最終話 巽屋、かくありけり

「僕が本当に死ぬって事になったらここにいる皆を滅してから死ぬと思う。でもね、僕は死なないんだ。死ねないって言ったほうがいいかもしれないけど」

「死なない?」

「そう、死なない。神様っていうのは本当に勝手でね、妖狐と力を持った人間が結ばれ、とてつもない力を持った人が生まれるとわかった瞬間、母上の腹に居た僕から人間としての部分を抜き去って永遠に生きるようにした」

「でも、昨日は……」

「シンヤ伯父さんが居たからね。本当のことは言えないだろ?」

「あぁ、そうか。あの人が知れば妖かしだとか騒いで大変なことになるもんな」

「そういうこと。で、人のようにして生きているけど、僕は完全に妖狐、化け物なんだよ。ただ、それで暴れられても神様も困るだろ? だから人間としての理性と感情という面倒なものは残した。僕は特殊な存在で、力に任せて暴れることもなく、化け物でありながら人の考えをもつ神に等しい存在、神様は現世にとっても便利な道具を作ったんだ」

「道具……」

「といっても、僕にも意思はあるよ。やりたくないことはやらないし、言いなりにはならない。まぁ、神様は其れも楽しみのうちとそういう風に僕を作ったんだけどね。そういうわけで、彼らのことは心配しなくていいよ。それに元々道具だからね、乾も好きに僕を使えばいいさ」

 悟った風に言う巽にソウマは少し微笑みを向けて大きく肩をなでおろす。

「引き合いに出されすぎて巽が居なくなればいいとずっと思っていたけど、本当に居なくなると大変なことになりそうだな。それに、道具とか言いながらやりたいことしかやらないんだったら道具じゃないじゃないか。結局、巽は巽だな」

「僕が僕って?」

「神様の道具だ何だと言っても、やりたいようにやるということは、こちら側に立つってことだろ? だって、巽だもんな。なら何があっても安心だと思ってさ」

 思いがけない言葉に巽は瞳を見開いてソウマを見つめ、ソウマはその様子に首を傾げた。

 神の巽の扱いは、面倒事や勝手を言える便利な道具、乾の扱いは一族ではあるがお荷物であり、面倒な存在、タマモには乾に尽くせと言われていた。

 安心だと思えるなど言われたのは初めての事。

 自分の存在をあまり好きではなかった巽も、ソウマの一言でなんだか救われたような気がした。

「それじゃ、その安心を更に高めるためにソウマは暫くこっちに来て、護り人の使い方、乾の力の使い方を学んでもらおう。君がちゃんと力を使って慣れたらここの連中も姿を見せると思うから、そしたら連中にもっと面白い話も聞けるようになるよ」

「父上や姉上の様にしごかれるのはかんべんして欲しいな」

「あの二人のようにはしないけど、ま、色々頑張ってもらうからそのつもりでね」

 肩を落としてできるだけ頑張ると言うソウマに、大きく笑ってよろしくと巽は言い、まずはと地下にある修練場にソウマを案内した。


 結局、ソウマはなんだかんだ言いながらも、午後はカスメも一緒に夕方まで修業に励み本家へと帰っていった。

 暫くはここに来ることになり、慣れてきたら泊まるつもりだとソウマは言い出す始末。シンヤが納得すればいいだろうと言ったが、カスメまで来そうな気がして巽は笑顔のままため息をついた。

 二人を見送った巽が屋敷に帰れば、入り口に大神が座って酒臭い息を吐いて巽に絡む。

「珍しいな、巽がそのように楽しげなのは」

「そういう大神も楽しかったようで、つい先程まで酒盛りしていたのでしょう?」

「まぁの、神の宴は底なし、これでも早う終わらせたほうじゃ。お主が居なくなり宇迦が盛り上がりに欠けるというての大変だったのじゃぞ」

「それはすみませんでした」

「それで、機嫌がいい理由は何じゃ?」

 上手く逸らしたつもりが、大神は覗きこんで聞いてきて、巽は少し空を見上げて微笑む。

「そうだねぇ、あえて言うなら、僕は存在していていいのだと思えたことかなぁ」

「当たり前のことを。生きるものも命を持たぬものも、存在理由をもってその場に居るのだ。何も意味を持たぬものは消え去る」

「其れは神様の理屈だね。存在理由っていうのは自分で作るものでもありながら、其れを確定するのは自分以外の誰かであり何か。僕には今まで其れがなかったからね、全てを壊して自分が死ねるならと思ったこともある」

「それは神が全力で阻止するじゃろうな。世界が壊れてもまた作ればいいが、巽という存在は滅多に作れるものじゃないからの」

 大神が大きな口を開けて笑えば、本当にねと巽も苦く笑った。

「さて、これからは忙しくなるし楽しくなる。また大神にも紹介してあげるよ、面白いやつだから気にいると思う。八俣は阿呆呼ばわりしているけどね」

「八俣が阿呆というたのか、それは見どころがある。楽しみにすることにしよう。さて、我は暫くこの山の奥の神域を借りるぞ」

「それは別に構わないけど、喧嘩と宴はほどほどにね」

 分かっておると大神はふらふらしながら森の奥へ消えていき、巽はやれやれと一息ついて自分の森全体を見つめる。静かでありながら周りには常に気配があった。

「皆も、もうおやすみ。何かあればすぐに僕のところにね」

 巽がそう言うと周りにある気配はゆっくりと闇に沈み、巽は今までにない優しい微笑みを向けて「また、明日」と呟いた。

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巽屋騒動記 御手洗孝 @kohmitarashi

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