聞こえるか、アルフォン

北川エイジ

1

 どうも。雀族のフィッツです。青木家周辺を拠点とする境生まれ境育ちの雄雀です。趣味は人間族観察です。四月から巣作りに励んでおります。なぜか人間のみなさんは外出を控えてますね。私の縄張りに住まう人間もそうなんです。


 この場を借りて彼に抗議しておきたい。この中高年の人間(雄)は私が二階のベランダに巣を構えることが気に入らないようで日に三回は様子を見るべく窓から顔を覗かせるのです。うざすぎます。なぜ配慮というものができないのでしょうか。


 私たちの邂逅は一週間前、彼が洗濯物を干そうとしたときでした。ベランダの中央、その屋根のたもとで巣を作っていた私は彼と目が合ったのです。せっかく天敵であるカラスに狙われにくい場所を見つけたというのに、私は本能的にその場から飛び立つことしかできませんでした。


 いえわかってます。彼は何もしないでしょう。敵意などないことは知ってます。が我々はツバメではない。本能として逃げるしかない。これは我々の遺伝子に刻まれているのです。二メートルくらいは距離を空けていないと危機管理のスイッチが入るのです。


 正面の庭木にとまり見守っていたフィアンセのパトリシアは上空に飛び立ち、私は右に飛び、隣の家屋のアンテナにとまった。ここなら五メートルほどの距離があって安全圏。私は人間の強い思考は読めるのでこのとき彼の思考はほぼ把握することができました。


《困った。やかましいのは我慢できるとして洗濯物を汚されるし、床も汚れる。迷惑だ。巣作りの途上にある小枝の塊はどけた方がお互いのためだろう……、

 いや、どうかな?

困ったな……、意外に難問だ。厳しい選択を迫られている。雀の数は著しく減っていると聞く。それはそうなのだと思う。俺ひとりの問題ではないような気がする。くそ、なんでこんなことに。まるで神から“お前は人としてどちらを選ぶんだ?”と突きつけられてるみたいじゃないか。なんてこった。

 しかしゆっくり考えてみると……これは同じ宇宙船地球号の乗組員として受け入れるべきなのではないか。

……とりあえず暫くは様子を見て向こうが諦めてくれるのを待ってみよう》


 ああそうですか。わかってはいるのです。彼に攻撃の意志はない。人間族のなかには我々の同胞を空気銃で撃ち落とし焼き鳥にして後輩に提供するといった輩がいることは知っています。我々の意識はネットワークで繋がっていますから。彼はそうしたタイプではない。二階の屋根の端っこや庭木の上からこれまで観察してきましたからそこのところは充分にわかってます。しかしそれはそれとして不愉快です。不愉快極まりないです。そこは私の縄張りなんですよ?


 私はチキチキと抗議と警戒の鳴き声を上げました。退去して頂けませんかという念を込めて。


 この日から、青木家の中高年との静かな闘い、その監視作業が始まったのです。彼は日に一度か二度、バイクとかいう小さな乗り物で買い物に出掛ける。情報によれば直線距離にして四キロほど先のコンビニに行っているようです。

 その辺りをテリトリーにしている仲のいい雀族アルフォンとイゼルにテレパシー送り、ふたりに青木氏の監視をお願いしました。特に気の合う仲間が相手であれば我々はかるくテレパシーによる交信が可能なのです。

 非力な我々に物理的な圧力は無理ですから心理的に圧をかけていくしかありません。巣作りは人生の一大行事ですからね。退去とまではいかなくてもただベランダに出て来なければそれでよいのです。小さき生きものに対する配慮がほしいのです。






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