2
依頼して三日目にはどんな具合か自分の目で確かめに行きました。途中でカラスやトンビに遭遇するリスクがあるとはいえ依頼したのは私ですから任せっ放しというのはまずい。コンビニ近くの電線にとまり遠巻きに眺めることにしました。
停めたバイクのそばで缶コーヒーを飲む青木氏を店舗わきにある物置の屋根の上からアルフォンとイゼルが監視任務にあたっています。そこはありがたく思ったのですが……彼らはなんとチュンチュン鳴いておりました。
あのね! 違うでしょ、そこは警戒の鳴き声でしょ!
しかし大事な部分は青木氏には伝わっているようです。
《あれ? 今日もか……三日連続だな。缶コーヒー飲むあいだまるで付き添うように俺を見守り、飲み終えて缶をごみ箱に捨てて戻ってくるとあの二羽は飛び立つ……
なんだ? なんの見物? 好かれてるの? あるいは俺に雀と関わりのある背後霊がついてるとか。ああ、昔は焼き鳥にしてたらしいからなあ、ありえる》
OK、OK。それでいいです。そのうち私に気づくでしょう。いつも頭上にいる私に。言っときますけど私の縄張りにいるあなたがわるいんですよ?
私の企みはすぐに結果を出しました。その日帰宅してからの青木氏は小鳥に注意を払い始めたのです。やはり彼は上を見上げるようになりました。とうぜん屋根の端で見下ろす私に気づく。目が合うと私はチキチキと鳴き、飛びすさる。これを彼が庭に出てくるたびに繰り返しました。何度も。
思考を読むと、
《チキチキ鳴かれてもねえ》
と不満げです。よしよし。効いてる効いてる。
さて四日目は私も合流しました。時刻は昼の二時。いつものようにコンビニ駐車場の端で缶コーヒーを飲む彼に向かい、今回は私が音頭をとる形でチキチキ大合唱で彼に圧を与える。彼は不思議そうに物置の屋根を見ています。彼にしてみれば我々の見分けがつきませんから行く先々でそこの雀に監視されてる気分なのではないでしょうか。
我々は先回りをして帰り道途中のバス停で待ち伏せすることにしました。そのバス停には雨避けの簡易な屋根がありここなら走行中でも我々の姿は視覚に入るはず。我々は目的地に向かって道路の上空を移動し──
それは突然でした。アルフォンが黒い影に突き飛ばされたのです。落下していくアルフォン。カラスが足で攻撃を仕掛けてきていたのです。体格差は圧倒的でありアルフォンは一瞬で失神したのでしょう。わき道のアスファルトに彼は叩きつけられ、上空からあっという間に距離を詰めたカラスが彼に襲いかかります。大きな鋭いくちばしでつつき、その度にアルフォンは地面を転がり激しく痙攣し──私は、私とイゼルは烈火のごとく怒り、我を忘れてカラスに突撃していました。
怒りのままに蹴り、つつき、しかし体が違いすぎます。我々の攻撃に対し相手はわずかに移動するだけで、撃墜した獲物にとどめを差すことに夢中になっている。くちばしの攻撃を受けつづけるアルフォンは……もはや動かなくなっていました。羽毛は散り散りになり、両の足は硬直しています。私はただただ怒り狂い、憤激のままに敵に突撃を繰り返す。そのときでした。小石が近くに飛んできました。びくっとして止まるカラス。小石を投げたのは人間でした。
私は驚きました。その人物は青木氏だったのです。石を投げていたのは彼でした。彼はダッシュし蹴り上げんばかりの勢いでカラスに迫る。そうなると躊躇なくカラスは素早く上空に羽ばたいて飛び去っていきました。
私とイゼルはその場から少し離れた地面で茫然としていました。こんなことが、こんなことがあるなんて……
青木氏はアルフォンの亡骸に近寄り腰を落として視線をやり、そして我々に目をくべた。互いに無言の時間が流れ、私は彼の心の声を聴きました。
《見てたよ。凄絶なもんを見せて貰った。君たちはよく戦った。
……君たちが実のところ獰猛なのは知ってるんだがこうして現場を見るのは初めてだ。荒れ狂う姿に震えたよ。忘れがちだけども君らって野生なんだな。……まあ日常が命がけの君らにはどうでもいい話なんだが……務めてた工場がつぶれちまってさ。落ち込んでたんだ。がっくりきてた。でもなんか元気出てきたよ。君らは立派だった》
私は動けなかった。イゼルも聴こえていたのか微動だにせず私の横で青木氏を見つめています。
やがて彼は停めたバイクのもとに引き返していく。その背中を見て私は──私もまた心を打たれた。
《同じ宇宙船地球号の乗組員として受け入れるべきなのではないか》
彼の言葉が脳裏によみがえる。彼は我々の仲間だったのだ。私は身を引くことを決めました。青木家のベランダは諦めることにします。つまり縄張りは解除ということ。他をあたってみます。でも時々は立ち寄りますよ。
空は高く、我々小さき者たちにそびえ、無情の姿で見下ろしている。アルフォンが罪にあたることを何かしましたか? なんなのですかこの犠牲は?
こんなぼろぼろになる理由が、彼の体に血を滲ませる理由が知りたいです。
私はアスファルトの地面でチキチキと叫んだ。それは弔いの叫びでもありました。
そして……青木さん。これからもよろしく。
あなたと私が異なる種族であることに何も変わりはありませんが……、それがなんでしょう? その差異にいったい何の意味があるのでしょう?
私は確信しました。
我々の距離感のなかで、我々は付き合っていけると思うのです。
了
聞こえるか、アルフォン 北川エイジ @kitagawa333
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます