってくる。
僕はその言葉に胸を撃ち抜かれそうになる。
まるでこの世界に舞い降りた天使だ。可愛すぎる!!!
しばらく惚けた頭で彼女の顔を見つめていたが、僕は首を振る。
……いや、そんなはずはない。加藤さんがこの家にいるはずがないのだ。
どうせ妹が俺を驚かせるために嘘をついているに決まっている。
と思い、彼女の顔に手を伸ばす。その手に彼女は少し驚いて体を緊張させる。
僕の手は彼女の掛けていた眼鏡に手を当てると、ゆっくりとメガネを外す。
そしてその顔をよく見る。
どう見ても、妹の顔に違いない。
「……美琴、揶揄うのはやめろ。いかに僕でも加藤さんと妹を間違えるわけがないだろう。」
と言って、眼鏡を彼女に返す。
眼鏡を受け取った彼女は急にクスクスと笑いはじめる。
「真琴くん、本当にわからないんですか?私の顔をよく見てくださいよ。」
と言って、僕に顔を近づけてくる。
……近い、近いって!!
妹の発する匂いにくらくらしながらも彼女の言う通り、妹の顔を見つめる。
やはり、どう見ても妹本人だ、間違いない!!
ほら、右目の下にある泣きぼくろが証拠……あれ?
僕は妹の顔を凝視する。
妹のチャームポイントである右目の下にあるはずの泣きぼくろを探す。
だが、そこには泣きぼくろが見当たらない。
僕は揶揄うためのメイクだろうと左手で妹の顔を包むと親指でゆっくりと彼女の目の下を擦る。
だが、彼女は擦られた方の目を閉じるだけで、一向にメイクは落ちない。
一向に現れないほくろに焦りを感じた僕の親指の力が徐々に強くなっていく。
「痛い、痛いよ。真琴君!!」
されるがままになっていた彼女の悲鳴を聞いた僕は我に帰り、彼女の顔を見つめると、彼女は少し涙目になりながらこちらを見ている。
「だから、見ことじゃないって言ったのに!!」
「え、嘘?加藤……本人?」
「そうだよ。加藤 真彩!!」
右手で赤くなった(物理)頬をさすりながら、彼女は正体を暴露する。
「え、じゃあ……昨日一緒に寝たのは……」
「私……」
小さく呟きながら、再び赤くなった(精神)顔を俯かせながる。
「え、でも……美琴に……似すぎじゃない?」
口から魂を放出しながら、妹にそっくりな顔について口にする。
「私も最初は驚いた。けど、似ていることで美琴ちゃんと仲良くなれたし、こうやって真琴くんと話ができるのは嬉しいの。」
「えっ、何で?」
学校での彼女との接点といえば文芸部の活動くらいで、会話の回数も少ない。
彼女に何かした覚えもなければ、誇れるような才能すらない。
こんな僕に対して彼女は好意を持っているらしい。
ますます混乱する僕を見て彼女はクスッと微笑みながら僕から受け取った眼鏡をかけ直す。
「それは内緒。けど、真琴君は私のことが好きなんだよね〜。」
彼女は悪戯っぽい言葉を並べて、僕をからかって来た。
「えっ?それは、その……。」
僕は妹だと思っていた好きな相手に対して何も言えなくなる。
そう、僕は目の前にいる人がいるのだ。千載一遇のチャンスなのだ!!
だが、そう簡単に好きだと言えるほど僕に意気地はなかった。
「もう、どうなの?はっきりしてよ!!」
沸きらない僕の様子にごうを煮やした彼女の口調が強くなる。
……ちょっと待って。こんな朝早くに不意打ちのように告白を迫られても心の準備ができていませんから!!
ぐちゃぐちゃになる頭を整理しようと心の中で言い訳をする。
「もう……。」
彼女はため息をつく。
「けど、同じ布団で愛を囁き合ったんだもん、もう付き合ってるのと同じだよね?」
彼女は瞳を潤ませながらこちら僕の顔をのぞきこむ。
「う、あ、はい!!」
彼女の小動物のような仕草に負けて、僕は付き合う事を認めてしまった。
その言葉を待っていましたと言わんばかりに彼女は僕の手を取る。
「じゃあ、ちゃんと言って欲しいなぁ〜。」
僕の右手を持った彼女が一歩僕に近づき、自分の求める答えを求めて来た。
そこには逃げることなんて許さないよ?と言わんばかりの迫力があった。
その迫力に圧され、僕は彼女の手を掴んだまま目を瞑る。
確かに僕は真彩さんの事が好きだ。いつかは付き合いたいとは思っていた。
だが、この予想外の状況に流されて良いのかと思う自分もいて、思い悩む。
「……だめ?」
不安そうな彼女の声で僕は考えるのをやめた。
付き合ってみて彼女の人となりを知れば良いかなと思い、動かなかった一言を口にする。
「真彩さん、こんな僕で良ければ付き合ってください!!」
片手に握られていた彼女の両手を僕も両手で包み、思い切って告白する。
すると、彼女はパッと明るくなったかと思うと少し瞳に涙を浮かべる。そして……。
「はい、喜んで!!」と嬉しそうに答えた。
その言葉に僕もほっとして彼女の用意していた朝食を二人で一緒に食べ、一緒に学校へと向かう。
二人とも慣れない距離感で、通学路を歩いていく。
「あの、加藤さん?聞きたい事が」
僕が辿々しく彼女に疑問を投げかけようとすると彼女は僕を睨む。
「ま・あ・や!!」
名前呼びを求める彼女に僕は苦笑いを浮かる。
「ま、真彩さん?どうしてうちの仕様をご存知だったんですか?」
名前呼びをされ、赤く頬を染めた彼女は僕の質問を受けると、ニッコリと笑う。
「昨日、自分の嫌い所を言った事を覚えていますか?」
「えっ?」
僕は彼女が嫌いと言っていた所を妹の言葉として話していた。
「確か自分はずるい人間だって言ってなかったっけ?」
と言うと、彼女は「ふふふっ」と笑いながら僕の先を行く。
「そうです。私はずるい人間なんです。だから……秘密です!!」
と、こちらを向きながら楽しそうに自分の唇に人差し指を当てている。
「……ズルい!!」
その可愛らしい動きと幸せそうに微笑む姿を見ているだけで僕は何も言えなくなる。
「そんな私が好きなんでしょう?」
と嬉しそうに言って彼女は軽やかに走っていった。
その様子に梯子を外された僕はしばらく彼女の後ろ姿を見ていたが、すぐに我に帰ると「待てよ!!」と言って彼女の背中を追いかけた。
きっと、この先彼女に勝つ事は出来ないだろう。
だけど彼女の笑う顔を見ていると、なぜかそれで良いとこの時の僕は思ってしまった。
可愛さも、狡さも多分この人の魅力なのだろう……。
ある夜、妹に一緒に寝ようと誘われました……。 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma
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